進化講習
「はぁ~、なるほど。妖怪ですか。それはまた、面白そうな力を持った生物ですね」
「はい、ミルク姉様。ご主人様に教えていただきました」
いつものように、迷宮で修行を俺達は始めたわけだが。妖怪って、生物というくくりでいいんだろうか? でも、倒せる方法がある辺り、そんなものなのかもしれない。ある意味生物だよな。
「……シデン、別に私を姉様とか付けて呼ばなくてもいいんですよ?むしろ、ご主人様をパパ。私のことをママと呼んでくれたほうが、私としては嬉しいのですが」
「それは出来かねます、ミルク姉様。ご主人様の仲間になった以上、ご主人様に愛される自分を目指す。そう教えてくださったのは、ミルク姉様じゃないですか。ですから、私も1人の女性としてご主人様を愛する身。そのご主人様をパパと呼ぶのは、少し抵抗がありますね」
「うむ、なるほど。そんな考えが。ですが、パパという方がご主人様が興奮する場合もあるかもしれません。そう言う時は、言ってあげるんですよ」
「はい!!」
……いや、俺にそんな性癖無いから。でも、シデンみたいな可愛い子供が居てくれたら嬉しいだろうなぁ。アリーと、皆と、少し大きな家で暮らして。 ……うん、幸せだな。
「で、やはりなりたい自分を意識するには、実際になりたいものの行動を真似てみるのが1番です」
「真似る、ですか?」
「ええ、心の中に思いを強く抱くことが1番大事ではありますが。思いとは、感情に左右されがちで不安定なものです。怒りに身を任せたりすると、筋肉むきむきで、巨大でいかつい顔になってしまうこともあります。だから、身体になりたい者の動作を覚えこませることによって、進化でそのような事故が起こるのを防止しようという意味があるのです」
「なるほど。確かに、筋肉むきむきで、巨大でいかつい顔なんて、ご主人様に見せられません……」
「……ぐええええええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」
「ど、どうされたのですか、ミルク姉様!!いきなり、お腹が痛くなったんですか?」
「いえ、古傷が傷んだだけです。……気にしなくて大丈夫ですよ」
「……古傷が。お大事にです」
まだ、あの時の事は、ミルクの中で深い爪痕になっているようだ。久しぶりに、心がえぐれたらしい。
「おっほん、ともかくやってみましょう!!さぁ、聞いた知識を再現しようと行動してみなさい!!」
「はい!!」
すると、シデンは俺の方にかけてくる。
「ご主人様、そこに寝転んで頂けますか?」
「え?わ、分かった」
なんだか分からないが、言われた通り俺は寝転ぶ。
「では……」
スッとシデンが俺の唇目掛け、自分の唇を合わせようとしてきた。
「いやいやいやいや、待ちなさい、シデン。それは、ただのキスでは?」
ミルクが、慌てて止めに入る。
「いえ、違いますわミルクお姉様。これは、魂を吸おうとしているんです」
「魂を、吸う?」
「ええ。勿論、今の私にそんなことは出来ません。ですから、少しでも真似をして、ご主人様と口と口でのキスをしようと」
「キスしたいだけじゃないですか!!!!……う~ん、それは困りますよ。ミエルもまだ、口同士でしていないというのに」
「やはり、駄目ですか。ミエル姉様も、早くなさればいいのに」
「そうですねぇ。今度、私から言っときますか」
「本当ですか!!お願いします!!」
少し落ち込んだ顔をしていたシデンだが、そのミルクの言葉で元気になった。
「でも、ミエルがおわっても、まだ3人いますからねぇ……」
「そこは、大丈夫だと思います。私の見立てでは、ミエル姉様がキスをなされば、後は立て続けに行けるはずです!!」
「そうですかねぇ?シゼルが、1番しなさそうに思えるんですが」
「そこは、私達が背中を押してあげればいいだけだと思います。シゼル姉様も、ご主人様のことをお嫌いではないので」
「なるほど。分かりました。じゃあ、今度ミエルに言っておきますよ」
「よろしくお願いします!!!」
そう言って、シデンは深々とミルクに頭を下げた。
「くしゅん!!」
「お、ミエル様、風邪っすか?」
「珍しいですね、天使が風邪なんて」
「まぁ、毎回水濡れですからね。それも、仕方ない気がしますが」
ミエル達は、レムとミズキの戦闘を眺めて休憩している。先程まで4人でレムに挑んでいたが、やはりレムやミズキに比べるとまだまだ戦闘をまともに行えているとは言えない。それでも、最初に比べれば、ずいぶん成長したと彼女たちは感じていた。
「風邪というか、誰かが噂でもしているような……」
「噂っすか。後輩も出来ましたっすからね。そろそろ、私達も格好いいとこみせれるようにならないと、そういうのが増えるかもしれないっすねぇ」
「……後輩に、悪く思われたくはないわよね」
「そうっすね。……しかも、予想なんっすけど。あのシデンって子は、強くなる気がするっすよ。私達も気合入れ直さないと、抜かれるかもしれないっすね」
「ふええ!?」
「流石に、それはちょっと困ります。先輩として、私達も頑張りませんと!!」
時間が経ち、レムとミズキの訓練がおわる。10人に増えたミズキの攻撃を受けて、軽微なダメージで済んでいる辺り、レムもまた前より腕を上げていることが容易に分かった。
「……ふぅ。やはりキツイな、ミズキの相手は」
「……それ、毎回言ってないか?」
「仕方ない。まるで避けようのない攻撃を、ずっと避け続ける必要があるのだから。そういう感想しか出てこない」
「だが、攻撃を受けるたびにレムも私の攻撃を回避することが増えてきた。攻撃が当たらないのは、こっちらとしては悔しいものがある。もう少し、私も技に幅を出すべきか」
「更に幅を出されても、私達がキツイんだが」
「殿の為にも、このぐらいの力ではまだまだだからな。お互いに、頑張るしか無いさ。お~い、4人とも、次の訓練を始めるぞ!!」
ミズキが、休んでいるミエル達に向かって声をかける。
「ふわわ!!次は、ミズキが相手ですか!!」
「きついんっすよねぇ~。これがまた……」
「ほら、二人共!!後輩に負けないために、頑張るんでしょ?」
「おっと、そうでしたっすね。私達も、さっさと進化してみたいですし。まずは、聖魔級目指して頑張るっすかね」
「み、皆が聖魔級に……」
「そしたら、ミエル様ともお揃いっすね。ふふふ、ミエル様を超えるすごい力を手に入れてやるっすよ!!」
「あわわわわ!!」
「ミエル様は、神魔級目指して頑張りましょう!!」
「し、神魔級!!!!……そんな自分が、想像出来ない」
「まぁ、いずれならなきゃいけないんですから、今から考えておいてくださいね。どうなるかを」
「……う、うん。が、頑張る!!」
お互いを励まして立ち上がり、武器を持って4人は、ミズキに向かって歩いて行く。
「さ~て、今日のミズキ地獄は、気合入れて行くっすよ~~!!!」
「うん、頑張ろう!!」
「その意気ですよ、二人共!!」
「……はぁ。きついですけど、やってみますか」
4人は、気合を入れてミズキに挑む。勿論、びしょ濡れになったが、その分彼女達もまた一歩進化に近づいていた。だが仲間の中で、今一番進化に近いのは、彼女達でもシデンでも無く……。
*
「あ~~、やっぱ面白いわね、フィー姉さんと戦うのわ。自分の力と向き合えるんだもの」
「にしても強すぎるわね。それで、上級なんでしょう?反則的じゃない」
「そ、その……」
フィーとカヤ&アリーという異色コンビが訓練をしていた。前衛と後衛でバランスもよく、二人共赤いので気が合うのか初めての連携にしては二人共よく動けていた。しかし、それをフィーは圧倒していた。
「にしても、ちょっと合わない間に強くなりすぎよね。見習いたいわ」
「まぁ、あたし達の姉さんですからね。これぐらい当然ですよ!!」
「……なんで、カヤが威張ってるのかしら?」
「いえ、これもマスターと共に居るために、私が望んだ力。ひとえにマスターのお陰です。すごいのは、私じゃありません」
フィーは、恐縮しながら能力での変身を解く。
「確かに、ベイのお陰でもあるけど。フィー、あなたが掴みとった力だもの。誇っていいわ。それに、そのおかげでベイも前より強くなっている。あなたは、とてもすごいことをしているのよ。勿論、皆もね」
そう言って優しくアリーは、フィーの頭を撫でた。
「これからも、ベイのために一緒に頑張りましょう」
「はい、アリーさん!!」
「勿論、カヤもね!!」
「うんうん、あたしに任せといて!!」
これからも、ということはこの先もということだ。そう、現状に満足していてはいけない。マスターの為に、自分はもっと強くならなくては。自分は、これ程の力がありながら、階級的には皆より下の上級。 ……まだまだ、強くなれる。
「頑張ろう!!」
気持ちを新たにフィーは、この先の自分の力を、どう強くするのかを考えた。