日常に潜む罠
「ねぇ、ベイ君?」
「何でしょうか、マリーさん?」
「もう、違うでしょ。お義母さんと呼んで……」
「……お、お義母さん」
「うん、よし!!それで何だけど……」
「はい」
「ベイ君の、召喚魔法を見せて欲しいの」
「駄目です!!お母様!!」
アリーが、すぐさま拒否した。何か、鬼気迫るものがある断り方だ。
「ええー、いいじゃない。お母さん、昔はちょっと魔物の研究をしていたし、ベイ君の助けにもなれると思うわ。それに、アリーだけ見たことあるなんて、ずるいじゃない」
「いえ、ダメなものは、ダメです!!」
「むぅ!!お母さんに、意地悪は良くないと思うんだけど、アリー」
「いえ、意地悪ではありません。これは、お母様のことを思ってのことです。私を信じてください!!」
アリーは、ぎゅっとマリーさんの腕を握って、目をまっすぐに見つめていた。これは本気だ……。
「……分かったわ。アリーがそこまで言うなら。でもベイ君、気が変わったら言ってね。待ってるから……」
そう言うとマリーさんは、泊まりの自分の部屋に戻っていった。アリーは、今のやりとりで汗をかいたらしく、額の汗を拭った。
「ふぅ……、お母様ったら……」
(別に教えても、良かったんじゃないですか、アリーさん?もうご主人様のことは、だいたい話しているんでしょう?)
「ええ、そうね、ミルク。でも、あなた達のことは、何も話してないわ……」
(むぅ、それは何故。アリーさんの家族なら、我々の家族。特にご主人様の邪魔をされる方ではないでしょうし、我々を紹介して頂いてもいいのでわ?)
「……甘いわね」
アリーは、俺たちの泊まる部屋のベッドに腰掛ける。俺とアリーは、今日泊まる宿の一室にいる。マリーさんは、そこに様子を見に来たというところだ。アリーは、大きく息を吐いた……。
「いや、ミルク。どう考えても、合わせないほうがいいだろう」
(むぅ、ご主人様まで……)
「考えてもみろ。自分の娘と結婚するはずの男の仲間の魔物が、全部、美少女と美人なんだ!!それで、うろたえないはずがないと思う!!」
見た目だけなら、うちのチームは、白いロリ、黒髪美人、ロリ爆乳、水色の美少女、赤い美人だ。狙ってそうなったわけではないが、見られたら、多分アリーとの結婚を考え直されるまであると思う。
(いや、でも、それぐらい健康的な男性なら、普通でわ?)
「いや、向こうがそう思うとは限らないだろう……」
「……そうね。可能性は薄いと思うけど、その可能性もあるわね」
えっ!!薄いの!!じゃあ、アリーはなんで断ったんだ?
「いい、今から言うことは、冗談だと思って聞かないで欲しいの……」
アリーは、そう前置きしてから話し始めた。
「先に言っておくけど、お母様はちょっと魔物の研究をしていたって言ったわよね?」
「ああ、そうだね」
「あれは嘘よ!!ちょっとどころじゃないわ……。学生時代のお母様の卒業論文は、魔物に関しての研究よ。王国魔術師としての仕事も、魔物の対策と、その特性を応用しての装備作り……。つまり、お母様は魔物研究にかけて、すごい情熱を持っているの!!」
な、なるほど……。それでミルクたちの、話をしないわけか。
「つまり、ミルクたちがレアな魔物だから、合わせない方がいいと。そういうわけだね」
「それもあるわ!!でも、問題はもっと別のところよ……」
「へっ?」
「いい、お母様がベイの魔物を見たら、私が我慢しているにもかかわらず。隙を見つけては、ベイに会いに行くようになるでしょう。研究衝動を抑えられなくてね……」
「あ、ああ~、それは困るな……」
「お祖父様達に、バレるのも早くなるわ。でも、それだけじゃない!!お母様は、やがて1つの事実にたどり着いてしまうのよ!!」
「そ、それは?」
「ベイの回復魔法よ……」
えっ? なんでそこで、俺の回復魔法の話になるんだ……。
「お母様のことだから、ベイには魔物を惹きつける何かがあるんだ、と思うでしょうね。そこで、こう聞くのよ。ベイ君は、人とどこか変わったところはないかしら?って……」
(ああー、そしたら私やフィー姉さんが、回復魔法の話をしてしまいますね……)
(うん……)
「そう。そしたら研究熱心なお母様は、自分で浴びてみたいと思うのよ。あの、回復魔法を……」
フィー達全員が、ゴクリと息を飲み込む。部屋中に、緊張が走った……。
「そしたら、後は分かるわね……。お母様は、私と違って大人の女性。あんな衝動を胸で感じてしまったら、お母様は止まらず、ベイと一夜の過ちを……」
ええええええええええええええええ!!!! そ、そ、そ、そ、それは流石に!! い、いや、ありえるのか!! あり得ちゃ、確かに駄目だな!!!!
「その時の1回で、多少はお母様も我に返るでしょう……。でも、自分の知らない未知の魔物を連れている面白い男性。優しくて、思いやりもある。しかも、その1回で完全にお母様の身体は、ベイに屈しているでしょう……。そのまま、ダメだと分かっていても、身体はベイを求めて、優しいベイはお母様を慰めて、ずるずると関係は続き……」
「いや、いや!!!!待って!!分かった!!マリーさんに、皆の話はしない!!そうしよう!!!!そうするべきだ!!!!」
「分かってくれたみたいで、嬉しいわ、ベイ。せめて、するなら私と結婚した後にしてもらわないと……」
さらっと、怖いことを言うアリー……。いや、しないから!! 俺が怒られるよ!! 色んな人から!!!!
(分かりました!!賛成です!!絶対に、言わない方向で行きましょう!!!!)
(うん!!)
(私も、それがいいと思います、主!!)
(私も)
(あたしも!!)
良かった。皆が言わない方向で団結してくれて……。まさか、身近に、こんな落とし穴が存在するとわ……。恐ろしい……。やはり皆のことは、アリー以外には秘密にするべきだな。俺は、改めてそう思った。
*
「このようなことを、続けていいのでしょうか……」
「また、その話しか……。いい加減、覚悟を決めたらどうだ?」
「ですが。仲間を、自分たちの手で減らすなど……」
男は、今の状況を後悔しているようだ。だが、もう一人の老人は違う。
「昔、あの魔物が言っていたことは、事実であった。そんな中で、我々が生き残るには、強い力がいるのだ!!より強い、神魔級クラスより上の力がな!!お前だって分かっているだろう!!!!」
「ですが……」
「これも、我々が生き残るためだ。致し方ないこと。そう、どうしようもないのだ……」
「……」
だからと言って、仲間を自分たちの手にかけなくともいい道があるのではないか? 皆で戦ったほうが、いいのではないか? もっと、自分が強ければ……。そう考えてしまい、男の心は晴れなかった……。