菜園
歩いて外に出ると、レーチェは辺りを見回す。そして、家の近くの地面に、線を引いた。
「この程度で良い。畑をくれ」
「いや、でかすぎでしょう」
アリーも言っているが、本当にでかい。この程度も何も、普通に農場クラスの大きさだ。家庭菜園とは、わけが違う。多分、うちの敷地から出てるし。
「ここまでが、うちの敷地。で、出来てもこのぐらい」
「うーむ、小さいのう。それでは、この街の全員に、わしの生産物が行き渡らぬ」
「いや、そこまでしなくていいから」
「そうか。美味いぞ。わしの作った野菜わ」
そう言うと、レーチェは、アリーが示した部分に種を投げた。すると、あっという間に野菜が生える。それも、育ちきった状態で。
「食べてみろ」
それは、トマトだった。真っ赤で、とても瑞々しい見た目をしている。とても、今出来たとは思えない代物だ。農家の人が、一日も欠かさず管理したかのような見事さがある。それを、アリーは受け取ると、少し拭いて食べた。
「……美味しい」
「そうじゃろう?」
俺も、アリーに食べさせてもらって味見をする。美味い。かなり美味い。トマトの味を残しつつ、食べやすいほどに甘い。熟した果実。そういう感想が、頭に浮かんだ。
「わしが作った最強品種の一つじゃ。全てを押しのけ、この街で売れまくるであろう」
「確かに、これは、食べたら忘れられない」
「味付け無しでこれだもんな。それに、あっという間に食べれてしまう」
「ええ。体に染み込むかのようね。栄養もあって美味しいって感じがするわ。体が喜んでる」
「ふふっ。これを超えるものなど、市場にあるまい」
「そうね。確実に無いわね」
「確かに、これは売れる」
「じゃろう?じゃから、わしが量産して売り払ってじゃなぁ。家をもっと、増築してはどうじゃ?勿論、畑も増やしてじゃのう」
「ちょっと待ったああああああああ!!!!」
その声は、街の中心街辺りから聞こえた気がする。見ると、ロデが走って戻ってきた。
「金儲けの匂いがしました!!」
「当たってるのがすごい」
「ちっ、どんな嗅覚してるのよ」
アリーが、ロデに吐き捨てるように言う。だが、ロデは気にしたふうもなく、レーチェからトマトを貰うと、それをかじった。
「う、うっっま!!!!」
「じゃろう(得意げ)」
「しかし、これを流通させすぎてはいけない!!」
「ほう。なんでじゃ?」
「出回ると、これを元にした劣化品がすぐに出回るからです。それも、さらに安いのが」
「なるほどな。これの種を使うのか」
「そうです。それによって、品種を変えた闘いが始まる。このトマトを基準として、最高位のトマト戦争が始まってしまいます」
「ま、わししか、ここまで管理した味には出来んのじゃがな」
「それでもですよ。人間は慣れる。最初こそ、狂ったように食べるでしょう。ですが、そのうちこれが普通になる。それがどれだけ、高級で素晴らしいものでも」
「まぁ、それはそうじゃな」
「そうすることで、物の価値の見方が下がる。大量生産されたものであればなおさら。すぐにこのトマトの価値が下がっていく」
「ほうほう」
「故に」
「故に?」
「少数生産で、高額で売り出しましょう。最高級ブランドとか、それっぽい文句をつけて、通常ではありえないほどの値段で」
ロデは、そう言いながら空中で何やら指を弾いていた。そろばんでも使うかのような動きだ。
「じゃが、それで客がつくか?」
「売り込みますとも。我が商会が、高級料理店に。それだけで、かなり長い年月、流出を防げます。そして、高いトマトがあるというイメージを、ちょっとずつ蔓延させることが出来る。広めることが出来る」
「ほうほう」
「するとですね、市場に少数出回っていると言う噂を聞きつけて、わざわざ買い付けに来る人が来るわけです」
「うむ」
「その人が、さらに高級なトマトというイメージを広げる。結果、トマトの高級品と言う値段イメージが守られたまま、市場にこのトマトが根付くわけです。普通のトマトとは別物」
「なるほどな」
「普通のトマトなら、そこまで行けないでしょう。ですが、このトマトならいける。常識を超えて、世界に広まる。それで行きましょう。大量生産ではなく、少数生産でなが~く最高の利益を稼ぐ。それによって、トマトの市場を壊さずに、これを売り抜けられます。連日完売」
「有りじゃな」
「というわけで、作りすぎないでいただけると……」
「分かった。そうしよう」
「あ、ありがとう御座います!!!!」
ロデは、深々とレーチェに頭を下げた。
「しかし、そのお金で畑は大きくするぞ。それならば、文句あるまい」
「ええ、無いわ」
「あ、今日中に企画をまとめて家に提出してきます。しばしお待ち下さい」
「うむ」
そう言うと、ロデは家に走って入っていった。
「商人までおるのか、この家わ」
「ええ、まぁ……」
レーチェは、そう言いながら種を蒔いていく。すると、ひょこっと小さな目が地面から顔を出した。しかし、今度はすぐには成熟しない。
「よし。ここからじゃな」
「何、してるの?」
「品種改良じゃ。こうやって、少し成長させて見守り、特性が変わったものをかけ合わせて新たな品種を作る。それが、わしの趣味なのじゃ」
「なるほどね。それで、あんな美味い野菜を作れたの」
「そういうことじゃな。ふふっ、生きがいを取り戻した気分じゃ」
そう言いながら、レーチェは生えてきた植物の芽を撫でている。その姿は、創世級ではなく、愛らしい少女そのものであった。
「ま、趣味があるのなら、大人しくはしててくれそうですね」
「だな」
俺は、そういうミルクと顔を合わせて微笑みあった。




