お腹が減った
「……」
目が覚めた。どうやら、もう夜みたいだ。辺りは暗い。何時も通り、ベッドに横になった時点で眠気に包まれて一瞬で寝てしまった。隣には、アリーとフィー。周りには、他の皆もいて寝ているみたいだ。
「……腹が減ったな」
俺は、隣のアリーを見る。アリーは、俺の片腕を抱きしめて眠っていた。あいている腕で、俺はアリーの頭を撫でる。すると、アリーは寝ているのに、嬉しそうに微笑んだ。 ……俺の嫁は、可愛すぎるな。
「ちょっと、何か食べてくるよ」
小声でそう言って、俺は上体を起こしながら、ゆっくりとアリーの手から腕を引き抜く。だがその途中で、違和感に気づいた。
「ん?」
天井に、見慣れない物体が存在している。黒いお椀のようにも見えるそれは、どうやら浮いているようだ。 ……落ちてこないか心配になる物体だな、あれ。取り敢えず、俺はベッドの上を中腰で皆を起こさないように移動し、ベッドの外に出てから水の糸を天井につけて、それを登って謎の浮遊物体の中身を見た。
「……ローリィか。寝てるな」
そこには、お椀の中で寝ているローリィが居た。どこから用意したのか、寝間着を着ている。 ……こうやって見ると、育ちの良いお嬢様のようだ。まぁ、元魔王だけどな。
「……うむ」
俺は、土魔法を使ってお椀が落下しないように支えを作ると、当初の目的を果たすために台所に行くことにした。
「何かあるかなぁ~」
火魔法のライトで食卓を照らす。すると、テーブルの上に料理が並べられていた。テーブルの上には、メモが置いてある。
「ベイへ。起きてお腹が減ったなら、食べてください。スープは、鍋の中にあるから温め直して食べてね。か」
アリーからのメモのようだ。ありがたい。愛してます、アリーさん。
「それと、もう一枚あるな。わしの自信作を味わえ、か。この口調。顔もうまくかけているが、明らかにでかい胸が書かれた自画像。これは、レーチェのメモだな。レーチェの作った料理があるのか?」
俺は、テーブルを見回す。すると、その中に見覚えのない物体があることに気づいた。
「何だこれは?」
それは石だ。見た目は石。だが、皿の上に盛られている。これが、レーチェの作った料理なのだろうか?
「どうやって食べるんだ?」
俺は、その石を握ろうと石を掴む。すると、掴んだ部分から亀裂が入り、石が中から蒸気を噴射して割れた。
「……す、凄い仕掛けだな」
皿の上には、熱々の料理が一品その姿を現す。飴色に輝くその物体を、俺は見つめて喉を鳴らした。
「……ゴクッ。この匂い。この形。やはりこれは、玉ねぎか」
そう。それは玉ねぎだった。皮を剥いだ玉ねぎ丸々一個が、飴色になってそこには存在している。よく見ると、何かのソースが掛かっているようだ。この食欲をそそる香りは、玉ねぎのみのせいではない。そのソースが原因か。
「さ、冷める前に頂くか。しかし、どうやって食べるべきか」
チラッと俺は、テーブルを眺める。目に入ったのは、スプーンとフォーク。
「柔らかそうだしな」
ここで、俺はスプーンをチョイスする。そして、おもむろにスプーンで飴色の玉ねぎに切れ目を入れた。
「おお~、抵抗無く切れる」
スッスと二箇所に切れ目を入れると、玉ねぎから一部を切り出し、俺は切り身をスプーンですくって口へと運んだ。
「あ、あっち。あっち」
切り身は、まだアツアツだ。最初に、料理された玉ねぎの温度を最初に感じる。だが、その次に口の中に広がったのは、爆発的な旨味であった。
「な、なんだこれは!?」
玉ねぎとは思えぬほど、濃厚で濃いスープが口の中へとその切り身一つで染み渡っていく。何だこれは。肉汁か? いや、玉ねぎに肉汁なんて無い。じゃあ何だ、これは。どういう仕掛けか分からないが、玉ねぎの切り身に大量のスープが染み込んでいる。それが、玉ねぎの身をとっろとろに溶かしながら口の中で荒波となって暴れた。しかし、それも一瞬。あっという間に俺は、それを飲み込んでしまい。その味は、すぐに口の中から消えた。余韻を残して。
「……べらぼうに美味いな」
正直、美味すぎて叫びたいくらいなのだが、深夜なので抑える。何だこれは。こんな料理があって良いのか。おいくらですか? シェフは誰ですか? 直に会って、この感動をお伝えしたい。 あ、レーチェでしたね。後で、感謝の言葉を贈ろう。こんな玉ねぎ料理、食べたことがない。
「前にお城でアリーと食べた、フルコース料理のどれよりも美味い。世界には、まだこんなものが作れる可能性があるんだなぁ。俺、料理なめてたわ。まだ、料理を甘く見てた。ここまで行けるのか、料理」
恐ろしや創世級。ローリィみたいだが、そう思ってしまう。美味い。美味すぎる。そして、食べ始めると止まらない。あっという間に、その料理は俺の前から姿を消した。俺の胃袋に収まった。
「……ふぅ~。今考えると、デザートにするべきだったな。最初に食うもんじゃない」
身体が暖まって心地いい。そのまま、俺はアリー達が作った料理を食べることにした。うん、やはりアリー達が作った料理もうまい。奇抜さはないが、はっきりと美味い。落ち着くなぁ。いい奥さん達を持った。そう思いながら食べ進めていると、気づけばかなりの量を食べている自分に気づいた。
「……俺、食いすぎじゃないか」
テーブルに、恐らくフィー達の分も考慮して置かれていただろう料理がかなりなくなっていた。まぁ、食べたの俺だけど。
「おかしい。こんなに食べる方だったか、俺は。でも、まだ足りない気がするんだよなぁ。起き抜けなのに、胃袋が元気だ」
鍋の中のスープも温め直し、俺はおかわりしながら食事を続ける。テーブルにあれだけあった料理が、全てテーブルの上から消えた。そして、俺は空になった皿を集めて洗う。お皿を洗い終わると、俺は飲み物を片手に椅子に座り。その場で一息ついた。
「……美味い。やはり、牛乳は美味いな。最近は、牛乳しか飲んでない気がするが、これが美味すぎる。美味い」
そう言いながら俺は、自身の腹を見る。 ……膨れてはないな。あんなに食べたのに。よく噛んで食べたからだろうか。まぁ、なってないものは仕方ない。気にしないことにしよう。
「……なんだろうな。身体に、力が漲る。安定している感じだが。これは……」
俺は、自身の手のひらを見つめた。すると、手のひらが僅かに輝く。 ……ああ~、これは。
「俺の、身体を構成する魔力の形が変わっている。これは、前よりも濃いな。そして強い」
全属性特化一体化の影響か。寝て起きてみれば、俺の全身の魔力体が全て再構成されていた。より効率よく、より強力に。
「……マスター?」
「ん、フィーか?」
俺が自身の腕を眺めていると、まだ眠そうに目を擦りながらフィーがやってくる。俺と一緒でお腹が空いたのだろうか。取り敢えず、俺はフィーを抱き上げて、椅子に座らせることにした。




