海の中のニンジャ
水の中は穏やかさにあふれている。その中で、くぐもったように何かがうねる音がする。それと同時に壁にでも打ち付けられているのか分からないが、何処かで津波が起こっているような音もする。その音はとても穏やかで、音だけを聞けば自分が何処かの砂浜にでも居るような気分になるだろう。だが、実際にはその空間には、水しか存在していなかった。
「……」
水を殺せと言われたら、一般的な生物はどうするだろうか。水を煮るのか、はたまた電気を流すのか。いずれにしてもそれは殺したことにはならない。形を変えて水蒸気などにしただけだし、死んだという概念には程遠い。むしろ、殺しにくくしたとも言える。勿論、電撃を流しても無意味だ。水に痛みなど無い。そんな器官がないのだ。では、どうするのか。水そのものを消すしか無い。
穏やかに流れていた水の一部が、轟音を上げて破裂した。その瞬間、水の動きが変わる。水流は荒れ狂い、周囲の全てを押し流そうと動き回る。そう。この水は生きている。
(蛇か。いや、これは龍と言うべきかな……)
水の中で、動きもせずミズキは、その水の流れを目で追っていた。その流れの先頭は鋭く尖り、まるで硬い鱗を持った何かの生物のようにも見えた。しかし、その本質は水。何者にも完全に破壊することが出来ない自然の産物。しかし、この水は生きている。魔力で出来た水の生物であるためだ。故に、水の魔力を扱うことの出来るミズキならば殺すことが出来る。水の魔力をぶつけ合うことで消せる相殺という攻撃を行うことで。
(さて、続きといこう)
ミズキは、自身を水に変化させることが出来る。転移してきたその瞬間、ミズキは違和感すら与える暇もなく水で出来た創世級の体内に、当たり前のように潜り込んだ。水で出来ているとはいえ、相手の体の一部に潜り込んで悟られないのは、ミズキの技量が大きいゆえである。即座に周囲の流れに同化して、ミズキはその場に漂っていた。そして、攻撃を今開始したのである。
(どうでる?)
ミズキの周囲が、音を立てて爆発する。相殺しながら魔力を爆発させることで、広範囲の相殺をミズキは可能にしていた。そして、自身は爆発に紛れてまた相手の体内に漂い、移動する。いくら創世級が自身の動きを早めてもミズキには通用しない。自身も水であるからだ。水となったミズキには、いくら流されようがダメージには繋がらない。穏やかな気持で暫くミズキは、創世級の体内の爆破を続けた。
(むっ)
暫くして、ミズキは異変に気づく。周囲の色が変わっていく。それは熱を無くして、固形へと変化する水の形であった。氷。氷へと、創世級は変化した。それに合わせて、ミズキも自身の状態を氷へと変える。
(なるほど)
凍っている体内に紛れ込むことは出来ない、と、創世級は考えたのだろう。そしてその通りであり、以下にミズキであっても固形化した相手の体の中に紛れ込むことは不可能であった。
「……」
だが、即座に轟音を上げて爆発音が響き渡る。その瞬間、破壊された空間目掛けて周囲の氷が即座にその空間を押しつぶすように動いて埋めた。しかし、ミズキはそこには居ない。
(同じことが出来るのだ。こうなると分かっていた。そして、対策もしている)
また、何処かで轟音が響く。それが無数に重なり、少しずつ創世級を破壊し始めていた。ミズキは、ニンジャである。ニンジャとは、分身することが出来る。すでに、創世級の体内には分身したミズキ達が、無数に配置されていた。
(氷を破壊すれば空間が開く。そこに、更に分身を作り爆発させる。単純な作業だな)
やがて、創世級の身体は小さくなっていく。創世級は、ミズキを未だに見つけられていない。しかし、創世級もそのままやられてはくれなかった。
(そろそろ潮時か)
創世級が、自身の体内を無理矢理に圧縮し始めたのだ。それは、自身の肉体の一部である水をも自身で破壊しかねない捨て身の行為。だが、それ故にうちにいるミズキにもその攻撃は通る。結果、ミズキは転移魔法を使って空いた空間への脱出を余儀なくされた。
「さて、では直接戦闘と行こう」
小さくなり、流れる水で出来た龍となった創世級へとミズキは、自身の鎧を光らせて構える。水へと姿を戻し、自身へと突進してくる水龍に、ミズキは片腕を向けて構えた。
「水糸」
ミズキの腕から、網目状の水の糸が創世級目掛けて放たれる。その全てが創世級へと纏わり付いていくが、創世級の動きを止めることが出来ない。
「凍れ」
その時、水の糸から強烈な冷気が放たれた。その瞬間、ミズキに向かって突進していた水龍は、その動きを止めて固形へと形を変える。
「私にはお前を破壊するすべが有り、動きを多少止める方法もある。では、後は始末するだけだな」
その瞬間、ミズキの水の糸で作った空間内が、大きな音をたて続けて連続した爆発を始めた。中に閉じ込めた水龍をミズキは、自身の作り出した水の魔力を破裂させることで相殺して破壊し、消していく。このまま勝負を決めようとしたミズキであったが、何かが爆発の中から飛び出してきた。
「クッ!?」
それは、蒸気であった。白いモヤで出来た水龍は、その姿を更に小さくしたものの、生きながらえてミズキへと迫る。そして、ミズキへとその口を開いて噛み付くと。その鎧を、水へと再び変化した顎で噛み砕いた。
「まぁ、それが本体ならば致命傷だっただろうがな」
その瞬間、噛み砕かれたミズキが爆発した。水龍の頭が、爆発に巻き込まれて消える。
「これで終わりだな」
何処からともなく現れたミズキが、残った蒸気へと水の手裏剣を生み出して投げる。それが着弾して爆発すると、辺りから全ての水が消えた。
「あっけないものだ」
その言葉を残して、ミズキはすぐにその場から消える。後には、空間に亀裂が走り、階層の主が居なくなったことを示す崩壊が始まった。




