勧誘理由
「おっと、手が滑ったっすねぇ……」
どう見ても滑ってはいない。シスラは、明らかに確信犯であった。
「……はぁぁあああああああああああ!?シスラァァァァァァァ!!!!何やってるんですかぁぁぁ、あなたはぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「へぼぶぅぅぅぅ!!……ぼ、暴力反対っす!!」
シゼルの綺麗な右のパンチが、シスラの腹部に突き刺さった。シスラの足が、ぷるぷる震えている。
「い、いやぁ~。これには、ちゃんと理由がっすねぇ……」
「……ハッ!!おっほん、理由と言われても。私には、この迷宮に残って仲間に魔法や、実戦での動きの指導をするという大事な役割があります。ミエル様のことは気にはなりますが、一緒に行くわけには……」
「いやぁ~、それがっすねぇ」
チラッとシスラは、シゼルの後ろにいる天使たちを見る。
「……シゼルさん、私達は大丈夫です。私達も、いつまでもシゼルさんに甘えているわけにはいきません。シゼルさんがいない間の皆の指導は、お任せ下さい!!」
「え、ええ~~!!あ、あなた達……」
仲間の予想外の言葉に、シゼルは驚愕する。
「ふふふ、事前に話は、通してあるんすよねぇ~!!」
「私に、一番先に話すべきでしょう!!そこは!!!!なんで当事者の私が、一切理由を聞いていないんですか!!!!」
「ああ、いやぁ~、なんだかんだでシゼルさんと私って、昨日から今日までゆっくり話す機会なかったじゃないっすかぁ。まぁ、そのせいで、事後報告になったというか」
「いやいやいや、だからと言って、無理矢理はいけないでしょう!!!!というか、ミエル様やあなた達も行くのに、今更私が行っても、お役に立てることはないのでは?」
シゼルがそう言うと、シスラはチッチッチと、口で言いながら人差し指を振った。
「実はっすね……。シゼルさんには、是非来てもらいたいんすよ。何故ならば……。まともな回復魔法を使える仲間が、ベイさんの仲間には、今のところいないらしいんすよぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「……な、なんですってぇぇぇぇ!!!!……って、まともな回復魔法って、どういうこと?変な回復魔法なら、使えるってこと?」
シゼルは、首をひねる。……あ、俺のことです。シゼルが俺を見たので、俺は申し訳無くて頭をかいた。
「実はっすね」
「何よ。そんな小声で……」
ヒソヒソと、シスラがシゼルに話している。と言うか、俺の回復魔法のことなんて、いつ聞いたんだろう。
「え!!そんな回復魔法が!!」
「らしいっすよ。やっぱ、普通に回復できる仲間、欲しいじゃないっすか?」
「……冗談じゃないの?」
「じゃあシゼルさん、くらってみて下さいよ。だいぶ、メロメロになるみたいっすけど」
「うーん、恐ろしいわね。証明するには、くらう必要があるなんて……」
「まぁ、こんなことで嘘ついてもしょうがないっすよ。だから、事実だと思うっす」
「なるほど。確かにそうね」
またシゼルは、俺を見た。俺は、また申し訳無くて頭をかく。
「どうやら、本当みたいですね」
「そうっすね。まぁ、それ以外にもシゼルさんに来て欲しい理由があるっす」
「それ以外?」
「ええ、これも、ここだけの話なんっすけど。なんと、ベイさんの仲間の魔物は、強くなるだけじゃなく、進化するみたいなんっすよ」
「し、進化!?」
「しーっ!!声がデカイっす。これは、秘匿事項なんっすから!!そうっす。簡単に言うと、上級が、聖魔級になるような変化が起こるらしいっす」
「そ、そんなことが。それは、すごいわね」
「でしょう。あそこにいる、ベイさんの魔物の皆さんは、大抵進化してるみたいっすよ」
「へー、通りで。そこらにいなさそうな強さだと思っていたけど。その進化って言うのが、関係しているのかしらねぇ」
チラッと、シゼルが今度は皆を見ている。フィー達は、シゼルに皆で軽く手を振った。
「……やっぱ、皆さん只者じゃないわね。勝てる未来というか、一発当てる光景も思い浮かばないわ」
「まぁ、ちょっとベイさんの魔物の方々は、強すぎっすからねぇ。私も初めて、あの爆乳ロリ・ミルクさんを見た時は、静かに恐怖を感じたもんっすよ」
「それで、その進化と私になんの関係が?」
「いいっすか。今回シゼルさんを連れて行くと言っても、シゼルさんには、たまに迷宮に戻って来てもらいたいと思っているっす」
「それは、またなんで?」
「この迷宮の上位の魔物でも、ベイさん達みたいな実力者には勝ち目がないことが分かっていただけたと思うっす。いずれ創世級と、もしかしたら一緒に戦うことになるかもしれないっていうのに、これでは流石に不安になるっすよ。そこで、シゼルさんがベイさんについてきて。更に強くなって、その強さで皆を鍛え上げれば、より実りのある皆の成長が期待出来る。と、そう思うんっすよね」
「なるほど。つまり、訓練教官である私の更なるレベルアップのためにも、ついて来いって言うのね」
「まぁ、そうっす。それにシゼルさん、前、年下が好みとか言ってたじゃないっすか。ベイさんなら、条件に合うんじゃないっすかねぇ?」
またチラッと、シゼルが俺を見た。今度はなんだろう。回復魔法の話じゃないよな。俺が特にリアクションを取れない間に、シゼルは顔を戻した。
「まぁ、それは確かに前に言ったけど。……ベイさんも、悪いとは思わないわよ。でも、ミエル様の恩人をそういう対象に見るっていうのは、ちょっと難しいんじゃない?」
「いやぁ、でもベイさんは、あそこにいる女性達と後1人別に囲ってるらしいっすからね。あまり、気にしなくていいんじゃないっすか?」
「そんなに!!ねぇ、本当に、ついていって大丈夫なの!?」
「ああ~、別に無理にとかじゃなくて、皆さんが好きだからベイさんとそういう関係らしいっすよ。そこら辺は、大丈夫じゃないっすかねぇ~。まぁ、ベイさんは、そういう意味では心が広いってことっすから。シゼルさんが増えても、きっと大丈夫っすよ」
「いや、でもなるかは、分からないけどね」
「結構、まんざらでもなさそうっすね。さて、これで来て欲しい理由も、分かってもらえたと思うっす。さぁ、ついてきてくれっるっすよね?」
「うーん」
シゼルが、頭を抱えて唸っている。その状況を、ミエルが心配そうに見ていた。やがて、シゼルがうあああああああっと、頭をかき乱す。すると、覚悟を決めた顔をした。
「分かりました!!私も行きましょう!!!!」
シゼルは、声高らかにそう言った。
「おっし!!流石、シゼルさん!!話が分かるっす!!」
「し、シゼルさん?」
「ミエル様、急遽私もベイさん達と一緒に行くことになりました。これからも、よろしくお願い致します」
「……は、はい!!」
「ベイさん、お供させて頂いてよろしいでしょうか?」
「あ、ああ、俺達は大歓迎だ。よろしく頼むよ、シゼルさん」
「いえ、ベイさんは私達の主人となられるお方。シゼルと、呼び捨てで構いません」
「分かった。……よろしくな、シゼル」
「は、精一杯頑張らせていただきます」
俺とシゼルは、手を差し出して握手をした。そこに、ミエル、シスラ、サエラが手のひらを乗せてくる。
「皆さん、共に頑張りましょう!!」
「はいっす!!」
「「はい!!」」
こうして、正式に4人が俺達の仲間となった。……しかし、増えたな、うちの仲間。