第十二話 最終話
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『キーーーーーっ、キーーーーーーっ』なんとか無事に帰ってこれたな…それにしても月が綺麗だなぁ。なんだろ…この月の光はなぜか、暖かい気がする…そう…いちるをおんぶしているような暖かさだ。見守ってくれているのかな?
「素直でよろしい」木綿子の笑顔からリスタート
「本当にごめんね…」
「いいよ。許してあげる。って木綿のほうがいっぱい許されないことしてるし…」
「そう、そんなことないでしょ。でもさ、木綿も言ってくれればよかったのに…電話で呼び出した時にでも」
「だって、覚えてるの私だけだったら、恥ずかしいじゃない…って本当にそうだったし…」
「あっ、ごめん…でも、俺がこない可能性もあったのに…」
「それは大丈夫。言ったでしょ?総ちゃんは、木綿の本気のお願いは絶対に叶えてくれるの。だから、信じてたの」
「あ、ありがと。あー、よかった。唯一の信頼を損なわななくて…」
「え?本当に来なかったかもしれないの?」
「それは、確かに悩んだよ。もちろん、約束を覚えていれば、そんなことなかったと思うけど、本当に今更、本当に会っていいのかなとも考えたし、もちろんそれだけじゃなくていろいろ考えたりもした…でもね…俺、本当に今日、木綿に再会できてよかったと思ってる。本当にいろいろな事を思い出したし、今まで、自分じゃわかってるつもりでいて、全くわかっていなかったことも気づかせてもらえた。本当にありがとう」
「いやいや、私はなんにもしてないでしょ?」
「そんなことない。たくさんの大切な思い出を思い出させてくれた。そして、一番大切な気持ちを思い出させてくれた」
「え?」
「ねえ、木綿。俺に今日、最初にした質問、もう一度してみて」
「え?一番最初?」
「そう、幸せになれた?って」
「え?う、うん。総ちゃん。幸せになれた?」
「この言い方もちょっと違うんだけど…やっぱり、俺まだ、幸せになれてない。そんなことに今日、やっと気がついた」
「今日?」
「うん、そう。今日。木綿と再会して、たくさんの思い出を巡って、初めて全部わかったんだ。俺、幸せになったなんて言えるわけない。だって俺が幸せになるための一番大切なものが足りてないんだもん」
なぜだろう……これから、木綿子に話そうとしていることは、今までの俺自身にとっては恐怖でしかなかった。でもなぜか、今は恐怖もなければ…緊張もない。とても、穏やかな気持ち…。
「俺の望む本当の幸せは……」木綿子はそっと目を閉じて俺の言葉を待っている。
「俺の望む本当の幸せは、木綿と一緒に幸せになること。でもね…俺は木綿とただ一緒に居たかったわけじゃない。一緒に笑って、二人で悩んで、二人で戦って、二人で乗り越えて………また、二人で笑えたらって。そうやって、つまずきながらでもいい、途中で迷子なってもいい、でも、いつでも手をとりあって二人で人生を歩んで行きたかったんだ。更に贅沢をいえば、それを共にできる俺たちの大切な宝物を見つけられたらうれしいなって……」
「総ちゃん……」
「俺、もう一つ、わかったんだ。俺ね…昔から、愛って言葉があんまり好きじゃなかった…だってそいつがなんなのか分かってなかったから…だから、意味もわからないのに使っちゃいけないような気がしてたんだ。でもね。今の俺にはわかる。俺にとっての愛はイコール木綿。君だったんだね。だから、俺は木綿になにをされても許せたし、どんな難しいことを願われても叶えてあげたいと思えたんだ。そう、木綿が俺のそばにいてさえくれれば、俺はなんでもできたし、きっと今だってできる。それだもん。理由なんてわからないはずだよ。だから………言うね…」
俺は一拍だけ間をとって続けた。
「俺は、ずっと木綿子の事を愛しています。俺はどうしても、木綿子と一緒にいたい。木綿子と共に生きていきたい。だから、どんなに時間がかかってもいい。今、君に触れたい気持ちも、抱きしめたい気持ちも、全部全部我慢できる。そして、どんなに辛くても、どんなに重くても木綿子の全てを一緒に背負います。だから、だから、たった一つだけ、たった一つだけでいいですから、俺の願いを叶えてください。俺に木綿、あなたとの未来をください。お願いします」いつの間にか、俺の膝には無数の水滴が落ちていた。
「ずるいよ…総ちゃん……そんなこと言われたら…私……」木綿子の瞳からは俺とは、比較にならない程の涙がとめどなく溢れ出てきている。それでも、木綿子はなんとか言葉紡ぎだそうとしてくれている。あぁーあ、今日の俺、木綿子を泣かせすぎだろ。まったく…
「やっぱり、そんなことできないよ。私、これ以上、総ちゃんに何かを背負わせるなんて、出来ない…」
「だから、そういうことはもういいの…俺が好きで背負うんだから、そして、俺はその幸せの重みを噛み締めながら、生きていきたいんだ。だから、木綿はなんにも心配しなくていい、そっと俺の手をとってくれれば、それでいいの」
「総ちゃん……」木綿子はきゅっと唇閉じる…俺は瞳をそっと閉じる。
どのくらいの沈黙だったろうか?とにかく時間が緩やかに進んでいる気がした。そしてその沈黙も終を告げて…。
「総ちゃん。無茶しすぎ、無茶言い過ぎ…」と言う木綿子は、オールを持つ俺の左手の小指を優しく握ってくれた。
ふあーーーっ、やっと、終わった…もちろん、俺と木綿子はこれからが本当の始まりではあるけれど……俺の人生の半分をかけた遠回りに終止符を打つことができたことに安堵して、俺は夜空に向かって息を吐きだした。
「うわっ」あまりの驚きでのけぞってしまいボートから落ちそうになる。
「総ちゃん?どうしたの?」
「あれ、あれ」と言って空を指差す俺。
「いやっ」木綿子も驚く。
俺たちの真上にはずっとまん丸に輝く月があった。そう、ボートを漕ぎ出した時にはいつもの月が浮かんでいたはずだ。でも今、俺たちの頭上にあるお月様は、あまりにも大きく、今にも、落ちてきそうと言うか、手を伸ばせば、つかめてしまうのではないかと思うほどに大きかった。
「でも、なんか、とっても綺麗だね…お月様…そして、なんかとっても暖かい気がする」
「そうだね…なんか暖かいね…」そうだ…この感覚、俺はいつか、どこかで感じたことがある、とても、心地よい感覚。
あっ、あーーーーーーーーーーーっ。そう俺が、思い出した時には、すでに現象が始まりつつあった。
「総ちゃん…なんだろあれ?あれ、木綿の目が霞んでいるのかな?お月様がゆらゆら、揺らいでいる気がする」
俺には、これから起きようとしていることが、なんとなくわかっていた。
「総ちゃん、どうしよ。またお月様が近づいているみたい…」
「木綿、大丈夫だから、そのまま」
「全然、大丈夫じゃないよ。きっと……」
そう、俺たちのほんとに目の前まで、落ちてきたのはお月様ではなく、光輝くオーラに包まれた一つの人影だった。そうこれは、俺があの時、木綿子の実家の前で出会った。暖かい光。それだった。
そして、その人影は、ゆっくり、ゆっくりと、今度は俺ではなく、木綿子の方へふわり、ふわりと降りていく。木綿子は、「え?何?何が起きてるの?」とわけがわからないと言う表情ではあるが、その大きく両手を広げて降りてくる人影を抱きとめる体勢をとった。
あと、50センチほどで木綿子の腕に吸い込まれるというところで、まるでシャボン玉が弾けるかのように光のオーラがパチンと弾ける。そしてその瞬間。
「わたしも!ママをあいしてるーっ」と言って、あのふわふわドレスを着たいちるが木綿子の胸に飛び込んだ。
なぁ、いちるよ。お前も無茶しすぎ。全く誰に似たんだ?今のこの状態で、いちるが木綿子の胸に飛び込んだら、どうなると思う?ここボートの上だぞ?
まぁ~こうなるよな…
「あ、危ないぞっ」
「総ちゃーーーーーーーーーーーーーんっ」
『ぼじゃーーーーーーーーーーーーーーーーん』
「もう、総ちゃん何、この子~とっても可愛いんだけどーっ。でも、なんで私、池に落ちてるの?」といい木綿子はいちるをしっかりと抱きしめて浮かんでくる。
「あははははははっ」
「なに、笑ってるのよーっ」
「なんか昔、この逆の構図は見たような気がするな。ごめん、独り言。きっと、その子は俺と木綿子を結ぶ赤い糸かな??ほらっ、早く上がっておいで」俺は手を伸ばす。
「もう、わけわからない!しかも、総ちゃんだけずるいっ」と言って、木綿子は俺の手をしっかりと掴んで思い切り引っ張った。
あーあ、また落ちんのかーーーーーーーーーっ。俺…。
『ぼじゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん』
ぶくぶく………ぶくぶく………おい、いちる。待ってるんじゃなかったのかよ。はははっ。でも、まぁ。俺たちらしくていいか?そんなことを考えながら、この最愛と言う幸福感に包まれながら、俺の意識は遠のいていった。
終わり
あ?なんだこれ?なんだこの終わり方は?え?なんで、最後のクライマックスに俺の登場がねえんだよ。許せねえ!てなわけでえ。俺だって、総太郎だ!できねえことはなんにもねえんだ!ほらっ行くぞ。強制十三話にレッツゴーだ!




