新たな壁
「そうですね。ではアリー、開始の合図をお願いします。私のタイミングで始めても、不公平ですからね」
「分かりました、お母様」
マリーさんも、腕を突き出して構える。やはり、魔法攻撃主体の戦闘スタイルのようだ。
「……では、始め!!」
アリーの開始の合図と共に、マリーさんはドラゴンフレイムを3つ放つ。火の魔力で作られた龍が、俺目掛けて突進してきた。俺は、自分の目の前の地面目掛けてグランドブラストを放つ。グランドブラストは、地面に激突すると細かい砂の粒子となり、土煙を舞い上げてマリーさんの視界を奪った。
「そんな小細工をしても、私には無駄ですよ!!」
3つの火の龍が、円を描くように俺に迫る。いくら視界が見えなくても、逃げる隙間を与えなければ問題ない。俺は残念ながら逃げることも出来ず、火の龍に追い込まれて負けとなる訳だ。ただ、まだそこに居ればの話だが。そう思いながら、俺はそのまま、マリーさんの背中に剣の柄を当てた。
「え?」
「これでおわりでいいですよね、マリーさん」
風魔法で土煙を払う。すると、俺の剣がマリーさんに押し当てられているのを見たノービス達の目が、飛び出すんじゃないかという勢いで見開かれていた。大丈夫だろうか、俺の親たちは。飛び出しはしないよな、流石に。飛び出させないでくれよ。
「ベイの勝利!!!!」
アリーが、嬉しそうに声を上げる。そのまま走ってきて、俺に抱きついてきた。俺は、それを両手を広げて受け止める。
「いつの間に、私の後ろに」
「土煙を上げてすぐ、ベイは風魔法で上に飛んでいたんです。お母様の視界を奪った、一瞬の隙を突いて」
「……こんなにあっさり敗れるなんて。ベイ君は、すごいですね」
「いえ、たまたま上手く音を出さずに着地出来たからですよ」
「やはり、アリーの言うとおり。私では、ベイ君の全力を見ることはできなさそうですね。では、ベイ君。約束通り、私をお義母さんと呼んでいただいて構いませんよ」
ずいっとマリーさんが、俺の前に出て来てプレッシャーをかけてくる。今、呼べということだろうか?
「……お、お義母さん」
「はい!!」
俺は、マリーさんにいきなり抱きしめらた。その上、頭を撫でられる。その隙間に、アリーが割って入って引き離そうとしていた。
「ちょっと、お母様!!やめてください!!」
「いいじゃないですか、アリー。彼も、私の息子になるのですから。ベイ君になら、アリーを任せても大丈夫そうです。でもベイ君、甘く見てはいけませんよ。世の中には、もっと物分りの悪い大人がいるのですから!!」
「いいから、お母様!!離れてください!!私の夫です!!」
しばらく、落ち着くまでに時間がかかったが、なんとか次の場所への移動を開始した。ノービスとカエラがいつまでも驚いた顔のままだったので、顔を戻すのに少し苦労したが。まぁ、直ったからいいか。道すがら、何件か建物を紹介されて目的の場所に着く。俺は、その目的地を見上げた。
「さて、ここがベイ君が住むことになる、特別魔法研究棟ですね。では、ここで案内はおわりになります。部屋の案内はアリーさん、任せても大丈夫ですね?」
「はい、問題ありません」
「では、私はこれで。後は、自由に見学なされてください。ではでは」
そう言うとフィガさんは、手を振って教員室に戻っていった。
「さぁベイ、こっちよ!!」
「えっ、ああ」
アリーに引っ張られて、研究棟に入っていく。この建物自体、とても広い作りでシンプルな内装だ。階段を2つ程上がって、右奥の部屋に行く。するとアリーが、鍵で部屋のドアを開けた。
「ここが、ベイの部屋よ!!」
「へ~、ここが……」
俺は、部屋の中を見回した。1部屋がかなり広い。見ると既に、ベッドと多くの魔法関係の本が部屋に置かれている。衣類も置いてあるし、既に誰か住んでいるように見えるな。二人部屋とかだろうか?
「こっちが私のベッドだから、ベイのベッドはここに置きましょう」
「????」
今、アリーのベッドって言いませんでしたか? いいんですか、そんなこと?
「ベイ君は、これからアリーとこの部屋で、一緒に住むことになるわ。アリーをよろしくね」
「え。ええ、いいんですか?」
「いいもなにも、アリーから聞いたわ。ベイ君は、重要な魔法の研究をしていて、万が一にも他の生徒にそれを知られてはいけないって。それに、将来アリーと結婚するなら、今のうちから色々とアリーの研究や性格をよく知っておくべきでしょう。アリーも、ベイ君にここでの研究を手伝って欲しいって言ってたし。二人の問題が片付いて、生活がより良くなる!!何も問題ないわ!!」
「……は、はぁ」
「ベイ!!ほら、見て。この部屋なら、多少の実験を屋内でやっても壊れることはないわ!!ちょっと、ベイ!!聞いてる?」
「ああ、大丈夫!!聞いてるよ!!」
それから数時間、部屋を見ながら新しく買う物を親と相談した。アリーが何か思いついたのか、ベッドはこっちで用意すると言っていた。大丈夫だろうか? 結局、任せることになってしまったが。
「……ふぅ、やはり入学ともなると、買うものも増えるな。昔を思い出す」
「そうね。ベイももう、こんなに大きくなるなんて。感慨深いわ……」
そう言いながら、遠くを見る俺の親達。アリーの方は、部屋を見回しながら色々と考えているようだった。家具の数を数えているようだし、フィー達のためのことかな?
「ちょっといいですか、ベイ君?」
「え。はい、何でしょうか?」
そんな中、マリーさんに呼ばれ、俺は部屋の外に出る。部屋の扉を閉めると、マリーさんは話しだした。
「ベイ君、もうお分かりだと思いますが。アリーをお嫁さんにするには、ある人達と戦わなければならなくなるでしょう」
「はい」
まぁ、薄々気づいてはいたが、やはりか。
「その人達というのは、アリーのお祖父様と父親なのです。あの人達は、アリーを溺愛していますからね。恐らく、貴方の前に立ちはだかる壁となるでしょう。しかも厄介なことに、実力もあります。私に勝てたからといって、甘くは見ないほうがいいですね。あの人達と戦うときは、確実に動きを止めるまで殴ること。これを忘れてはいけません。いいですね?」
「え、は、はい……」
今度は、アリーのお祖父ちゃんとお父さんを殴るのか。しかも、マリーさんにそう言われるとは。よっぽどの溺愛っぷりなんだろうなぁ。
「後、うちのお祖父様なのですが。これがとても厄介で……。百年前に魔王を倒した、勇者達のお話を知っていますか?」
「え、はい。それはもちろん」
「バルトシュルツ家は、その勇者と共にいた魔法使いの家系なのです。その魔法使いは、三匹の守護獣を召喚して多くの仲間のピンチを救ったと言います。今でもその守護獣は、代々のバルトシュルツ家の当主に受け継がれるという話です。私も見たことはないのですが、恐らくその実力は、神魔級に匹敵するでしょう」
「神魔級守護獣」
なんだろう。すごい強そうだけど、今の段階でも、結構なんとかなりそうな気がしないでもない。でも、その時は皆の力を見せたく無いだろうから、俺の力だけで乗り越えないといけないというわけか。それならきつそうだな……。
「アリーから聞きましたが、ベイ君は召喚魔術を研究しているのですよね?私には、見せることすらしなかったということは。やはり、私では貴方に及ばないのでしょう。ですが、守護獣がいるバルトシュルツ家にとって、召喚魔法はとても気高い分野として考えられています。出来れば、あの人達の目の前で召喚は使わないでいただきたいのです。頭の硬いあの人達ですから、そのことを口実に結婚を突っぱねかねません」
「なるほど」
「私が、あの人達に合わないように、しばらくは時間を稼ぎます。その間に、出来るだけ強くなってください。頑張るのですよ。私の息子、ベイ」
「……はい、お義母さん!!」
「……うーん、やはりいいですね!!ベイ君はもう、私の息子で決定です!!アリーをよろしくね!!」
また、マリーさんに抱きしめられた。創世級と戦う前に、神魔級3体、王国魔術師2人。色々と苦労しそうだな。だが、アリーとの幸せのためだ。やってやるとしよう。そう覚悟を決めると、俺は、マリーさんと部屋に戻った。