黒い怠惰
「水、風、雷、全属性……」
「私達の後輩ですか」
「今から、後輩に格好いい正義の味方とは、を伝えるために資料を作るべきでしょうか?」
「こん、楽しみです!!」
「マスター、あまり無理して悩まないでくださいね」
「う~ん」
悩む。どんな魔物にすればいいんだ。全く思いつかん。むしろ、どんな魔物にも良さがある。誰でもいい気がしてきた。いや、それは駄目か。
「……考えて駄目なら」
「考えて駄目なら?」
「行動するしか無い!!」
そう言って俺は、いつものローブを着込むと、アルティに手を伸ばして剣に変化してもらった。サリスもしまわれている鞘の付いたベルトを腰に付けて、アルティも鞘を出現させて取り付ける。そして、転移して適当に迷宮を見て回ることにした。
「何か、何か良さそうな魔物……」
今まで通ってきた迷宮を、転移して回る。そこで、ある事実に俺は気がついた。
「……魔物、逃げるな」
そう。魔物が、俺に気づくと脱兎のごとく逃げていく。おかしい。魔力が外に出ないように制御しているから、実力がバレることはないと思うのだが。だが、逃げていく。何故だ。
「本能でしょうかね。いえ、この場合はあまりに大きすぎる魔力ゆえ、外に出ていなくても分かってしまうと言ったほうがいいのでしょうか」
「つまり、今までは背の高い人居るなって感じだったけど。巨人が棒立ちしていて逃げないやつはいないと言った感じか」
「まぁ、そんな感じかもしれませんね」
「これじゃあ、探しても契約どころではなさそうだな」
「手はあります。ミズキさんに頼んで、わざと弱そうに外に魔力を垂れ流す隠蔽を行ってもらえばいいと思うのですが」
「じゃあ、それで」
「いえ、今回はこのままで行きましょう。思えば、この圧力を乗り越えてくるくらいの魔物のほうが良いかもしれません」
「……確かにそうだな」
「少し、試してみましょう。そんな魔物が居るのかを」
「ああ」
というわけで、俺から逃げない魔物を探して迷宮を見て回ることにした。だが、そう簡単に居るはずもなかった。迷宮のボス部屋にも入ったが、ボスですら向かっては来るものの、少し怯えが見える。そんな状態だと言うのに、俺の仲間になってくれる魔物など居るのだろうか。ちなみにだが、どのボスもアルティの斬撃を凌ぎ切ることが出来なかった。一撃で消えていったよ。
「姉さんも、戦いますか?」
「……」
「サリス?」
「……マスターの望み通りに、お振るい下さい。それが、私の喜びです」
「分かった」
「姉さんは、相変わらず無口ですね」
「……」
アルティをしまって、サリスを手に持つ。サリスでも、ボス戦は問題なかった。以前よりも、切れ味が上がっている気がする。見た目は、変わってないんだけどなぁ。
「……よし、次だ」
「これで、23迷宮目ですね」
「もう、知らないところもだいぶ回ったな」
馴染み深いとこも超えて、適当にボス戦をして知らない迷宮も駆け抜けていく。なんというか、ほぼ作業的に俺達は、迷宮を渡り歩いていった。
「次に行きましょう」
「う~ん、ちょっと休憩するか」
俺は、目の前にある迷宮の入口から離れて、近くにある砂浜を歩くことにした。次は、水属性神魔級迷宮だ。少しは、緊張感を持って望んだほうがいいだろう。気分を切り替えるために、俺は浜辺を歩いて気分転換をすることにした。
「……穏やかだなぁ」
少し曇っているが、潮風が心地良い。遠くの方は晴れてるし、じきにここも晴れるだろう。俺は、海を眺めようと思って砂浜に腰を下ろすことにした。
「……うん?」
そう思った矢先、何か黒いものが俺の視界に入ってくる。それは、波打ち際に居た。何か黒い塊が、動きもせずに砂浜に打ち上がっている。それは、鉱石のようにも見えるが、何かの生物のようにも見えた。
「なんだ?」
俺は、立ち上がってそれに近づいていく。それは、ひっくり返っていてピクリとも動きはしないが、知っている生物に似ていた。
「亀か?」
その黒い亀らしき物体は、ピクリとも動かない。俺は近づいて、逆さになっている亀の顔を覗き込む。よく見ると、ちょっと口のあたりが動いていた。呼吸は、しているっぽいな。
「……帰してやるか」
俺は、片腕で亀をひっくり返して、波打ち際に移動させる。すると、亀がこっちを見た。一瞬だけ俺を見ると、亀は目を閉じて力なく頭を倒す。そして、また動かなくなった。
「おいおい、死んじゃったのか?」
「いえ、これはあれですね」
「あれ?」
「寝てるだけですね」
「……えっ、ええ~~」
波に頭が何度もぶつかっているが、特に気にもせず亀は寝ている。なんとも変わった亀だ。
「どうしよう」
「放っておくのも危険ですね」
「えっ?」
「この亀、魔物ですよ」
「えっ?」
俺は、亀を見つめる。そして、魔物図鑑をローブから取り出した。それらしい生物を調べる。すると、後ろの方にあった。神魔級の欄だ。
「インフレジブルタートル?」
「壊れない亀ですか」
「どんな攻撃にも反応しないほどの硬さと、その驚異的な強度を持つ甲羅のかけらを飛ばして獲物を仕留める攻撃を行う。人の手では、傷つけることすら不可能。と、書いてある」
「いい能力ですね。どうやら、かなりの怠け者のようですが」
「そうみたいだな」
そう言っていると、何処かで腹のなる音が聞こえた。
「……こいつか?」
「亀から聞こえましたね」
亀は、自身が出した音にも反応せず、そのまま目を閉じている。
「何食うんだろ?」
「海藻とかじゃないですか?」
「よし」
取り敢えず、魔法を操って海中から海藻を飛ばして亀の前においた。
「ほれほれ」
「……」
「食べませんね」
「じゃあ、貝とか魚かな」
また、魔法で適当に海から魚と貝をとって亀の前に置く。
「どうだ?」
「……」
すると、亀は目を開けて魚の頭にゆっくりと噛み付いた。
「お~~」
そのまま、亀は魚を丸呑みする。そして、また目を閉じた。
「……これ、ほっといても大丈夫なんじゃないか?」
「そうかも知れませんね」
「……じゃあな。寝すぎて干上がらん内に帰るんだぞ」
そう言って、俺はその場を離れようとした。
「うん?」
その瞬間、亀が前ヒレで器用に俺の足に捕まってきた。目は閉じたまま。
「……」
無言で、俺はそのまま歩く。しかし、亀は離れない。俺が歩いているのは砂浜だ。水もない。しかし、亀は離れない。
「こいつ、いい力してやがる」
「いいですね。性格は難がありそうですが、能力とこの懐き具合は素晴らしい。どうです、候補として彼女を連れて帰ってみては?」
「彼女?」
「ええ。女性ですよ。この亀の彼女」
「……」
取り敢えず、収穫ゼロよりは良いかと思ったので、亀を抱きかかえて俺は、一度家に戻ることにした。




