風に溶ける獣
「さ~て、次は水以外の誰か。誰か居ないかなぁ~?」
「そう簡単には、居ないでしょうね」
アルティにそう言われた通り、迷宮巡りを再開したが、20ほど回っても良さそうな魔物は見つからなかった。というか、本当にボス以外全部逃げるな。神魔級でも、めっちゃ全力で逃げていくぞ。よくシルド逃げなかったな。
「ここも駄目と」
「そろそろお昼ですよ、マスター。一旦戻りませんか?」
「お、戻ろう」
そう言うと、すぐに俺は転移して家に戻った。アリーの手料理が待っている。戻らない訳にはいかない。そして、食べて再び迷宮探索を始めた。今日もお昼ご飯は美味しかった。世界を救って味わうご飯は、また格別にうまい気がする。焦って食べなくて良い気がするからだろうか。それとも、俺の心から大きな不安が抜け落ちたせいかもしれない。まぁ、美味しいのは良いことだよな。
「……居ないなぁ」
「いませんねぇ~」
風魔法で、迷宮を走り抜ける。お、逃げない魔物が居たぞ。と、思ったのだが。失禁して気を失っていた。流石に、これを連れて帰る訳にはいかないな。フィー達を見たら、心臓が止まってしまうだろう。
「居ないねぇ」
「いませんねぇ~」
ボスを切り捨てながら、次の近場の迷宮へと転移する。レアな魔物も居るかもと思って、水属性の迷宮も渡り歩いているが、誰一人として見つからない。シルドが早い段階で見つかったのは、運が良かっただけか。
「ここにもいな……」
「うん?」
気配がする。何かが近くにいる気配が。
「アルティ」
「何か、居ますね」
辺りを見回す。しかし、何も居るようには見えない。上か? それとも、下か? いや、居ないな。しかし、居る気がする。何か居るんだ。
「……これは」
「分かりましたか?」
「アルティは、分かったのか?」
「はい。見つけました」
「となると、感覚で魔力を探るしか無いか」
「流石マスター。正しい選択です」
俺は、目を閉じて感覚のみで周囲を探る。集中すると、周りの魔力の流れが見えてきた。その中で、俺の前を漂っている何かがある。それを掴もうと手を伸ばしたのだが、腕がそれをすり抜けた。
「むっ?」
今度は、腕に風の魔力を薄く纏わせて掴みに行く。すると、その生物の尻尾を掴む事が出来た。
「……さてさて、これは何かな?」
それは、勢いよくもがいて俺の腕から逃れようとしている。手に伝わる振動は、まるでうなぎでも掴んでいるかのようだ。しかし、それがゆっくりと実体化すると、うなぎではなかった。
「……龍か?」
「そうですね。いや、蛇でしょうか?でも、角もありますし、龍でしょうね」
俺の腕に、尻尾を掴まれた小さな龍が出てきた。薄緑色の鱗をしていて、前足と後ろ足が細く長い胴体に付いている。ひげは、生えてないみたいだ。
「凄い。風自体に変化できるのか。ミズキみたいだ」
「そうですね。これは、野放しにしておくのは、マズイ魔物かもしれません」
「そうだな。今は、まだ害はなさそうだが」
「ここ、風属性中級迷宮ですからね。確実に生き残って強くなりますよ。この子」
「ああ、そうだろうな。ミルクみたいになるだろう」
正直、ミルクは最初から強すぎたよな。今の俺なら相手できるけど、出会った当初にあの力だったからな。 ……いや、皆強かったよな。皆強かった気がしてきた。
「……どうしよう」
「殺しますか?持ち帰りますか?」
「中級で逃げなかったよな?」
「というよりも、逃げる必要がないと思ってたのでしょうね。まぁ、それが既に才能の現れとも取れるのですが」
「よし。候補を確保したぞ」
「良いと思います」
「……もしかして?」
「……いえ、性別があるように見えませんね。今は、どっちとも」
「なるほど。俺次第か」
「ということは、女性確定ということですね」
「……」
取り敢えず、また家に戻ることにした。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「カザネ、候補を連れてきたぞ」
「お、そうですか。では、こちらに」
俺は、カザネに連れられるままに外に出た。すると、ミズキと、シルドがいなくなっている。何処に行ったんだろうか? まぁ、ミズキに任せてけば安心か。シルドが心配な気がするが、任せておこう。
「さてさて、ではこの紙芝居をですね」
「お、絵を書いたのか。なかなかうまいな」
「ありがとうございます」
カザネは、自作したと思われる紙芝居を出した。そこには、変身したヒーローと、戦う怪人が書かれている。
「さてさて、これが実は、変身した人間でして」
カザネがそう語り始めたが、俺の掴んでいる龍は、カザネの説明とは真逆の方向を向いている。ヒーロー側ではなく、怪人側の方をじっと見つめていた。
「うん?」
カザネが、それを見て怪人の絵を隠す。すると、龍は紙芝居を見るのを止めた。今度は、怪人だけカザネが見せる。すると、龍は食い入るように紙芝居を見つめた。
「これは……」
「怪人側に、興味があるみたいだな」
「……どうしましょう?」
「……カザネ。容姿は怪人好みでも、正義の心を持つことは出来ると思う」
「はっ、なるほど!?」
「お前に任せる。この子を、見てやってくれ。駄目だったら、その時は頼んだぞ」
「……分かりました。任せて下さい!!」
カザネに、俺は龍を手渡した。問題なく、カザネは龍を掴む。うん、大丈夫なようだ。じゃあ、あとは任せよう。
「俺は、また探しに行ってくる。見定めてくれ」
「はい!!」
珍しい魔物だけど、駄目ならしょうがない。俺は、どうなるかはあまり深く考えず、次の候補を探すことにした。
「……そもそも、全属性って、まだ居るのかな?」
「……分かりません。奇跡的に居るかも知れませんし」
「取り敢えず、雷属性から探したほうが無難か」
「そうですね」
今後の方針として、雷属性の迷宮を中心に回ることに俺はした。




