勇者魔王
風の竜巻は、一定の距離まで地面を掘り進むと上へと上がる。そして、魔王の城の床の厚い外壁を砕き壊し、魔王城の最下層へと俺達を導いた。
「よっと。着きましたね」
「おう」
体を捻って反転させ、俺達は魔王城の最下層へと着地した。しかし、周囲に魔物の姿は無い。嫌に、周りが静かだ。まるで、誰もいないかのような静けさだ。
「ようこそ、我が友よ。わざわざ出向いていただいたようで、すまないな」
目の前には、一つだけ上に繋がる階段がある。その階段から、聞き慣れた声が聞こえてきた。勿論、声の主はクローリだった。こちらをバカにしているのか、丁寧に対応したいだけなのかよく分からない口調だが。声の抑揚を考えるに、あいつの場合、本当にわざわざ来てくれてありがとうという意味で使っているのだろう。クローリは、そう言い終えると、丁寧に俺達に礼をした。
「少し暗いだろうか?もうちょっと光量をあげよう。どうだろうか?丁度いいかね?」
クローリがそう言うと、周囲が見やすくなった。どこから光が入っているのかは分からないが。先程よりもはっきりと周囲が確認できる。部屋の隅まで、何も無いのがはっきりと目視で確認できた。
「さて、それでは君たちの来た理由を聞こう。私の勘違いでないのなら、私達の関係は変わるまい。どうかね?」
クローリの問に、ライオルさんが剣を担ぐ。そして、腰を落として深く構えた。
「ベイ君。先を譲ってもらえるか?どうやら、あいつは俺達を一人で相手にする気らしい。邪魔者なしでな」
「流石ライオル。長い付き合いだ。よく分かっている。そして、一対一で私と戦うというその意気込み。やはり素晴らしい。力のぶつけがいが、あるというもの」
「……今日で、どちらにしろお前を見るのは最後になるだろう。戦えクローリ。お前との戦いに、ケリを付けてやる」
「フハハハハ、ライオル。素晴らしい!!恐れを知らない。力の差が分かっていても、それでもまだ自分が勝つという可能性を信じているか。そして、その口調。自らの死を恐れていないと見える。良いだろう。君の覚悟に、私も答えよう!!」
クローリから感じる、魔力が桁違いに跳ね上がる。クローリは、どうやら魔力で自身の体を強化したようだ。その魔力量は凄まじく、俺達と戦っていた分身一体一体よりも強力なものであると、俺は感じた。
「クローリよ。すまないな」
「ん?」
「今日の俺は、覚悟が違うぜ」
俺は、そういったライオルさんを目で追う。しかし、その場にすでにライオルさんはいなかった。ライオルさんが、光となってクローリに斬りかかる。その速度は、今まで見たライオルさんの動きの中で一番早く、クローリは辛うじて腕の装甲で防いだが、そのままライオルさんの斬撃の威力を押し殺しきれずに、吹き飛ばされた。
「グッ!!」
魔力を背中から発散して、クローリは次の階の天井へと体を捻って着地する。その後を、ライオルさんがゆっくりと歩きながら追いかけていった。
「ライオル……」
「魔王クローリよ。因縁を断つ」
ライオルさんの体から、全身から、光の魔力が吹き出した。それは、さながら光の鎧。魔王に立ち向かう、真なる勇者の姿。
「これが、ライオルさんの全力……」
なんて偉大なんだ。魔力の光の一片からですら、ライオルさんの覚悟の重さを感じる。その輝きは偉大であり、誇り高い。そして、勝利を信じている。これが、これが英雄か。
「君は、本当に凄いな。あの時は、君たちでやっと私の脅威になると感じた。だが、君は凄い。今の君は、十分に君一人でも私の脅威だ」
「一度優位にたった程度で、俺を超えたつもりか?勘違いしてもらっては困るな。これでも、この年になるまで鍛え抜いてきた。そう。あらゆる脅威から、大切な家族を、人類を守り抜く為だ。このちっぽけな俺に、守り抜けるすべてを守るためだ。そのためであるのならば、俺は強くなる。何度だって、どんな状況だろうと。俺は、命を燃やす」
光の鎧の輝きが、更に光を増していく。それは魔力だ。魔力のはずだ。だが、俺にはその輝きを放っているものが、ライオルさん自身の命の輝きであると感じた。
「素晴らしい。いや、最早言葉さえ君の素晴らしさを完全に讃える事が出来ない。尊敬するよ、ライオル。君は、私と違って人間だ。だが、私は君を称賛しよう。君を指し示す言葉があるのならば、それこそこの言葉しかあるまい。勇者・ライオル・ゲインハルト。人々の運命と未来を背負いし者よ。魔物の明日を背負うこの魔王と呼ばれた私、クローリが君の未来に幕を下ろそう!!」
「……負けられないんだよ。俺は、仲間と、子孫と、そして新しい戦いのない世の中に住む人々のために!!!!」
光と闇の魔力が、部屋の中央で激突する。そして、周囲の外壁を吹き飛ばし、魔王城の一区角の部屋を他の部屋とつなげ、大きな大部屋へと変形させた。
「ライオルさん……」
俺は、魔力の壁を張って、何とかその爆風をしのいだ。魔王城の中を、壁など無いという勢いで、光と闇の魔力の塊が力をぶつけ合い、登っていく。俺はそれを追いかけて、風の魔法を使って上へと登った。
「ライオル!!!!」
「クローリ!!!!」
2人は、天井を突き破って魔王城の屋上へと移動する。魔力が周囲を侵食し、周囲の景色を、光と闇で染めた。
「今こそ消えろ!!我が宿敵!!!!」
「光に消えろ、クローリィィィイイイイイ!!!!」
一瞬睨み合った2つの力が、再び、屋上でぶつかりあった。ライオルさんの光の剣と、クローリの闇の剣。その両方が、お互いをお互いの魔力で焼き切って消滅させていく。しかし、共にライオルさんとクローリの突進する力は止まらず。剣がお互いに消滅すると、2人はその場で腕同士で組み合った。お互いが腕先に力を込めて、お互いの腕を握りつぶそうと力を加える。すると、ライオルさんが先に苦悶の表情を浮かべ、蹴りを放ってクローリを突き放した。
「ライオル。やはり、その体は脆い。私の勝利は、揺るぎはしない」
「例え脆くても、この体は、俺の誇りだ!!」
腕から血を流しながら、ライオルさんは立っている。その腕に、ライオルさんは魔力で出来た剣を出現させた。ライオルさんの腕から光が血を吹き飛ばして収束し、剣となる。その輝きは揺るがず、クローリの魔力が立ち込める闇の中でさえ、その輝きで周囲を光に染めた。
「ライオル……」
「見えるか、クローリ。これが、俺の命だ!!!!」
「ああ、見える。その剣は、君そのものだ……」
ライオルさんは、最後の力を足に込める。そして、俺はライオルさんが光になるのを見た。一筋の光となったライオルさんが、クローリの胸に光の剣を穿つ。その剣は、クローリの胸部装甲を易易と打ち破り、周囲の闇を、全て光で塗りつぶした。




