ミエルの戦い
「確か、ここら辺だったと思うのですが……」
ミズキの転移魔法で、俺達は移動した。山の麓。その周辺を見回せば、静かに眠っている天使の軍団が確認できる。何と言うか、平和的な光景のようにも見えるが、これがさっきまでミエル達を追いかけていた敵の大軍だと思うと、とても不気味な光景だった。
「うわぁ……、あれだけの大軍が、全部寝てるんっすか」
「えげつないですね」
「……」
シスラとサエラの意見に、ミズキは複雑そうな顔をしていた。だが、そう思われてもこの光景では仕方ないだろう。……でも、もしミズキがいなくなった後、すぐにミルクがあまり殺さずに、と言わなかったら。ここは、もっと地獄絵図になっていたんじゃないだろうか。これだけの大軍が、ミズキの手によって、血の海に変わる……。駄目だ、考えるのはやめておこう。気が滅入りそうだ。そう思い、俺は話題を戻すことにした。
「で、どこにそのバシュルって奴はいたんだ、ミズキ?」
「うーん、そうですね。あちらに魔力の反応がありますので、その集団ではないかと思うのですが……」
ミズキを先頭に、俺達は移動する。少し木々が生えていて、死角になっていたその場所に立ち入ると、10人の小規模な部隊を見つけた。そこに寝ている全員は、どこか年を取っているように見える。魔物でも年を取るんだなぁと思うと、魔物でも時間には勝てないのだなぁと感じた。その集団を、シスラ達が覗き込む。
「うわぁ……、階位上位が全員、手も足も出ずに眠らされてるっすよ」
「あわわわわわわわわわわ!!!!」
「ミエル様!!都合よく、まだ寝ています!!いっそこの場で、全員始末されてはいかがでしょうか!?」
「ふぇええ!!!!」
「サエラ、さすがにそれはマズイっすよ……。不意打ちでは、階位は上がらないんっすから。……でも、よく考えると私達が殺せば、ミエル様には何の関係もなく上位の席が空く形になるっすねぇ」
そのシスラの言葉に、一瞬の静寂が訪れた。しばらくすると、シスラは無言で槍を取り出し、そのままゆっくりと寝ている老人集団に近づいて行く……。
「ちょ!?ちょっと待って、シスラ!!!!」
その行動に、ミエルが慌ててシスラを羽交い締めにした!!
「ええい、ミエル様、離すっす!!このバカどもは、生かしておけねえっすよ!!」
ジタバタと、シスラが暴れる。
「待って!!私が正式に倒すから!!待って!!」
「こんなクズ共に、そこまでの情けは不要っす!!今ここで、この私が引導を渡してやるっすよ!!!!」
ミエルの必死の静止にも、シスラは止まろうとしない。完全に切れている。それを見て、やれやれと言った顔で、ミズキが指を動かした。
「「「「あっ」」」」
ミエル、シスラ、サエラ以外の俺達は、細い水の糸がシスラに巻き付いていくのが見えた。瞬間、ちょっとずつ前に進んでいた、シスラの動きが止まる。
「あれ、う、動けないっすよ!?」
「えっ?……本当だ。シスラが、何かで固定されたみたいに動かない」
ミエルが、押したり引いたりするが、どう固定しているのか、シスラはそのまま動かない。……ミズキ、恐ろしい子。
「ちょっ、これ、どうなってるっすか!?怖い!!怖いっすよ!!」
「落ち着け。私の魔法だ。ミエルに戦わせる、そういう話だっただろう?あまりその覚悟を、無下にするのは良くないと思うんだが」
ミズキは、諭すようにシスラに話す。
「む。それは、たしかにそうっすね」
ミズキの言葉に、シスラの頭に登っていた血が引いてきたようだ。少しずつ、シスラは冷静さを取り戻していく。それを見て、ミズキは水の糸を解いた。
「うーん、自分の考えが、ちょっと足りなかったっすね。ミエル様、ごめんなさいっす」
「うううん。シスラのその気持が、わからないわけじゃないけど。これは、正々堂々戦って、私が勝ち取らなきゃ意味がないの。じゃなきゃ、皆の、私のためにもならないと思う。だから、ここは私に任せて、シスラ」
ミエルのその言葉に、シスラはゆっくりと頷く。そして、その光景を見て、ミズキがバシュルの状態異常を解いた。
「む。いったい、どうなっているんだ……」
バシュルが起き上がり、辺りを見回す。ミエル達に気づくと、一際大きく飛び退いた。
「な、なな、何故まだ、貴様らが生きているんだ!!!!」
動揺し、その場から後ろにバシュルは下がろうとする。だが、ミズキの糸によって、一瞬でバシュルは動きを封じられた。
「な、なんだこれは!?う、動けん!?」
「バシュルさん。……いえ、バシュル!!私と、階位をかけて、勝負をしてもらいます!!」
ミエルが鎧を身に纏い、宣言する。だがバシュルは、嫌そうな顔をした。
「何故、お前と階位をかけて戦わなければならんのだ!!お前は、私の下の階位でもあるまい!!よって、私が受ける必要は無い!!」
「おおっと、まだ自分の状況が分かってないみたいっすねぇ、バシュル。あんたが、断れる立場にいると思ってるんすかぁ?」
シスラは、高圧的な態度を崩さないバシュルに、食って掛かった。
「なんだと?」
「今、あんたが生かされてるのは、ミエル様と勝負するためっす。別に、こっちはそのまま殺しても良かったんすけど、ミエル様がどうしてもって言うから、今のあんたは生きてるんっすよ?それを断るということは、もうあんたに価値は無いってことっすからねぇ。後は、分かるでしょう?」
言いおえると、シスラはニヤッと悪い笑みを浮かべた。その顔に、バシュルは青ざめる。シスラは、冗談で言っているわけではないだろう。どうあがいても、今のバシュルは逃げ場の無い状態だ。その表情を見てミズキが水の糸を解き、ミエルは、そのままバシュルに向かってハルバードを構えた。
「ちっ……」
それを見て、バシュルも鎧を身に纏う。重量級の力強そうな鎧に、兜には大きな角が付いていた。武器は剣と盾を持ち。そのまま中腰で構える。
「そう、それでいいんっすよ。それじゃあ、始めるっすか!!」
シスラが手を上げると、ミエルとバシュルの周りに光の円が現れた。それは、グルっと2人を囲むように広がり、地面に淡い光を放っている。
「これで、正式な階位争奪戦っすね。一応言っておくっすけど、この円から出たら負け、相手に気絶させられても、殺されても負けっすからね」
2人は、武器を構えたまま動かない。ジッと、お互いを睨みつけている。シスラは、構わずスッと手を縦に向け……。
「始め!!」
腕を下ろし、戦闘の開始を宣言した。