入学式前
「うーん、難しいわね。というか、呪文が長い!!」
アリーの言うとおり、神魔級魔法は呪文が長い。しかも、1人で唱えることを前提としておらず、100人ぐらいの魔法熟練者が一斉に唱えることを想定して書かれている。それらの魔力を、魔法陣で一つに束ねるのだが、まぁ、そこは俺には関係ないだろう。ただ、逆に関係ない工程を使わなくなるということは、呪文自体に大幅な改善が必要になるということだ。いちいち魔法陣を描いて回復魔法を唱えるなんて、面倒以外の何物でもない。改善して省いたほうがいいだろう。
「しかもこの魔方陣、普通の素材で描かれてないわ。神魔級水属性魔物の生成する水に、神魔級で取れる高回復の葉がいるって書いてある。威力はすごいようだけど、はっきり言ってまた面倒な代物ね。……燃えてきたわ!!」
アリーの目が、情熱に染まっている。呪文を1人で唱えられるようにして、それでいて使う素材を魔力で代用しなければならない。はっきり言って、あまりやりたくない作業工程だが、アリーはやる気のようだ。なら俺も、やりたくないなんて言ってられないな。やる気が出ているアリーを見ていると、俺もやる気が出てくる。取り敢えず、まずはどこからこの魔法を改善するか決めるべきだろう。そう思って俺は、まずなにから改善を始めるかアリーに相談することにした。
「まずは、呪文の改善からする?」
「うーん、でもそっちのほうが、早くおわりそうな気がするわ。それよりも、この魔方陣をどう呪文で補うかを考えてからのほうが良さそうね」
「分かった。じゃあ、素材の専門書を見て、どんな効果の素材か確認しよう」
「そうしましょう。ベイ、必ずあなたに、神魔級回復魔法を使わせてみせるわ!!」
「う、うん、ありがとう」
俺としては、使っていいものか判断に困るのだが。まぁ、アリーがそう言ってるんだし、やるだけやってみよう。……あれな感じだったら、封印しよう。それがいい。
「うん?マスター、ノービスさん達が来たみたいです」
素材の専門書を取ってくれたフィーが言う。取り敢えず、皆の召喚を解除して少し待つ。すると、玄関扉がノックされた。
「はぁーい」
「おお、アリーちゃん、ベイはいるかな?」
「ああ、お義父さん、いますよ。ベイー」
アリーに呼ばれて、俺は出て行く。
「どうしたの父さん、明日のことで何かあった?」
「いや、皆で晩ご飯でも食べようと思ってな。お腹は空いているか?」
「うーん、まぁ、大丈夫だよ」
「なら、町に食べに行こう。アリーちゃんも一緒にな」
「いいんですか?」
「勿論!!なんせもう、家族みたいなもんだからな!!」
「みたいじゃなくて、家族よ。あなた」
ノービスとカエラの発言に、アリーはとても嬉しそうに微笑んでいる。という訳で俺達は、町のレストランで晩ごはんを食べることにした。
「そう言えば、明日は正装とかしなくていいのかな?」
「ああ、私服でいいみたいだ」
「私の時も、そんな感じだったわね。どうしても気になるなら、ベイはその黒いローブを着ていればいいわ。それで魔法使いとしては、十分な正装になるでしょう」
「そういうのでいいのか。ありがとう、アリー」
「どういたしまして」
「うむ、明日は朝9時に闘技場に集合となっている。遅れるなよ、ベイ」
「まぁ、ベイは早起きだから、大丈夫でしょうけど」
9時かぁ。余裕だと思うけど、一応気をつけておこう。その後、家族でご飯を食べ、軽く訓練をし、俺達は早めに寝ることにした。
*
「う~ん、朝かぁ……」
美味しそうな朝食の良い匂いで目が覚める。アリーと皆が作ってくれる朝ごはんが、これから毎日食べられるのかぁ。最高だなぁ……。
「あ、ベイ、起きた?おはよう、ベイ!!」
「うわっと!!」
台所から勢い良く、アリーが俺目掛けて走り飛び込んでくる。そのまま押し倒されて、朝のキスをされた。今日もいい一日になりそうだ。間違いない。……うん?
「ミズキ、何をやっているんだ?」
ミズキは、机に向かって何かを一心不乱に書いている。
「ああ、殿、おはようございます。これですか?アリーさんが、神魔級回復魔法書の写しが欲しいと言っていたので、今作業をしているところです。もう2分もあれば終わりますよ」
「へぇ~、ありがとうミズキ。助かるよ」
「いえいえ、殿にも感謝されるなら、やっていて良かったです。もう少しで写し終えますので、今しばらくお待ちください」
……しかし、尋常じゃないスピードで写しているなぁ。しかも、書くそばからインクが乾いていく。能力で変化させてるのか? 辞書並みに厚い本が、みるみる写されていく。まるでコピー機だ。
「これでよしっと。アリーさん、写しおえました!!もうこの本、図書館に返してもいいですよ!!」
「え!!もう!!!早すぎない!!頼んだの、ついさっきよ!!」
「と、言われましても。はい、どうぞ」
「……すごい、完璧に写してあるわね。ありがとうミズキ。感謝するわ」
「いえいえ、殿の魔法のためとあらばこの程度、いつでもやらせていただきます」
「助かるわ。でも、本当にすごいわね。台所でも普通に手伝いをしながら、これだけの写しを済ませるなんて」
「ニンジャには、この程度朝飯前です」
「すごいのね、ニンジャって」
本を写していた、ミズキが消える。台所にいるほうが本体だったのか。しかし、やっぱ分身は便利だよなぁ。俺も出来るんだけど、ミズキみたいにあたかも別々に人がいるかのようになんて動かせない。もっとギクシャクした動きになる。やはり、ミズキはすごい。
「フィー姉さん、殿が起きています。フライパンは私に任せて、朝のキスを」
「うん。ありがとう、ミズキ」
ミズキの手助けで、順番に皆とも朝のキスをしていく。朝食を食べて、早めに出る支度をした。
「よし、これであとは行くだけかな?」
「そうね、もうちょっとしたら行きましょう」
「あれ、アリーもついてくるの?」
「当然よ。せっかくベイの入学式が見れるチャンスだもの。保護者席で、お義母さん達と一緒に見守らせてもらうわ」
むぅ~、なんだか恥ずかしいな。まぁ、アリーが見たいなら、それでいいか。たいして面白くはないだろうけど。
「うん?マスター、たぶん、サラサという人が近づいてきていると思います」
「え?」
「むっ」
なんだろう? 取り敢えず、皆の召喚は戻しておこう。程なくして、扉がノックされた。
「はーい」
「おはようございます、アリーさん。ベイはいますか?」
「ええ、いるわよ。どうしたの、入学式前に?」
「いえ、せっかくですから、入学式に一緒に行こうと思いまして。誘いに来たわけです」
「……なるほど。まぁ、そろそろいい時間だし、出ましょうか、ベイ?」
「ああ、分かった」
という訳で、入学式会場まで3人で歩いて行くことにした。
「あれ、アリーさんは、午後から授業ですか?他の学年は、今日から授業開始では?」
「ええ、そうね。私の学年でも、授業はあるわよ。でも私、去年の闘技大会で優勝したから、何も問題がないの。それに、せっかくのベイの入学式だもの。何があっても、今日はこっちを見に行くわ」
「ふむ、アリーさんの愛の深さ、とても素晴らしいものですね。私も、学ばせていただきます」
「うむ、あなたがベイを愛する覚悟を決めるのを、待っているわよ、サラサ」
「はい。日々精進していこうと思います!!」
……なんだろう、この会話。どこかおかしくないですか? いや、愛されるのは、とても嬉しいことなんだろうけど、愛は修行なんだろうか? いや、そうとも言えるかもしれない。愛とはなんぞや? 哲学だな。
「しかし、前年度の優勝者は、アリーさんだったんですね。赤い悪魔としか聞いていませんでしたから、分かりませんでしたよ」
「赤い悪魔?」
「ええ、何でも髪も赤い上に、ほとんどの相手を高威力の火魔法で倒したと言うところから、そう呼ばれているようです。しかも、決勝戦では全身に赤い光を纏って、相手を拳の一撃で沈めたとか」
「ああ~、火の強化魔法ね。あの時は、聖魔級強化を編み出す途中で、火の聖魔級強化を主体に使うようになっていたから。そっかぁ~、あれでそんなあだ名が付いちゃったのね」
全身に赤い光を纏うアリー。うーん、強そうだ。見たかったなぁ。
「まぁ、私はもう闘技大会には出ないから、そのあだ名を消す機会は無さそうね」
「優勝者はもう出られないんですよね。残念です。アリーさんとも戦いたかったのですが」
「私は、あまり戦うの好きじゃないから、出れてもどっちにしろ出ないわね。今年は、私より強いベイが出るし、それで我慢しときなさい」
「そうですね。楽しみにしているぞ、ベイ!!」
「ああ、頑張るよ」
俺としては、あまりサラサとぶつかりたくないな。仲良くなってしまった分、やりにくさがある。でも、優勝したほうが俺にとって都合が良さそうだしなぁ。……まぁ、頑張るか。そうこうしている内に、入学式の会場についた。まだ入場が始まっていないのか、新入生と保護者が、多く会場の周りに集まっている。
「時間では、もうそろそろ入場が始まるわね。じゃあ二人共、私は保護者席に行くから、またあとでね」
「ああ、またあとで、アリー」
サラサも、アリーに小さく手を振る。さて、入場が始まったようだ。俺達も行くか。そして、俺とサラサは新入生入場口に向かって進んでいった。