闘争覚悟
「しかし、面倒なことになった」
嫁が凄すぎて頼られてしまうからな。仕方ない。アリーさん、まじ英雄。だけども、俺としてはこの多少の気苦労がかなりうざい。何故ライオルさんと、俺(と皆)が行かなければならないんだ。正直、皆とだけで行きたい。ライオルさんは強い。しかし、今回のクローリはマジで強い。かばって戦えるか? しかも、実際に戦うのは恐らくレムだ。レムにそんな負担を掛けるのか。いっそ、ライオルさんに全面的に俺達の事情を話すべきだろうか。出来れば、国と繋がりの深いライオルさんには言いたくない。そして、出来れば討伐の功績をライオルさん一人のものにして欲しい。俺はサポートとか、土魔法で壁張って雑魚の攻撃を防いでましたとかでいいから、そこら変なんとかならないですか? ああ、なりませんよね。これが現実。
「う~ん」
「主、どうされました?」
「レム。……お前には、苦労をかけるかもしれない」
「?」
立ち尽くしていた俺に、レムが出てきて寄り添ってくれた。ありがたい。レムは、俺の言葉の意味をよく分かっていないようだが、取り敢えず椅子に座ろうと手を引いてくれた。俺は、レムの動きに自身の身を任せて椅子に座る。
「ライオルさん。彼が足手まといになる可能性がある。レム、お前のだ」
「私の、ですか?」
「ああ。正直、俺はそう思いたくない。ライオルさんは、すごい人だって俺は思ってるし、彼は英雄とまで呼ばれる男だ。そんな人が、今まで戦ってきた宿敵に一方的にやられるなんて、正直、信じたくない。あの時は、実力差が前以上にあったから、少し油断しただけだって、俺は思いたかった。だけど、ライオルさんは、自身が戦うには厳しい相手だと言っていた。あのライオルさんがだ。寿命を延長してまで修業に励み、戦い続けてきた彼が、クローリに勝てないと言ったんだ。今まで、常に努力をしてきた才能も、力も有る彼が、そう言ったんだ」
「そうですね」
「そんな彼が勝てない相手だ。今のクローリわ。そんなの、シアが言うように人類が勝てるわけがない。しかも、クローリの力は今の時点で底が見えていない。もしかしたら、俺達と並ぶ力を持っているかもしれない」
「そうですね」
「そんな中で、ライオルさんと一緒に戦う。正直、とても難しいことなんじゃないかと俺は思っている」
「その通りです」
全肯定してくれるレムさん。正直、とても話しやすい。ありがたいことだ。
「前に、クローリは能力を使ってパワーアップしていただろう。恐らく、今回はまだそれを温存している。俺と戦った時、まだクローリは本気ではなかった。そんな気がするんだ。奴には余裕があった。それが、俺がここまで悩んでいる理由だ。今のクローリは、本当に強い。俺達にでさえ、脅威になりかねない。属性特化一体化をしたとしてもだ」
「ほう」
俺の発言に、レムが目を細める。
「レムはどう思う。そんな中で、ライオルになんて言ったら良いと思う?待っていてくださいか、共に戦おうか。どっちだと思う?」
「私なら、死ぬ覚悟は有るのか、と、聞きますね」
「……」
迷いなく、レムはそう答える。
「戦う覚悟が残っているのならば、私は、良いと思います。ただし、手助けはしません。勿論、余裕がなければですが。戦いに向かうとは、そういうことだと思います」
「そうか。レムは、あくまでライオルさん自身の覚悟を尊重するか」
「はい。戦いに最も必要なもの。それは、抗う意志です。剣を持つ気のないものに、戦士として戦おうなど、言って良いはずがない。勝てないかもしれない。それでも、抗うというのならば、それは止めるべきではありません。誰かが、必死に戦おうといている証だからです。それが、その人物にとっての生き方だからです。それを、私は壊してはいけない。そう思います」
「そうか。たとえ、死に向かうとしてもか」
「はい。感情の死は、重い。抗うことをやめた時、それは、そこでの終わりを意味します。戦闘であるのならばなおさらのこと。私達も、多くのものと戦ってきました。互角、格下、格上。いずれにしても、我々は戦い抗い続けてきた。もし、私達の誰か一人でも、今までに諦めていたら。もしかしたら、全員がこの場にいることも無く、誰かを救えていなかったかもしれません。その中で、レーチェという圧倒的な格上にも出会い、絶望し、しかしそれでも戦い抜いた。全員が、ここまで生き抜いたんです。それは、誰かが諦めなかったからです。全員が、立ち止まろうとしなかったからです。そう、私は思います」
「……そうだな」
「ですから、もし彼が戦いたいと思うのならば、そうさせるべきです。彼が、彼自身を超えるために」
「ライオルさんが、ライオルさん自身を超える、か……」
俺は、窓の外を眺めた。外は穏やかで、晴れ渡っている。今の俺の気持ちの迷いとは、真逆を表すかのように。
「主、迷われないほうがいい。その迷いが、彼にも伝わるかもしれません。もし、それでも戦うのかと聞くのならば、迷いは捨てるべきです。それが、彼のためになると、私は思います」
そう言って、レムは俺の手を握った。暖かく、そして熱い手だ。揺らぎない戦士の手だ。俺は、その手に迷いが消えていくのを感じた。
「もし、クローリに勝っても、この星が救われることはない。創世級がいる限り」
「はい」
「ライオルさんは、英雄だ。でも、英雄にだって限界があるだろう。仕方ないことだ。そんなに都合よく、力の壁を突破し続けるなんて、人間には出来ない」
「はい」
「それでも、戦わないといけないんだ。創世級と誰かが。微力でも、戦わなきゃいけない。だからもし、ライオルさんがクローリと戦って、それでも戦い抜くというのなら」
「はい」
「俺はそれを信じたい。ライオルさんの力を、抗う意志を、俺は尊重したい。この先に待つ、絶望の中でも彼なら戦ってくれる。そう信じたい。だから、俺は迷うのをやめる。ライオルさんに任せるよ。それで、良いんだよな」
「はい。きっと、それが彼の心にも届くでしょう。主のその彼への気持が」
外に視線を向ける。穏やかな光。やさしい太陽の光が降り注いでいる。しかし、そんな中にあっても今は危機的状況だ。恐らくだが、既に国の外周には大量の兵士が配備されていることだろう。街はその不穏な空気に飲まれ、沈み、天気が良くとも元気をなくしてしまうだろう。このままが続けば、容易に想像できる未来だ。しかし、それを良しとしない者もいるだろう。危機的状況にあろうとも、抗うことをやめない。誰かのために戦い続ける。人は、それを英雄という。
「……」
魔力が、天へと登るのを感じた。それは光。ライオルさんの力だと、はっきりと俺には感じ取ることが出来た。それは、天を切り裂き、光で空中を染め、空の一面からすべての雲を吹き飛ばした。辺り一面を、柔らかでいて、力強い閃光が包む。
「……聞くまでもなさそうだな」
「ええ。彼は、諦めていない」
実力的に差がある相手だろうと、彼は止まろうとしない。抗い続ける。ライオル・ゲインハルトという人物は、やはり英雄だった。




