生徒会室
「……で、ここが生徒会室ね。二度と来ることは、ないと思っていたわ」
魔法科校舎6階。その一区画に、生徒会室はあった。アリーが、だるそうに扉をノックする。
「いるかしら?」
「ええ。開いていますので、どうぞ」
「……はぁ~、お邪魔するわね」
アリーが扉を開け、俺達は入室する。生徒会室は、机をロの字のように配置してあり、まるで会議でもするかのような部屋に見えた。壁際には、棚に無数の資料が保管されている。その机の奥中央に、シュア・ゲインハルトは座っていた。
「……冴えない旦那さんも付いてきたのね。まぁ、いいわ」
「……」
アリーの頭に今、一瞬怒りマークが出たような。あと、俺の中のフィー達の魔力放出量も少し上がった気がする。なんだか、嫌な予感がして汗が出てきた。ああ~、何も問題が起きませんように~。
「……で、用って何よ」
アリーが、若干表情をひきつらせながら言葉を告げる。今にも殴りかかりそうに見えるが、大丈夫だろうか?
「そうね。本題に入りましょう。……単刀直入に言うと、アリーさん、私達に力を貸してもらいたいのだけれど」
「断る!!!!」
今、回答まで一瞬の間も無かったな。アリーが、それだけ嫌ということか。
「だいたい、生徒会に入るという誘いなら、1年の時にきっぱり断ったでしょう!!いくら言われようと、私の考えは変わらないわよ!!」
「ああ、言い方が悪かったわね。そっちの話じゃなくて、今度は別の話なの」
「……別の話?」
「ええ。これは、私というよりお姉さまのお願いといったほうが正しいわね。あなたに。バルトシュルツ家の才女であるあなたに。どうしても、協力して欲しいのよ」
「……協力するかは、内容を聞いてから決めるわ」
「……お姉さまの誘いだというのに、内容を気にするとは。まぁ、いいでしょう。答えます」
え? 普通に内容は、気にするところだと思うんだけど。やはり、この子はどこかずれているんだろうか?
「ヒエス館の、レミナ様は知っているでしょう?」
「確か、的中率100%を誇る占い師だったかしら?今年で200歳になるとか言う」
2、200歳!! そのお婆さん、よく生きてるなぁ~。本当に人間か?
「(魔物の類じゃないですかね。その、お婆さん)」
「(まぁ、200で現役と聞けば、普通の人間では無いと思うが。そういう結論を出すには、少し早過ぎるだろう、ミルク)」
まぁ、俺も魔物だと言われたほうが説得力がある年齢な気がする。200だしな。疑うミルクの気持ちも分かる。
「(むむっ!!今、ご主人様と意見が一致した気がします!!嬉しい!!)」
……的確に、謎の感覚で当ててくるなぁ、ミルク。正直、200歳のおばあさんよりも、その謎のセンスのほうが若干俺は気になるかもしれん。
「そう、その占い師です。だいぶ前から予約を入れないと、占いを受けることすら困難なのですが。先日、頼んでいたお姉さまの順番が回ってきましてね」
「で、何?私に助けてもらわないと死ぬぞ。とか言われたわけ?」
「いえ、お姉さまが死ぬどころか、この世界が無くなっていました」
「……はぁ?」
あれ。それってもしかして、創世級絡みか? それとも、別の何かか?
「お姉さまが知りたがったのは、自分の未来に関してでした。先が不明瞭なことほど恐ろしいことはありません。ですから、お姉さまはそれを知ろうとしたのです。ですが、結果はこの星の消滅という未来。これには、占ったレミナ様も驚かれていたようです」
「で、それを私が救えるとでも?」
「そうは言われていません。ですが、強大な敵が現れるのに対抗して力を集めておきたい、と言っていました。そこで、次期バルトシュルツ家当主になる、アリーさんの力をお借りしたいのです」
「断る!!!!」
またも、いっぺんの躊躇もなく言い放つアリー。よほど嫌なんだな。この人達に関わるのが。
「……今の話を聞いていましたか?世界を救うのに、手を貸して欲しいと言っているのです。どこに断る要素があるのですか?」
「まず第一に、私は、バルトシュルツ家次期当主では無い!!そして、第二に存在もわからないような敵に立ち向かう協力をしてくれなんて、虫がよすぎる!!」
「……はぁ?あなたが次期当主じゃ無いなんて、いったいどういう意味ですか?」
「そのまんまの意味よ!!私は、ここにいる夫、ベイ・アルフェルトと結婚して、アリー・アルフェルトになるの。バルトシュルツ家は、お兄様に任せるわ」
「……あなたらしくもない。バルトシュルツ家当主になれば、その家の秘中の魔法を得ることが出来るというのに。魔法研究家のあなたが、それをいらないだなんて」
「大方、あんた達もそれが目当てなんでしょう?バルトシュルツ家の秘宝・神魔級召喚獣。まぁ、これで分かったでしょう。私より、お兄様の方を誘うのね」
アリーは、きっぱりと言い放つ。
「ですが、あなたのほうが魔法の実力は遥かに上のはず。あの思い上がりバカでは、召喚獣を呼び出せるかも怪しいものです」
「……人の身内を、そんなに悪く言わないでもらえるかしら?」
「おや、失敬。ですが、事実でしょう?すでにあなたは、聖魔級魔法まで習得している。ですが、あなたの兄は、まだだと聞いていますが?」
「……お兄様の行っている学校は、特殊なのよ。私のように、好き勝手練習できるというわけでは無いわ。それに、学校の周りの生徒と比べても、お兄様の魔法の実力はかなりの高レベルよ」
「確かに。ですが、実の妹のあなたに負けているじゃないですか。その上、学校での実力に満足し、妹に当主の座を譲られるだなんて。救いようのないマヌケですね」
「……」
「アリーさん、落ち着いて下さい。いつものことですよ」
「……そうね。いつも通りね」
確かに、人を怒らせるような言動を言ってくる子のようだ。以前からアリーがシュアを嫌ってた理由はこれか。アリーの反応を見るに、今の彼女の言動は、アリーに取って不快以外の何物でもないだろう。身内をバカにされているのだから、当然だ。
「……はぁ、悪いけど、そういうわけで断らせてもらうわ。他を当たるのね」
「興味が無いんですか?世界を滅ぼすかもしれない、得体の知れない存在について」
「ええ、全くないわね。今の私には、もっと大事なものがあるから」
「……そこの、冴えない男のことではないですよね?」
シュアが、目を細めて俺を睨む。
「……あんたには分からないでしょうから、別に言う気はないわ」
「そうでしょうね。分からないでしょう。ですが、あなたは以前より腑抜けてしまったように見える。それが、そこの冴えない男のせいだというのなら、あなたは自分で損をする道を選んでいますね」
「損?ふふっ、今ではどんな魔法でも満たされないものが満たされているというのに。損?あり得ないわね」
「以前のあなたに取って、バルトシュルツ家の秘宝は、なんとしても手に入れたいものだったはず。しかもそれだけではなく、今までのバルトシュルツ家当主が書き残した、合成魔法書も見れるというのに。それら全てを捨ててでも、得るべき価値がその男にあるとは到底思えませんが?」
「あるのよ、ベイには。私の全てをかけても惜しくないほどのものがね。それに、合成魔法なんて自分でいくらでも編み出せるわ。そんなものに、頼る必要すらない」
「なるほど。やはり、バルトシュルツ家はあなたが次ぐべきですね、アリーさん。そこのクズのような男よりも、あなたには魔法を研究するほうが似合っています。そのほうが、あなたのためになるでしょう。その男が付いて離れないというのなら、あなたのためにも、私が始末をつけても構いませんが?」
ブチィイ!!
今、何かが切れる音がした。一つしか音が聞こえなかったように聞こえるが、俺には複数の音が重なったように感じた。何故なら、その音は俺の内側からも聞こえた気がしたからだ。
「……余程、死にたいようね」
アリーの身体から、光が放出される。高密度まで高められた魔力が重なり、アリーの全身を化け物じみた強さへと強化していった。聖魔級強化を、アリーは自身で纏っている。魔力の余波で、周りにあった机や物が、強風に飛ばされたかのように壁に吹き飛ばされて激突していった。
「アリーさん、こんな魔法を持っているとは!!いや、ベイ、お前も使えるのか!!」
そう。さっきから、俺の身体も魔力に包まれている。だが、決してこれは俺の意志ではない。
「(マスターを、悪く言うなんて!!!!)」
「(主に仇なすのなら、殺す)」
「(ご主人様の実力も分からない身の程知らずには、お仕置きが必要なようですね)」
「(殿の敵。生かしておく価値もあるまい)」
「(主様を悪く言ったんだもの。虫の息にぐらいはなってもらわないと、気がすまないわね)」
「(ベイさんを悪く言う奴は、許せません!!)」
6人分の強力な魔力が、魔石からダダ漏れになっている。その結果、俺の身体が聖魔級強化されたのと同じ状態になっていた。
「(お、落ち着くっすよ、皆さん!!こんなところで暴れても、ベイさんの不利益にしかならないっすよ!!)」
「(そうね、シスラの言う通りです!!ミエル様も、落ち着いて!!)」
「(その通りですよ!!たかが小娘の戯言に、いちいち付き合っていてはいけません!!ベイさんのためになりませんよ!!)」
3人がどうにか、皆を説得する。俺の為にならないとフィー達も思ったのか、魔力の放出が引いた。良かった。死人が出るとこだった。さらに俺は、急いでアリーの腕をつかむ。
「なに、ベイ。止める理由がある?こいつは、あなたを悪く言ったのよ。しかも始末するだとか。ふざけたことを……」
「待つんだアリー。俺は、君と幸せに暮らしたいんだ。だから、こんなところで人を殺めて、その幸せが少しでもくすんでしまうのが俺は何より嫌だ。だから、落ち着いて欲しい。俺と、アリーの幸せのために」
「……ベイ」
俺の気持ちが伝わったのか、アリーが聖魔級強化を解除する。辺りには、余波で吹き飛ばされた机と物が散乱していた。
「……そうね。少し、やり過ぎだったかしら」
「ああ。でも、怒ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」
「当然よ。もうベイ無しの生活なんて、考えられないんだから」
見つめ合い、俺とアリーはお互いを確かめ合うように、そっと抱き合う。ふぅ~、取り敢えず、何とか事なきを得た。これ以上、状況が悪くなるのは避けたいな。アリーを怒らせた元凶は、どうしているかと見てみると、吹き飛ばされた机に巻き込まれて気を失っていた。