序5 知りて秘す者達 或いは、貴女は私達を許してくれますか?
―――キュアノエディスのどこか。
―――ヴィオラが、召喚棟で術式を展開する頃より少し後の頃。
棺の形にされた薄紫色の透明な水晶でできた柱、その中には、良くは見えないが人らしき影が在った。
それが幾つも幾つも並んでいる不気味な部屋だ。
また、それよりも濃い紫色の水晶でドーム状に覆われている円形の部屋。
それが隙間なく囲む部屋の中央、黒檀のような黒く艶のある箱が置かれていた。経典なんかをいれてあるだ。
薄暗い・・・しかし、視界を塞ぐわけではない暗さの中。
唯一、水晶柱が置かれていない扉から、誰かが入ってきた。
男性にしては、老人にしても小柄な老爺だ。
深緑と白をメインとした魔法使いのようなぞろりとしたローブに三角帽子と言う、分かりやすく、完全後衛系の魔術士系のようだ。
落ち着かなさそうに、辺りを見渡す。
「・・・主も確かめにきたのかや?」
「き、階殿ですか。」
「久方、ぶりと言っておくべきか、迷うがのぅ。」
淡く勿忘草色に輝く毛並みの寝転んでいても、老爺よりも大きな九尾の狐が気怠げに片目のみを開け、老爺を認めた。
ここに住んでいるわけではないが、良く此処に居る九尾狐である。
ほとんど、此処か、キュアノエディスを見下ろせる墓のある丘に居る九尾狐。
一般的な九尾狐のように、炎を使わず、闇や氷・水を使用しているのだ。
まだ、闇はともかく、氷や水を使うのは、割と少ない風系統の九尾狐よりも少ない。
更には、1000年以上生きている九尾は更に数は少ないのだ。
吸血鬼のジュリ(或いは、ジュリエッタ)と仲の良い九尾狐も同じく。
攻撃方面は攻撃方面でも、主に精神面でえげつない方法で。
普通に、氷礫にしても強いのに、だ。
それ以上に、老爺にとって、昔から苦手な相手ではあったのだ。
幼少期、彼の祖父に初めて引き合わされて以来の苦手だ。変化せず、その冷たい魔が苦手なのだ。
「・・・・・・終わりが、始まるぞや、あの女童が、あの子じゃ。」
「・・・そう、ですか。」
「利用したければ、すれば良い。
どうせ、彼奴が戻ってくるだけじゃろうて。」
「・・・どうなんでしょうね。
あれから、1000年ですよ。」
「関係あるまいよ。
人妻であっても、欲したのは彼奴よ。」
「人には永過ぎますよ、千年は。」
「ほっほほっほ。どうなろうとも、我には面白き見世物よ。」
「・・・・・・ヴィオラーテ=アルジェントに執着しておりませんでしたか?」
「それも含めてよ。
・・・記憶に翻弄されるようなら、噛み殺してでも留めようとは思うがのう?
そう言うのは、あの子だけで十分じゃ。」
別の『あの子』を指して、階は嗤う。
再会できたのは嬉しいが、それが今の状況を許す理由にはならない。
「・・・・・・っ、。」
「・・・困るのじゃろう、学園長としてはのう。
違うか、ベルン坊や。」
言葉に詰まる学園長。正しく、階の言葉が正鵠的を得ていたのだろう。
薄暗いこの部屋にあっても、分かりやすいぐらいに顔色が変わる。
事実、今現在、死んでもらっては困るのだろう。
此処に収容するよりは、生きて戦力になってもらった方がいい。
守りよりも攻撃に利用したほうがよほど有用だ。
闇領の動向や、見方であるはずの他の光領の動向が不安定だからだ。
直に戦争になるのだろう。
代替わりした闇領。北の、或いは、南方にあっても貧しい国々が多い所領。
南方にあり肥沃な大地を要する光領が欲しいのだろう。
鉱物資源が豊富であっても、豊かな食と太陽の光を欲しいのだろう。
「・・・っ。」
学園長が何かを言おうとした時、部屋の中央の箱の蓋がひとりでに開いた。
「・・・ほっほっほほほほ、始まるのう。」
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小生は、《TheHangedMan》。
訳せば、《刑死者》か《吊るされた男》あたりになる。
ちょいと、小生は特殊な《占札使鬼》でね。
占札十二番目の住人にあたるものなわけだ。
ほとんど、唯一と言ってもいい『軛』こそあるが、ある程度は、自由行動が出来る。
主に逆らわなければ、それこそ、何でもできるのだ。
それが、小生だ。
もちろん、《初代管理人》殿の意図を刷り込まれているから、それ前提の自由行動ではあるが。
今は、主席教授の屋敷にある地下室で過ごしている。
他の自由な数枚と同様に、封印されずに此処に居るのだ。
吊り籠に、引き伸ばし器、禿鷹の娘。
他にもいろいろある、どれも、実用品だ。
洗い流して、磨いてはいるけれど、赫色はこびり付いているのだから。
数日前にも、使用した事だしね?
ドール・ハヤサカとアイアンメイデンは、デザインもさることながら、素材の違いがいい。
声を聞きたい、相手ならば、アイアンメイデンだけども。
声すら漏らさず、相手を弱らせるなら、ドール・ハヤサカがいいものだよ。
いやぁ、小生は感激すら覚えるね。
そういう事と縁の無くなったこの体であるけれど、昂ぶりすら覚えるよ。
人間が人間に対する、同族に対するものはと思えない数々の拷問器具。
如何に効率を求めた結果の産物。
生かさず殺さず、効率的に“オレンジジュース”を搾り取れるかに腐心した道具達。
小生自身、人間だった頃もだけれど、いっそ、感激するよ。
人間を人間ではなく“オレンジ”と看做して搾り取る様はね。
美味しい美味しい“オレンジジュース”の為に、『敵』とは言え、ああまで残酷に慣れるのだろうね。
そう思うのは、人間であった頃から今まで変わらない。
・・・・・・うん、小生は人間だった頃を覚えている。
他は何枚か、だけども、共通するのは、《初代管理人》殿達と縁遠かった人達だけになるね。
つまりは、《初代管理人》殿が目指す《彼女》を生み出す為の邪魔にならない材料だからなのだろう。
・・・ああ、始まったか。
今朝、言って来たとおり、正式にヴィオラが《占札使鬼之主人》になるのだろう。
そうしたら、やっと名乗れる。
――――『名乗り、其は契約。』
召喚系のスキルを使うのなら、常識だ。
一番簡単な契約なのだから。
特に、精霊系で本名を教えると言うのはね。
或いは、名前をつけられるというのはね。
故に、小生は、十年来の付き合いと言えど、ヴィオラに名前を教えていない。
ヴィオラは、カード名からとって、『リット』か『りったん』と可愛らしく読んでくれるけれどね。
さて、一番に契約するなら、あの黒鴉が関わっているのなら、多分、《THESUN》辺りだろうね。
四代前に会ったきりだから、どう挨拶しようか。
驚くだろうね。
・・・まぁ、この日は、小生の拷問部屋には来なかったのだけれどね。