勇魔再会
俺は、家に帰るとまず始めに、ライオルさんをカエラの所に連れて行った。カエラは、回復魔法師ではあるが、医学の心得もある。カエラは、体に外傷もなくそれでも目を覚まさないライオルさんの状態を見ると、専門医にライオルさんは見てもらうべきだと俺に言った。その言葉を聞いた俺は、サイフェルム城へと行って、シアにこの国一番の医師と回復魔法師にすぐにライオルさんを見てもらえるようにしてくれと頼んだ。程なくして、城の一室へとライオルさんが運び込まれる。意識を覚まさないライオルさんを、シアと、駆けつけたシュアが心配そうに見守っていた。俺は、何故ライオルさんがこうなったのかの説明をするために、その場に付き添い医師に説明をしていた。
「はい。限界以上の魔力を使って、魔王をライオルさんは……」
「なるほど。となると、肉体的にのみではなく、限界を超えた魔力を使用した負担がライオルさんにはかかっていると見るべきですね。となると、現代の医学では自然回復をするのを待つ以外に道がない。魔力の限界を超えての使用は、今現在、どのような薬、魔法を用いてもその負担を和らげる方法も、回復させる方法も分かっていないのです。後は、ライオルさん自身の生きる気力の問題になるでしょう」
「どうして、どうして止めなかったのよ!?」
シュアが、俺に掴みかかってくる。
「俺には、出来なかった。2人の戦いは、俺が割って入って良いようなものではなかったんだ。2人の意地を、ぶつけ合った戦いだった。そこに俺が水を指したところで、ライオルさんにいらないスキを作るきっかけになっていたかもしれないし、勝ちの目を潰していた可能性だってある。2人の全力の戦いは、それほどまでに凄まじかった。だから、俺には止められなかったんだ」
「でも!?」
「やめなさい、シュア。ベイ君は、成すべきことをしたのよ。そして、魔王は倒された。英雄によって。それで十分でしょう。貴方は、ベイ君を責めてはいけない。だって、そんな事をしたら、ライオル伯父様に怒られてしまうわ」
「……」
シュアは、俺から手を離す。俺は、ベットに横たわっているライオルさんの顔を見つめた。ライオルさんに、身体的傷は無い。だが、その顔は白くなっていた。まるで、死に向かっているかのようだ。シアが、ライオルさんの手を握る。それを見ると、俺は部屋から出ていった。
*****
「ここは何処だ?」
世界は、光に満たされている。白く煌めく世界の中、ライオルは目を開けた。辺りには、光が飛び交っている。それは白のみではなく、赤、青、緑など、様々な色の光の線が少しの間流れては消えていった。その中で、ライオルは光を目で追うのをやめて、前を向いた。
「ん?」
その先には、白い霧のようなものが見えた。そして、その先で誰かが微笑んでいる姿が目に入る。ライオルは、一歩進んでそれを確かめた。それは、ライオルの奥さん。ソーラ・ゲインハルトであった。魔王を一度は討伐したが、どこか手応えを感じられずにライオルは不安を抱えていた。その時、ソーラとライオルは出会った。ソーラは、ライオルの通うレストランの一人娘であった。ライオルは、そのレストランに行くといつも同じものを注文する。それを数度繰り返すうちに、ライオルはソーラに話しかけられた。
最初は、少し食事のサービスを受ける程度だった。しかし、ライオルが通う度に彼女との会話は増え、その度、ライオルの不安は少しだが和らいだ気がした。平和を感じることが出来たのだ。そして、ライオルとソーラは結ばれた。彼女といる時、ライオルは平和を実感できた。
「そうか、俺は……」
ライオルは、一歩前へと足を踏み出す。
「やあ、ライオル」
そして、後ろからした声に立ち止まった。振り返ると、そこには小さな少女がいた。髪は黒髪で透き通るような白い肌。青い瞳に、黒い落ち着いたゴスロリの服を着ている。だが、ライオルにはそれが、見た目通りの少女には思えなかった。
「クローリ」
「流石だ。君はこのような姿でも、私だと分かるらしい。何故かな?」
「俺をライオルなんて呼び捨てにするやつは、もうお前だけになっちまったよ」
「なるほど、そうか。次に君に合う時は、そう呼ばないようにするよ」
「ふっ、別に構わないさ。お互いに、最後を迎えたみたいだしな。今更それぐらい構わん。しかし、お前のその姿は何だ?お前はどこかガキっぽいと思っていたが、まさか女性になるなんてな。思いもしなかったよ」
「最後?ライオル、君は勘違いをしているようだ。確かに、そちらは終わりに続いている。だが、君も私も終わってはいない。まだ、戻れるぞ」
「……何だと?」
ライオルは、霧の先で談笑しているソーラを見つめた。
「ここは、最も死に近い場所。と、いって良いのだろうか?私にも詳しくは分からないのだが、そちらに行けば、君である大切な物はそちらに行く。もう、戻っては来れないだろう。だが、その反対。あちらには君の肉体がある。戻れるぞ。ベイ・アルフェルトくんが、丁寧に治してくれたようだからな。私も、ひどい攻撃はしていない。きっと、戻ればすぐにでも目覚められるだろう」
「何故、お前はあっちにいない?」
「そうだな。実は私も、ベイ・アルフェルトに殺された。その事実、君も気づいていただろう。ここに私がいる時点で。だが、バズラに助けられてね。ベイ・アルフェルトは、私の再生魔法を封じてきた。最後まで、念入りにだ。だが、私はギリギリのところでバズラに助けられた。二重詠唱だ。ベイ・アルフェルトが、私達の再生魔法を一つであると誤認したのだ。だが結局の所、私は完全には復活できなかった。私を私であるとする核のみを再生させて残し、バズラは消えた。最後に、まだ貴方は自分の夢を叶えていないと言い残してな」
「お前の、夢?」
ライオルは、クローリを見つめた。
「そう、私の夢だ。私の夢。それは、人と協力して魔物が世界を創世級から救うことだ。あの人間嫌いのバズラが、最後にそういったんだよ。私に、人と協力して世界を救えと」
クローリは、片腕で顔を隠す。見ると、クローリの目から涙が一滴流れていた。
「しかし、私もそのままでは消えるしか無いところだった。新たに肉体を再生させる余力もなかった。だが、目ざとく私を見つけた者がいてね。お陰で、私は彼の魔力を借りてこのような姿になった。それもこれも、あのアリーとか言う子のせいだ。まぁ、おかげで助かったがね」
「アリー・バルトシュルツか」
「いや、アリー・アルフェルトと名乗っていたがね。まぁ、同じ人物だろう。彼女は、肉体を魔力で作っていた。その経験を元に、彼女はベイ・アルフェルトの魔力を使って、新たに私の肉体を作り上げた。そして、その魔力で出来た肉体に、今の私は完全に溶け込んでいる。もう、元の私には戻れないだろう」
「ふっ、魔王が人の肉体を与えられるか。以前よりは、力も衰えるんじゃないか?」
「そうだろう。最早、私は創世級というクラスにはいない。中級、いや、もしかしたら初級にも劣るかもしれない。それほど、今の私は魔力が薄く、力の無い存在なのだ。完全にこの精神を、現世にある肉体に現界するにも、まだ魔力回復の休暇が必要なようだしな」
クローリは、自身の体を触ってその存在を確かめている。その体の所々が透けており、クローリはそこを上手く触れないでいた。
「戻ってどうする、魔王?」
「ライオル、私はもうバズラという最後の友を失った。そして、私は未来を救うべき英雄を選んだ。だから、私はもう魔王をやらない。バズラに言われた通り、私は夢を叶えるよ。ベイ・アルフェルトと共に」
「お前を倒した奴とか?」
「その通りだ。あの時は、お互いに戦う理由があった。しかし、今の私にはない。だから、私は英雄に力を貸す。そして、世界を救ってみせるよ。まぁ、回復がいつになるかは分からないけどね」
「……」
「君はどうする、勇者ライオル・ゲインハルト。そちらに行くのか?愛するものが待つ霧の向こう側へ。それとも、まだ救われていない世界に戻るか?更に君の身体が、心が、これ以上傷つくかもしれないとしても」
ライオルは、再び霧の先を見た。そして、数秒ソーラを見つめると、霧と反対の方向に向かって歩き始める。
「戻るのかい?」
「ああ。まだ、俺の家族を救えてないからな」
「せっかく見送りに来たのに、無駄になってしまったね」
「……本当にそうか?」
「……」
ライオルは、歩みを止めない。そして、その空間から消えた。
「おかえり。勇者よ」
クローリは、その場で静かに微笑んだ。
*****
シアが握った手から、温もりが蘇る。時刻は、既に夜になっていた。その部屋には、ゲインハルト家の全員、それに王族が集まっていた。全員が、倒れたライオルを見つめていた。皆、ライオルの功績を、強さを知っているから、彼を思ってこの部屋に集まってきていた。そしてその最中、ライオルはゆっくりと目を覚ました。
「伯父様!?」
「……シアか。それに皆。すまないな。心配をかけたようだ」
「うううん。良いんです。伯父様は、また魔王からこの国を救ってくださった。流石です」
「……悪い、少し休ませてくれ。まだ、眠い……」
ライオルの身体が、力を取り戻したかのように色づいていく。そして、ライオルは寝息をたて始めた。




