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召喚魔法で異世界踏破  作者: 北都 流
最終章・最終部 召喚魔法で異世界踏破
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まだ天才だった頃のアリーさん

 隣を見れば微笑む彼。その周りを忙しなく動き回る彼女たち。その一場面を見ながらアリーは、訪れた幸せに浸っていた。しかし、だからこそふと空を見上げて思い出す。思い出すことを止めていた記憶を。


「失礼する」

「……何よ、あんた?」

「お久しぶりです、アリーさん。覚えているでしょうか。サラサ・エジェリンです」

「ああ、迷惑な召喚師討伐以来かしら。大きくなったじゃない、お互いに」


 一瞬だけサラサの顔を見つめると、アリーはすぐに視線を外して魔力で魔法陣を書き始めた。その設計には迷いがなく、一切の無駄がない。ものの数秒で一つの魔法陣を完成させると、それが空中で光って消えた。その光景を見るとアリーは、舌打ちをしてまた別の魔法陣を書き始める。


「アリーさん、最近家から出られていないようですね」

「そうね。暇じゃないのよ、私は」

「もしかしてですが、それって、最近のことと関係がありますか?」

「最近のことって言うと?」

「創世級迷宮のことです」

「……」


 そのサラサの発言に、アリーは表情を歪めた。


「先日、創世級迷宮に異変が確認されました」

「それで」

「まだ調査段階ですが、空間にヒビのようなものが時折現れると報告を受けています」

「ふ~ん」

「そして、私達はその調査をするべく創世級迷宮近くに滞在することになりました。私の祖父も含めて。調査というよりも、私達は研究者の護衛と言ったところですけどね」

「……死にたくなかったら、近づかないことね」


 アリーは、その言葉をサラサの目を真っ直ぐ見つめ返していった。


「……アリーさんなら、なんとか出来るのではありませんか?あの状況を止めることの出来たアリーさんならば」

「私、天才だけど、出来ることにも限りがあるのよね」

「……」

「研究にはお金がつきもの。バルトシュルツ家がいかにお金を持っていても、今の私の研究を大きく進めるには心もとないわね」

「お金、ですか」

「そうね」

「それさえなんとか出来れば」

「私がなんとかしてあげるわ。勝つとは言えないけど、負けなくは出来ると思う。少なくとも今はね」

「今は、ですか」

「私でも出来ないことはあるの。出来るようにするには、時間がいるじゃない。それを作るところからということね」

「……私には、アリーさんの言っていることの真理は分かりかねますが。それでも、やはりあなたに会いに来てよかったと思います。国の研究者にどれだけ現象の具体的な考察や変化を聞いても、分からない、言えないの一点張りでした。でも、あなたは違う。最悪の結果になると知っていて、それを回避する手段を生み出し始めている」

「私と他を一緒にしないでくれる。回りくどいことは好きじゃないの。私は、魔法を作って未来を変える。それだけよ」

「……お金の件、なんとかならないかやってみます」

「宛があるの?」

「マルシア商会のロデさんとは、あの時に知り合って以来会っていませんが、彼女ぐらいしか頼める人はいないでしょう。頼んでみます」

「……商人見習いに私の研究が理解できるかしらね」

「ともかく、任せて下さい。絶対に、なんとかしてみせます」

「……サラサ、どうして数回しか会ったことのない私を、そこまで信用するの?」


 アリーは、部屋を出ようとしていたサラサにそう言葉を投げかけた。その言葉に、サラサは振り返る。


「私も不安なんですよ。あの中には、得体の知れない何かがいる。それが私にも分かるんです。一度行って思いました。この先どうなるんだろうって。それに誰も答えてくれなくて不安でしたし、恐怖を拭いさることの出来ない毎日が続いていました。ですが、アリーさんは迷いなくこのままだと死ぬと教えてくれました。そして、なんとか出来るとも」

「……」

「貴方は、アリーさんは他とは違う。だから、私は貴方を信じます。信じたいんです。だから、任せて下さい」

「……期待せず待ってるわ」


 その言葉を最後に、サラサは出ていった。そして前の世界では、その後二度とサラサにあうことはなかった。


「こんにちは。アリーさん居ます?」

「お邪魔します」

「……ロデ・マルシア、だったかしら」

「ええ、お久しぶりです。アリーさん」

「初めまして、ロザリオ・フェインと申します」


 代わりに、ロデと、ロザリオがやってきた。


「フェイン?フェイン商会?」

「はい。そのフェインです。今日は、研究投資のお話をしに参りました」

「サラサが、2人に言ってくれたのね」

「ええ。それはもう真剣に口説かれましたよ。アリーさんしかこの世界を救えるものはいないとね」

「……ちょっと違うわね。まだ私が救うとは決まってないわ。ただ、救う時間を稼げるようにするってだけ」

「といいますと、創世級迷宮は崩壊すると?」

「ええ、するでしょうね。簡単な理屈よ。内側の化物が暴れる。割れにくいものにも何度も衝撃を与えて壁をすり減らしていけばいずれは砕けて消えていく。そして、中身が飛び出す。少し考えれば分かることでしょ?誰でもね」

「ですが、他の研究者達は、分からないと言っていますが?」

「近づいて調べられないからでしょうね。具体的に調べられないなら最悪の状況を想定して動くべきなのに、それが出来ていない。お国仕事って大変ね。憶測で動けないんだから」

「……アリーさんは、その最悪を想定した上で動いていると?」

「そうよ。おかげで休む暇もないわ。楽しいからいいけど」


 そう言って、アリーはコップのジュースを飲み干した。そして、またペンを走らせて本に何かを記していく。


「……いくらいるんですか?」

「……取り敢えず、これだけいるわね。あとの事は分からないけど、取り敢えずはこれだけ」


 そう言って、アリーはメモをロデに投げてよこした。かなりの分厚いメモ書きの束だ。そこには、金額ではなく必要な素材が書かれている。それを見て脳内で素材を現金換算したロデが、嫌そうな顔をした。


「……これ程の物がいるのですか」

「優先順位はつけてあるから、上から手に入ると嬉しいわね。それでもし研究が仮に完成したとすればそれで終わりだけど、まぁ、そう上手くいくとは、私には思えないわね」

「……いくらなんでもこれは」

「そ。じゃあ帰って。邪魔だから」


 そう言うと、アリーはロデたちから視線を外して一心不乱にペンを走らせた。


「……分かりました。手に入るものからここに運ばせます」

「あら、得にもならなさそうな研究なのに、どういう心境の変化?」

「いえ、確信しました。アリーさん、貴方は一人でまだ見ぬ頂きを登っている。それもたった一人で。しかも、自分をではなく、この星の全てを救うために」

「……」

「アリーさん、お金ってね、こういう時のためにあるんですよ。それに、国に貢ぐよりアリーさんに貢いだほうが勝率は高そうです」

「……まぁ、そうね」

「やはりそうですか」

「私には、国という枷がないからね」

「是非、支援させて下さい。そして、どうか私達をお救いください」


 ロデは、アリーに深く頭を下げた。その光景を、アリーは黙ってみている。


「私も、支援させて頂きます。どうか、よろしくお願いいたします」


 ロザリオも頭を下げた。それを見て、アリーは頭をかいた。


「……助かるわ。取り敢えず、やるだけはやる。それしか私には言えないわね」

「それで十分です。アリーさんが手を抜くとも思えませんしね」

「そっちの彼女、ロザリオだったかしら。貴方もありがとう。貰ったものは、無駄なく使うと約束するわ」

「あの、アリーさん」

「私、男、ですので」

「……?」


 アリーは、その言葉が一瞬理解できなかった。


「男?」

「はい」

「女性物の服」

「はい。趣味です」

「……似合ってるわね」

「ありがとうございます」


 一瞬、アリーは頭を抱えたが、すぐに切り替えて研究に戻った。


「ロザリオ、あんた、研究の邪魔をしないであげてよ。存在が邪魔」

「いやロデ、それは流石にひどいよ」

「大体なんでついてきたのよ。来るなって言ったでしょ」

「だって、私も不安だったし」

「チッ、分かったわ。これ持って、帰って考えるわよ。どっちが都合したほうが楽な品になるか考えないと」

「うん」


 そう言うと、ロデは早足で部屋を出ていく。その後を、ロザリオが追いかけるように出ていこうとした。


「……貴方」

「?」

「どっちがいいの?」


 アリーは、なんとなくロザリオにそう投げかけた。


「……私は」

「……」

「好きな人がいるんです。でも、自分でそれが妥協なのかもしれないと思うときがあります。でも、他に気になる人が居ないんです」

「だから?」

「もし、彼女以上に本当に好きな人ができたら、私は、男であることを後悔するかも知れません」

「……そう」

「はい」


 ロザリオは、そう言うとどこか悲しそうな表情をして部屋を出ていった。


「心が女性なら、あとは身体を変えれば完全な女性になるんじゃないかしら。ま、今の私には、そこまで手を回す余裕はないけどね」


 アリーは、何となく思ったことを言って研究に戻ることにした。その後、ロデとロザリオは、度々アリーの指定した素材をまとめて持ってきた。


「レノンです」

「サラです」

「二人とも、うちで働いてもらってるんですよ」

「働き者ね」

「任せて下さい!!」

「体力には、自信があります!!」


 レノンとサラは、次々に用意された素材を家に運び込んでいく。そんなことを数回繰り返しながら、アリーは研究を続けた。


「ひっつくな!!ほら、ささっと戻るわよ!!」

「あっ、ロデのいけず!!」

「うるさい!!黙っていけ!!」


 ロデが、ロザリオの尻を蹴る。その痛みに尻をさすりながら、ロザリオは先に部屋を出ていった。


「たくっ。ホントあいつクソだわ」

「……あんたは嫌いなの?彼、あなたに好意があるみたいだけど」

「……嫌ですよ。あんな妥協と依存だけで私を選ぼうとしてるやつ。だいたいあいつ筋肉フェチですよ。私は、あいつの理想から最も遠いところにいるっていうのに。幼馴染で安心するからって理由で好意を持たれてもねぇ~。なしですね」

「そう。フェイン商会の跡取りでしょ。性格も良さそうだし、お金も持ってる。あんたが好きそうな感じじゃない」

「アリーさん、確かに旦那にする上で収入や貯金というのは重要な要素です。しかし、それはさして重要じゃありません」

「というと?」

「本人自体に大金を稼ぐ力があるか。これが一番重要ですよ。いくらもとから持っていても、積み上げられなければ私の夫には相応しくない。ロザリオは、妥協するならありってとこですか。まぁ、あいつのこと知ってる今では、完全になしって感じですけどね。スペックとしてはありです。金持ちですしね」

「性格が合わないってことね」

「そうですね。友達ならありってとこですか。一応、古い付き合いですしね。でも、あいつが自分の好きなものを押し殺して私を選ぼうとしてる時点でなしですね。そういうの好きじゃないです。私は、お金が大好きですからね。それを否定したくもないですし、隠したくもない。押し留めているといつか爆発します。あいつはそうなる気がするんです。だから、私はあいつには付き合いません。付き合わなければ、不満も出ないでしょうからね」

「彼のためにもってこと?」

「どうですかね。私が嫌ってだけが大半な感じですけど。ま、長い付き合いですし、変なことをしないように止めてやるぐらいはしてもいいかなって感じですかね」

「そう」

「でも、あいつの父親がすごいマッチョなせいで、大半のマッチョマンだとあいつ、ちっ、ザコか。みたいな視線で見ますからね。もし爆発したとしたら、あいつ自身が理想のマッチョになり始めるんじゃ……。いや、無理だな。あいつ、今の今まであの体型だもんな。とすると、筋肉の品評会でも開いて強者を探し続けるってところが妥当かな?」

「意味あるのかしら、それ」

「分からないです。いまだかつて見たことがないので。ところで、アリーさんとかはどうですか。ロザリオとかは、ありな感じですか?」

「ないわね。魔法の研究よりも面白くなさそう」

「あの見た目のあいつで面白くなさそうって、アリーさんの選ぶ男性ってどんな人なんですかね」

「さぁね。いないんじゃない。興味ないし。恋よりも魔法のほうが私には有益そう」

「でも、運命の出会いは、ひと目見ただけで魔法がかかるみたいに恋に落ちるといいますからね。もしかしたら、あり得るかも知れませんよ」


 そう言って、ロデは部屋を出ていった。


「……あり得たとしても、星が滅ぶほうが早そうね。縁があるか怪しいわ。というよりも、命があるかも怪しいけど」

「やっぱりさぁ、ドキドキするかが大切だと思うんだよねぇ」

「分かる」


 そう話しながらレノンとサラも荷物を置き終わると出ていった。アリーの部屋は、また静かな空間へと戻った。


「アリーちゃん、居る?」


 そしてヒイラがやってきた。アリーはこの時、研究の進みが悪くてイライラしていた。そこにヒイラがやってきた。もう一人の天才魔法使いが。


「ライアおばさんが、こっちは任せてアリーちゃんの役に立ってあげてって。サラサちゃんがね、教えてくれたんだよ。アリーちゃんが、一人で頑張ってるからって」

「……そう」


 アリーは、心の中でサラサに感謝した。2人の天才によって研究は、アリー一人であった頃よりも早く進んでいく。それまで進みの悪かった研究が嘘のようにその姿を完成へと向けて動き始めた。


「アリーちゃん、魔力の貯まりはどう?」

「ロデ達があの召喚師の持ってたのと同じ本を早めに見つけてくれたおかげで順調ね。でも、どれだけ貯まれば二人分になるのかしら。ちょっと分からないわね。仕方ないから、溜まった魔力を分けて使いましょう」

「いや、駄目だよ」

「……分かったわ。ヒイラ、貴方に託す」

「駄目だよ。私じゃ駄目だ。こんなこと、アリーちゃんじゃないと思いつかなかった」

「ヒイラ、何を言って」

「アリーちゃん、アリーちゃんじゃないと駄目なんだよ」

「ヒイラ、でも、私は」

「アリーちゃん、私は待ってるから。みんなと一緒に、待ってるから。アリーちゃんが、助かる方法を見つけてくれるのを」

「……分かったわ」


 それ以上、アリーは言葉を紡ぐのを止めた。


「魔法を使うのは」

「一番魔力の波が大きい時がいいわね。その方が、逆光の力も大きくなる。つまり」

「この星が滅びる時だね。まだ時間はあるよ。それまで私も、一緒にどうやったら皆を救えるか考えるから、頑張ろうね」

「……うん」


 あれから、どれだけの時が過ぎたのだろう。見回せば、あの時の皆が周りで笑顔を浮かべて幸せそうにしている。アリーでは一度救えなかった皆を、全て救った者がいた。それがベイ・アルフェルト。アリーの救いたかった人たちを、一人も犠牲にすることなく彼は世界を救った。アリーは、心から彼に感謝する。そして、だからこそ彼と自分と皆の幸せがこれからも続くようにと、アリーは一人心で夢のような今の光景を見ながら祈った。




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