サイフェルムの魔王
数年後。野菜販売を先頭に、アリー達の開発した魔道具、クオンの素材を使った若返り薬品などを売り出したアルフェルト商会は、またたく間にその商会規模を大きくし。今や、その名を知らない個人の方が少ないというほどの大商会へと発展を遂げた。
「それで、今日は無駄な予定入ってる?」
「入ってますよ、アリーさん。ムエルタとか言う、何でも貴族お抱えの大陸間交易をする商人だとかいう人の訪問が入っています」
「そう。まぁ、時間になったら言って。適当に小屋の設備起動するから」
「分かりました」
「ママ、パパどこ?」
「あら、ベリア。ご本を持って、パパに読んでもらいたいの?」
「うん」
「そう。パパは、今の時間なら庭か、訓練場に居るでしょう。そこを覗いてみなさい」
「分かった。行ってきま~す!!」
「失礼します」
赤黒い髪をした少年ベリアの後を追うように、濃い水色の髪をした褐色の少年がその後を追って部屋を出ていった。
「……ホント、ミズキの子ってしっかりしてるわね」
「いや、あれは凄いですよ。しかも8子ですよ。8子。それも全員あんな感じ。子育てが楽でいいですね」
「そうだけど。やっぱり、我が子の可愛さが際立つと言うか」
「ああ、それはありますね。私も、ロイの可愛さに癒やされる毎日です。子供って、生む前はここまでだと思ってなかったんですけど、なんか、良いですよね」
「そうね。良いわね」
そう言うとアリーとロデは、お互いに優しい笑みを浮かべた。
「サイフェルムには、魔王が住むという」
「ほう」
「そして、ここがその屋敷だ」
ほっそり顔をした男がそう言う。その男は身なりを整えて、馬車の窓からその屋敷を睨んでいた。
「屋敷ですか?」
「ああ、屋敷だ」
武器を持った屈強な男が、男の声に反応する。男達の目には、屋敷などという生半可な物は見えていなかった。見えているのは、半透明の大きなドーム状の壁だった。その姿は、まさに迷宮の入り口そのもの。男達は、馬車を降りてその入口前へと移動する。
「注意書きを読んでおけ。これ以上むやみに進むとどうなるか書かれている」
「看板か。何々、断りなくこの壁に触れると一度は壁の近くに戻ってくることが出来る。しかし、二度目はない。……何だこれは」
「試してみるか?」
「……いいでしょう」
屈強な男が、壁へと手を触れる。その瞬間、男の姿が消えた。そして、壁から少し離れた地点に男は出現する。
「何だこれは?」
「転移魔法だろう。この壁に触れると、飛ばされるんだ。ここじゃないどこかにな」
「……」
「この中にいる魔王と呼ばれている奴は、何でも女性を囲い込んで働かせているらしい。その中に、探しているお嬢さんが居るって話だ」
「……逃げたほうが良いんじゃないか?」
「俺もそう思うが。これが仕事だ。言われた以上はやらないとな」
「……」
ほっそりした顔の男は、腕組みをして壁の前で待つ。屈強な男も、いつでも武器に手をかけられる状態で静かにその場に佇んでいた。暫くして、ドーム状の壁から何かが出てくる。それは、濃い水色の髪をした少年であった。それが2人。ほとんど同じ顔の少年2人は、辺りを見回すとほっそりした顔の男を見つめた。
「貴方が、ムエルタさんですか?」
「ええ、いかにも。私がムエルタです」
「では、どうぞこちらへ」
二人の少年は、透明なドームに触れると穴を開けてムエルタを招き入れようとする。その後に続いて屈強な男が動こうとすると、その動きを少年が手で止めた。
「お連れの方は、一緒にはいけません。面会の予約を入れられたのはムエルタさん一人だけです。ここでお待ち下さい」
「……分かった」
「では」
男は、頷くことしか出来なかった。自分よりも圧倒的に年齢も身長すらも小さな少年たち。しかし、男はその少年たちから逆らってはいけない何かを感じた。幼いはずの少年たちの目に、男は何か年齢を超越した力があるのを感じた。
「ここが、ドームの中ですか」
ムエルタがそう呟く。二人の少年は、ドームを再び閉じると無言でムエルタを一つの小屋へと導いた。その小屋の周囲は、霧に包まれていて視界が悪い。二人の少年に中に入るよう指を刺されると、ムエルタは扉を開いて恐る恐るその小屋の中へと入っていった。
「貴方がムエルタさん?」
「あ、これはどうも!!私がムエルタです。本日はお日柄もよく、面会をお受けくださり大変有り難うございます」
小屋の中には、豪華な椅子とテーブルが置かれており、向かい側のイスには一人の女性が座っていた。彼女は、ムエルタを見ると立って彼を出迎える。
「まぁ、座って下さい。私は、ロデ。ロデ・アルフェルトと申します。アルフェルト商会の代表の一人です」
「ロデさんですか。これはささやかですが、うちの商会が扱っている商品になります。どうぞ」
「まぁ、いただけるんですか?有り難うございます」
「いえいえ。アルフェルト商会様の商品と比べれば見劣りするものばかりで恐縮ですが」
「いえいえ。……さて、本日は商談をしたいとのお話でしたが?」
ロデは、包を受け取るとそれをそのままテーブルの上に置き、ムエルタを見据えた。
「はい。私、とある貴族様にご贔屓にしていただいておりまして。その御方がですね、アルフェルト商会の若返りの商品。その全てを、一定の間隔で一定個数買い付けをしたいと言うのです」
「なるほど」
「アルフェルト商会様の扱われている若返り商品は、どれも効果が素晴らしく市場で大量に売れていると聞いています。そのため売り切れが続くことも多いのだとか」
「そうですね。店舗に在庫すら残らないことが日常的です。売るそばからすぐに消えていきましてね。嬉しい半面、商品を買いたいと思っておられるお客様全員に商品をお届けできないのが現状です」
「そこでなのですが、事前に売りに出す前にある程度の品をこちらで買い付けるとして確保いただけないかと本日はお願いにあがった次第でして」
「う~ん、無理ですね」
「……無理、ですか?」
「はい。店舗で販売する量を、確保するのが精一杯な状況でして。どなたかのために確保するとなれば、それを理由に他の方にも取り置きを迫られます。しかし、それでは店舗にすら置く商品がなくなってしまう。ですので、取り置きという例外を認めるわけにはいかないのです」
「そうですか。では、取り置きして頂く代わりにその分手間賃をプラスしてお支払するというのでは如何ですか?」
「いえ、結構です。売れいきが順調でしてね。そこまでしていただいても取り置きをする必要がないんですよ」
「そ、そうですか」
「はい」
ロデの言葉に、ムエルタは汗をハンカチで拭う。
「でしたら、私の商会は遠方にも商品を運んで売り込んでいます。アルフェルト商会様も、商品の有用性を他国にも広めたいと思いませんか?私共の商会ならば、それが可能です。どうでしょう。うちの商会に、アルフェルト商会様の商品の遠方販売の手助けをさせてはいただけませんか?」
「いえ、結構」
「……そ、そうですか」
さらにムエルタは、汗をかく。
「先ほどおっしゃられていましたが、やはり商品の確保数が少ないためですかね?」
「そうですね。それもあります」
「特殊な製法ということでしょうか。どうでしょう、商品製造の規模を拡大されては如何ですか?よろしければ、私共の商会から寄付をいたしますが」
「いえ、結構です。その必要はございません」
ロデは、笑顔でムエルタにそう言った。
「……さようですか。ところで、アルフェルト商会様はこのドームの中に商品の生産工房をお持ちであるという話でしたが、この近くにはないんでしょうか?」
「ええ、ちょっと行ったところに農場がありますね」
「そうですか。いや、私もあの野菜を食べたのですが、これがとても美味しくてですね。どのようにすればあんな美味しい野菜が出来るのかと思ったのですが。そういえば、アルフェルト商会の従業員の方は、女性が多いのだとか?」
「ええ、そうですね」
「そこに秘密が?」
「いえ、ないです」
「……そうですか。ところでなのですが、アルフェルト商会様のところでファッタという家名の女性は雇われていらっしゃらないでしょうか?」
「……いえ、居なかったと思いますが」
「そうですか。金色の髪に青い目、頬にホクロのある女性なのですが」
「いえ、うちにも金髪に青い目の女性は居ますが、頬にホクロのある方は居ないですね」
「そうですか。なんでも家を飛び出した貴族の娘様で、家の方が探されているという話なのです。サイフェルムにその方は行ったという話らしいのですが、アルフェルト商会様のところにはいらっしゃらないですか」
「ええ、そうですね。特徴を聞く限り」
「……分かりました。ありがとうございます。本日は、お会い頂きありがとうございました」
「いえ、お気をつけてお帰り下さい」
席を立つと、ムエルタは会釈して小屋の扉を開けて出ていく。すると、二人の少年が待っていった。
「行きましょう」
2人の少年は、ムエルタを先導して歩き出す。その二人の後ろでゆっくりとムエルタが道をそれようとすると、二人の少年はそれを目ざとく見据えた。
「おい、そっちじゃないぞ」
幼い子供の声であったが、その声にはどこか重みがあった。
「……あ、ああ、すまない。と、トイレはないのかな?おじさん、トイレに行きたいんだが」
「……そうか」
その瞬間、少年が指を上げて弾く。すると、ムエルタはドームの外に居た。
「……」
「急いで帰ったほうが良い。漏らさないうちにな」
声の方向を振り向くと、いつの間にか後ろに居た少年がドームの中からこちらを見ていた。そして、ゆっくりとその姿を消していく。
「……おい、大丈夫だったか?」
「これは無理だな。諦めよう」
「ああ、その方が良い」
「逆らった者は例外なく死を迎える。なるほど。大げさな噂かと思ったが、嘘ではなさそうだな」
ムエルタは、馬車に近寄ると再度ドームを振り返ってみる。その光景に、ここに来た時以上の恐怖をムエルタは覚えた。
「魔王、アリー・アルフェルトの城か。確かに、間違ってはいなさそうだな」
人々に、アリーは魔王というあだ名で呼ばれ始めていた。




