第十三話 再最終話
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頭痛がする…頭が痛い…これはきっと、池に落ちたからだな…池の水でも飲んだかな?意識が戻り俺は、目を開ける。
え??えええ?なんだこれ?あぁ、なんだよもう…どうゆうことだよ。頭が痛いのに、また脳内パニックを起こしている。
俺が目を開けると、そこは、あの時計屋のショーウインドウの前だった。隣には木綿子の姿が…そして目の前には、俺のにやけた顔があった。あーあ。まただよ…しかも、なんだこれ?まさか、ここからやり直しか?
「残念でした!俺だよ。簡単に逃がすわけねえだろ。馬ー鹿。お前だよ」
「なんだよ。お前、また来たのかよ」
「あたりまえだろ、俺を差し置いて終わらせようなんてこと許すわけねえだろ」
わけのわからないことをいきなり言うし、いつものどおりめんどくさいやつだ…
へ?
え?
あることに気がついた俺は言葉を失った…ここは、確かにこのウザイ男に出会った時計屋だ…状況はあの時と同じ…でも、違う…なぜだ?
「あー、よく気がついたな、ウザイお前」
「いちいち、一言余計なんだよ。うるさいよ、お前。どういうことだよ?これ」
「うん?ああ、返すよ。お前に…」
「は?相変わらず、意味がわからないんだよ。お前は」
「だから、俺の人生をお前に返すって言ってんの!」
「お前、何、勝手なこと言ってんだよ。冗談じゃねえぞ!」俺は声を張り上げる。
俺が憤慨している理由、それは俺の手の中にあった。いや、それも違うか……。状況は確かにあの衝撃の出会いと同じ…でも、大きく違う点が一つだけあった…そう、今、現在の木綿子の手は、鏡の向こうではなく、この俺の手にしっかりと繋がれているのだった。しかも、あの時と同じように恋人繋ぎで……。
「なに、怒ってるんだよ。よかったじゃねえか?これで、一生、余計な苦労をせずに、木綿子と一緒に生きていけるんだぞ?」
だんだん、俺の中で抑えようのない怒りがこみ上げてくるのがわかった。
「何、言ってるんだ?お前、それこそ馬鹿か?お前。確かに、お前と出会って、自分が思い描いていたとおりの木綿子との未来があると知って悔しいとは思ったよ。でもよ…俺は、一度たりとも、お前に変わって欲しいとは思っていないし、言ってもいない。だって、そうだろ?お前もそう言ったじゃないか?問題は俺だって、自分で切り開かなければ意味がないって、だからあんな無茶をお前は、俺にやらせようとしたんじゃないのか?」
「そうだよ。そのとおりだよ。自分の力で手に入れなければ意味がないんだよ。だからこそ、俺の人生は俺が歩むべきじゃない。お前が歩むべきものなんだよ」
「はあ?なんだよそれ?」
ガラスの中の俺は、ほんのすこしだけ、間をとって決意したかのように口を開く。
「それはな…俺が…自分のこの手で木綿子の手を掴んでいないからだ」
「は?だって、お前、あの夜、お前は自分で………あっ」俺は、はっとした。まさか…
「はい正解!よくわかったな!さすが俺だよ」
………
「ふざけるな!嘘だ!」俺は、一気に血が頭に駆け上がった。
「ふざけてねえし、嘘じゃねえ。俺はお前の声がなかったら、あそこで木綿子の前に立ててない。そうだよ。お前がずっと、駆けずり回ってなんとか助けようした過去のお前はこの俺なんだよ」
「なんだよそれ。いい加減にしろよ!」
「まぁま、とにかく聞けよ。実はさ、俺は最初から、お前に俺の人生を返す為にわざわざ、時空の壁をぶっ壊してお前に接触したんだよ。でも、俺はお前みたいに馬鹿じゃない。後悔を抱えたままで、うじうじしているお前にはやっぱり返すに気にはなれなかった。だから俺は、なんとしても、木綿子を求めてがむしゃらに駆けずり回っていたあの頃のように、まっすぐで純粋な本来のお前に戻って欲しかった。だからあんな無茶なことを言ったんだ」
またまた、頭が混乱していて、うまくまとめられそうになかったが、とりあえず、頭にある疑問をぶつけてみる。
「でも、なんで、俺だってわかったんだよ?」
「うん、それはな、お前には見えていなかったみたいだけど、鏡やガラスを通して、俺はずっとお前のことをみているんだよ。そう、木綿子と結ばれることのなかったお前の事を…」
「いつから?」
「そうだな…それはかなり前から…うんと、初めて違和感を感じたのは、病院に入院してた頃だったかな…あの時はまだ、変な気配を感じるくらいで鏡に写ることはなかったんだけど…あとは、こっちの木綿子から、聞いた浅草での出来事。そうそういねえだろ?顔はそっくりで歳だけ中年になって現れる謎の親娘。そして、駅の出来事の後からだな、鏡に写りだしたのは…もう、なんていうか、抜け殻みたいだったもんなお前…しかも、吹っ切ることもできずにずっと悶々と生きてきたって感じだったもんな…まぁしかし、初めてあの夜の声の主がお前だって気づいた時は、俺だってびっくりしたよ」
「は?気づいた時って?」
「静岡の夜だよ」
「え?」
「その時、俺は初めてすべてがお前の仕業だって気づいたんだ」
「え?は?」
「なんだっけ?お前の娘。いちるちゃんだっけか?」
「なんだよ。いちるがどうしたんだよ。って言うか、お前はいちるのことが見えないって言ったじゃないか!」
「確かに見えてねえよ。でもよ。俺はあの駅と足柄PAでは間違いなく、いちるちゃんに会っている。そう、俺はあの足柄で確信した。俺と木綿子を結びつけてくれた赤い糸はお前ら二人だって…」
「嘘だろ?」
「いや、本当だぜ。ほらよ」ガラスの俺は俺に向かって優しく何かを投げた。そして俺はそれを右手でキャッチして手の平を広げて見る。
「これは…」俺の手の中に包まれていたものは…あの夜、足柄で作戦を決行した時に、いちるが失くしたキャラクターのついた髪留めだった……。
「え?おい、おかしくねえか?」
「何が?たぶん、お前の頭ほどはおかしくねえと思うぞ」
「いちいち、めんどくせえよ。だっておかしいだろ。お前が言うことが本当なら…お前にとっての足柄は、もう木綿子の手を掴み直した後ってことになるんじゃないのか?」
「ああ、そうだよ」あまりにもさらりと言いやがった。すこしムカついた。
「じゃあ、なんで、お前、あんなに元気がなかったんだよ。俺は、てっきり木綿子との決別を突きつけられて落ち込んでるんだと思ってた」
「馬ー鹿。そんなの決まってんだろ!俺はお前の事が気になって仕方なかったんだよ。馬ー鹿。言わせんな。恥ずかしい」
「あーもーわけがわからん。わからないことだらけだよ!」
「まぁ、実際をいえば、俺のほうがわからないことだらけだったんだけどな…まず、なんでお前といちるちゃんが、あの駅と足柄に登場したのかってこともわからなかっただろ。俺の娘たちが生まれてからも、確かに似てはいるが俺の娘たちといちるちゃんは別の人間だってことは確信できたんだが…お前たちが何のためにこちらに来ていたのかもわからなかった。でも、単純に考えて鏡の中のお前しか犯人の目星はつかねえよな…だってあんだけ、後悔し続けて苦しみ続けてたんだから。で、俺は考えたわけよ。俺がお前と同じ立場だったらどうするだろうって?そうしたら、どんなとんでもないことでも木綿子の為だったらやりそうだなって結論に達したわけ。で俺はよ。お前だからよ。やっぱり、悔しいじゃねえか?俺がズルしたみてえで、だからお前がこの人生にふさわしい人間に戻ったら、この人生をお前に返そうって決めたんだよ」
「そんなこといわれても、まだまだ納得はできねえよ。構図がややこしすぎる。だってそうだろ?俺は、お前に飛ばされて過去に戻ってたんだぞ?そのことについては、どう説明するんだよ」当然のように俺は食らいついたまま。
「知らん」
うわっ、こいつ開き直りやがった…
「お前、このショーウインドウに頭、叩きつけて割ってやろうか?」
「そんなもん、わかるわけねえだろ。俺はただ昔世話になった恩人に大切なものをお返しに来ただけなんだから、なんでこんな、真面目で義理堅い、この俺の頭を叩き割るんだよ?怖いやつだな…」
「ますます、わからない…」俺はまだまだ納得できなかった。
「でも、どうだ?こう考えてみないか?やっぱり俺とお前は、俺なんだよ。だから、今回こういうことが起きたって考えることは出来ないか?」
「え?どういうことだよ?」
「だから、俺とお前は紛うことなく同一人物てことだ。それなら説明できるんじゃないか?」
「紛うことなく同一人物?」
「そう、何をしても結果は同じってことだ。俺たちは絶対に木綿子を諦めることはない。どんな経緯をたどったとしても、木綿子と俺は、いや、木綿子とお前は結ばれるってことでどうだ?っていうかどんだけ、木綿子のことが好きなんだよ。いや、お前の言葉を借りようか…どんだけ、木綿子の事を愛してるんだよ。俺たち…でも、そう考えるとなんとか納得できるんじゃねえか?」
「いやいやぁ、確かにお前の言い分はわかったよ。でも、それだったら、俺に人生を返す必要なんて全くなくなるぞ」
「いやいやぁ、それじゃ俺が納得できなくなる。俺は悔しいままだ。俺だってお前みたいに自分の言葉で伝えて木綿子との人生を勝ち取りたいよ!」
「なに、言ってるんだよ。お前は!そんなのいつだってできるだろ!馬鹿かお前は!そんなの、お前のところの木綿子にいままでのことをちゃんと全部話をして、謝って改めてお前の気持ちを伝えればいいじゃねえか!お前、ほんと、俺みたいなこと言うのな?」
「だってしょうがねえじゃん。俺は、お前だもん」
「ふん、しょうがねえな!」
「あーあ、なんかすっきりちゃった。じゃ、俺はあっちに戻るからな。もう二度と、お前とも会うことはなさそうだな…まっ、お互いせいせいするだろ。じゃあな!」
「おいおいっ、待てよ、勝手に帰ろうとしてんじゃねえよ!話、全然終わってねえから!」
「なぁに?もう終わっただろ?」
「何、言ってるんだよ。これどうするんだよ」といって俺は左手を右手で指差す。「返せよ!俺の人生。俺はわかったんだよ。俺はどんなに辛い険しい道でも木綿子とだったら歩んでいける。幸せにするとか、なるとかじゃないんだ。しっかりと人生の重みを感じながら、一緒に歩んでいくことこそが幸せなことなんだって…だから…お願いだから返してくれよ」
「ふうーっ」あいつは両手を頭の後ろにやって大きく息をついた。安堵のため息というのだろうか…そして…続ける。
「はいっ!残念でした。なんで、お前なんかに俺の人生を返さなくちゃいけないんだよ。よく、考えてみろ。そもそも、俺が木綿子と娘たちと離れられるわけねえだろ。馬ー鹿。お前は俺なんだからそのぐらい気づけよ。安心しろ、その木綿子の手は、お前がちゃんと自分の手で掴んだ手だ。もう二度と絶対に離すんじゃねえぞ!じゃ、俺はほんとに帰るからな。もう邪魔するんじゃねえぞ。あっ、邪魔してたのは俺かーっ。じゃあな、元気でやれよ。生まれてきたら、いちるちゃんにもよろしく言っといてくれよな!頼むぞ。あーあ、やっぱり、うなぎ食いてえなぁ、来週、みんなで行くかな?そんでもって俺も、もうひとりくらい頑張っちゃうかな?はははっ。じゃまたな!今をいい日にするんだぞ!わかったな!」
「ああ、わかったよ。お前だって話長えよ。早く行けよ」
「ふんっ。さみしいくせに」
「本当にありがとな!お前のおかげで、俺は自分を取り戻すことができた。ありがとう」
「ふん。水くせえこと言うな。馬鹿。じゃあな!」
「ああ、じゃあな。もう来んなよ」
「ああ、こねえよ!」
あいつは後ろ手に軽く手を振りながらガラスの向こうに消えていった。そして、俺も同時に現実へ帰還する。って俺は、どこの現実にもどるのだろうか?まっでも、どこでもいいか…。今の俺はどこに戻ってもやることは同じだし、できる。何度だってやってやるよ。木綿子がもう一度、振り向いてくれるまで、何度だって……。
「ねえね。総ちゃん?」
「どうしたの?」
「あの日のこと覚えてる?」
「うん?」
「ここで、一緒にこの時計を買った日のこと」
「うん」おっ、続いている?
「あの日は大変だったよね。公園の後…二人でずぶ濡れで…寒くてさぁ…」
はぁ~っ。完全に続きなんだな…
「うん。ごめん…」
「ううん。そうじゃないよ。私にとっては大切な思い出なんだから。二人でくしゃみしながら歩いたんだよね…」
「うん…」
「でもさぁ、ほんと、無茶しすぎ!総ちゃんも、そしてこの子も…」と言って木綿子は優しく、そして愛おしそうに、自分のお腹をさすった。
終わり
著:日下裕一寿




