前向きに
「……ふむ。こいつ、どうしてくれようかしらね」
シュアは、見事に机の下敷きになっている。取り敢えず、机を除けて無事を確認することにするか。うーん、頭を打ったみたいだな。軽いたんこぶがある。
「……このまま頭に衝撃を与え続けたら、少しはましな言葉遣いにならないかしら?」
アリーは、握りこぶしを素振りしながらそう言う。いやいや、怖いってアリーさん。まぁ、回復魔法をかけたほうがいいかな? と思い、俺は手を構えるが。
「ちょっと待った。こいつに、ベイの回復魔法を使うわけ?どうなのよ、ミ……」
「ミ、何ですかアリーさん?私は、軽い軽傷でも使えるなら使って怪我を消しておいたほうがいいと思うのですが」
「みっともない格好で寝ているのが、こいつにはお似合いだと思ってね。このままでいいんじゃないか、と思っただけよ」
「(まぁ、そうですねぇ~。サラサの言うとおり。怪我を治すのはありだと思います。それに、ご主人様の回復魔法を浴びることで、少しはましな性格とご主人様への敬意を得るかもしれません。まぁ、いいんじゃないですかね?)」
「(なるほどね。なら、それもありね。こんな奴には、もったいないんだけど)」
……取り敢えず、アリーとミルクの考えがまとまったようなので、回復魔法をかけることにする。威力は弱めの中級でいこう。
「ううぅ~ん」
「何か、気分のいい夢でも見ているのでしょうか?妙に艶の入った声を出しますね」
「そうね。そのぐらい、こいつの頭が自分主義なんでしょう」
サラサの質問を、あっさりアリーは流す。まぁ、人に知られて面白い力じゃないからな。流してくれて構わないけど。……やっぱり、普通に回復魔法使いたいなぁ~。
「はぁうぅ!!」
「……喋らなければ、かわいい部類に入る女なんだけどねぇ。どこで、こんな性格になってしまったのかしら?」
「他人を罵倒する癖を直した方がいいですね。聞いてて、気持ちのいいものではありません」
「本人に言ってあげたら?」
「言いましたよ、二年前に。まぁ、直ってはいないようですがね。しかし、どんどん顔が赤くなっているんですが、大丈夫なんですか、これ?」
「さぁ?こいつの夢の内容なんて知らないわ」
まぁ、俺のせいだと思いますけどね。アリーのうまい躱しで、サラサには気づかれていないようだ。おっと、たんこぶは完治したし、そろそろこんなところでやめておこう。
「ううぅ、ん……」
「気がついたかしら、ねぼすけさん?」
「……えっ、私は。確か、あなたがいきなり魔法で机を吹き飛ばして、私が頭をぶつけて」
「今度から、話してる相手が誰かちゃんと見てから言葉を選ぶのね。今回は、ベイに免じて見逃してあげるけど。あんた、次私に会ったら死ぬかもよ」
「……アリーさん、そこまで魔法より、この男を」
「やっと気がついたの?そうよ。私のなによりも大事な人。まぁ、あんたも意外と元気そうだから、これで私達は失礼するわ」
アリーが俺の手を取り、サラサの背中を押して、生徒会室の扉に急ぐ。
「ま、待ちなさい!!……か、身体に力が入らない!!あ、あなた達!!私に何を!!!!」
「何もしてないわよ。机のぶつかったダメージが、残ってるせいじゃないの?少し安静にしておくことをオススメするわ。じゃあ、失礼するわね」
「ま、まちなさ!!」
シュアの呼び止める声も聞かず、アリーは、生徒会室の外に出て扉を締めた。
「さぁ~て、せっかくベイが入学しためでたい日だというのに、とんだ邪魔が入ったわね。急いで、お義父さん達のところに行って、この気分を吹き飛ばしましょう!!」
「あ、ああ、そ、そうだね」
「サラサもどう?ベイの両親に会えるわよ。その覚悟があるのなら、だけど」
「ふむ、とはいっても、いいのでしょうか?私のような者が、急にお邪魔しても?」
「ベイの両親は、いい人を絵に描いたような人たちだから大丈夫よ。ちょっと、驚くリアクションは大きいけど。あなたが来ても、歓迎してくれると思うわ」
「う~ん」
「お金のことなら、心配しなくていいわよ。私が出してあげる。それに、あなたも新入生だもの。一緒に祝いましょう!!」
「……アリーさん。はい!!ありがたく、行かせていただこうと思います」
アリーの一緒に祝おうの一言に、サラサはかなり感動したようだ。深々と頭をアリーに向けて下げ、丁寧にお辞儀をしている。
「よろしい!!では、行きましょうか、ベイ!!」
「うん。行こうか、アリー」
アリーと、仲良く腕を組んで歩く。一騒動あったが、その日はアリーとサラサと、家族と一緒にささやかなお祝いをした。その後、サラサを送り届けた後家に帰ると、フィー達も入学のお祝いしてくれた。皆優しいなぁ~。ありがとう。しかし、今日聞いたシュアの話が引っかかる。予言成功率100%の占い師がいたとして、そんな人が未来が滅ぶのを見てしまったら、何をしてもこの世界は救えないんじゃないか? つまり、俺達は創世級迷宮崩壊前に、奴らを倒すことが出来ないということだ。いや、別の原因という可能性も大いにあるが。……考えても答えは出ないか。今は。……不安を覚えながらも、俺はその日眠りについた。
(まぁ、大丈夫よ、ベイ。だって、あなたがいるんだもの)
(…さアリー?)
声は、アリーと似ている。だが、どこか違うような。
(世界が滅ぶなんて、誰かに予言されたからってあなたが不安になる必要は無いわ。所詮、あいつは可能性を読んでいるだけだもの。運命は自分で切り開かないとね。そう、天才である、この私のように!!)
……やっぱり、アリーっぽい。ああ、あれか。俺の心が、自分を励ますために作った夢か何かかも?
(そうね、それでいいわ。あって、ないようなもの。当たらずとも遠からず。……でも、これだけは覚えていて。自分を信じなさい。そうすれば、この世界のどんな困難だって、貴方ははね飛ばせるはず。だって、今のあなたはベイ・アルフェルトなのだから)
今の、俺……。
「おっはようございます、ご主人様!!とう!!ミルクダイブ!!」
もにゅん、と柔らかい感触が胸に当たる。この絶妙な柔らかさ、ミルクの胸で間違いない!! 目をつむっていても分かる。この感触、間違えようはずがない!!
「……ああ、朝か。おはよう、ミルク」
「おはようございます、ご主人様!!」
朝から、ミルクの胸はもにゅんもにゅん動いて絶好調だな。最高です。……しかし、やけに意識がはっきりとした夢だったなぁ。……自分を信じろか。まぁ、やるだけやってみるか。夢の中とはいえ、アリーがそういうのなら。というか、結局、アリーでいいんだよな? あれで別人という方がおかしい。違和感はあったけど。まぁ、夢だしな……。
「アリーさん、ご主人様が起きましたよ~!!順番に、キスしましょう!!」
「分かったわ!!すぐ行く!!」
今日も、幸せな一日が始まる。そうだ。100%の予言だろうがなんだろうが、知ったことではない。俺は、全ての俺の幸せを奪うものを倒す。それだけの力をつけるのだ。皆の笑顔には、それほどの価値がある。取り敢えず、今日から正式な授業が始まる。まずはそれをおえてから、皆と訓練の再開だ。起きて、皆とキスをしながら、俺は気合を入れなおした。