地の牛
光が止むと、そこに存在していたのは岩の塊だった。まるで何かの卵であるかのように、その岩は佇んでいる。そして、一瞬の後、その岩が震えた。
「……ふむ、面白い」
岩に亀裂が走り、中から巨大な腕が姿を表す。それは鎧。両腕に、巨大なガントレットを装備した大きな鎧だ。顔には2本の角を宿し、腕力に任せて殻を引き裂いて、その鎧は姿を表す。
「それが、お前たちの奇蹟とやらか?」
この姿を見ても、レーチェに焦りはない。何故なら、保有している魔力量は、俺達の全てを合わせた量でもレーチェに届かないからだ。故に、一体化したところでレーチェの実力には、圧倒的にこの一体化でも届いていない。だから、どの様に力をミルクが一体化で強化しようとも、勝てるわけがないのだ。この、レーチェデカブラにわ。
「……」
更に、レーチェはそのポテンシャルが高いだけでなく、特殊な魔法を身に着けている。それは、土属性の最高位であるであろう魔法・破壊。ありとあらゆる物を破壊するその力を、止めることはどの様な方法であっても不可能だろう。
それは、カザネの一体化でスピードを上げても、シデンの一体化で動きを読んで封じても、ミエル達の最強魔法を叩き込んでも、カヤの魔法で別の空間に閉じ込めても、ミズキの魔法でレーチェを水攻めにしようとも変わらない事実。敗北する。俺達は、レーチェデカブラに勝てやしない。まして、ミルクの持っている力は純粋なパワー。そして、力のベクトルの操作のみだ。それらを伸ばし、最大限に属性特化一体化で強めたところで、勝機は0に等しい。故に、レーチェは焦らない。ミルクの力を、すでに彼女は知っている。だからこそ、少し力が跳ね上がったくらいでは、まだ勝ちを確信しているのだ。それほど、俺達とレーチェには、絶対的な差があるといえる。だが……。
「フッ……」
そんな中で、ミルクは笑った。
「では、殺すぞ」
レーチェが、手をかざす。
「安心しろ。殺すのはお前だけじゃ。ベイ達には当てん。コントロールは得意じゃからな。安心しろ」
「そうですか。でも、それはいらぬ心配というもの……」
鎧の目が、赤く輝く。そしてミルクの鎧は、一瞬待った後にも破壊されることなく、その場に残っていた。
「ん?」
「どうかしましたかねぇ?」
「外したか?」
「さて、どうでしょう」
鎧が歩き始める。レーチェを目指して。一歩、また一歩とレーチェに近づく。そして、レーチェの眼の前まで移動した。
「これなら、外すこともないと思いませんか」
「……」
レーチェが、手をかざす。だが、ミルクの鎧は壊れない。代わりに、周囲の地面が、音もなくえぐれて消えた。
「何じゃ、これわ……」
「見ての通りですよ。あなたの力を操るのは、貴方ではない。……私です」
「何を、言っておる?他人の魔法に干渉など、出来る訳が……」
「出来るんですよねぇ~。そう、ご主人様と私なら……」
「……」
属性特化一体化は、本来であるならば己の力を強化して使うべきもの。だが、ミルクは違った。自身と、俺の力を強化した。それは干渉。相手の魔法への干渉を可能とする魔力操作力の強化。そして、それに伴ってミルクの力のベクトルの操作も付随して強化されている。自身のみでなく、ミルクは俺すらも自身の力として、鎧の力としたのだ。
「貴方の魔法は、私が使う。勿論、貴方が魔法を使わなければ、私は操作できませんので、安心していいですよ」
「つまり、お主相手に魔法が使えなくなった。という事か」
「そうですね。それと……」
ミルクは、拳を胸の前で打ち合わせる。
「新しい力、試してみませんか?」
「ほう。力も上がっているのか?」
「ええ。見ての通り、両腕とも創滅のガントレットの強化型。名付けるのなら、創破滅砕のガントレットと言うところでしょうか。今までとは、桁が違うと思いますよ」
「殴り合いでなら、わしに勝てるつもりか?」
「どうでしょうね。ただ、私はすでに相手の力の移動もコントロール出来るので、相手の力を自身の腕力に乗せてそのまま返すことも可能です。ですが、それはいたしません。試してみたいんですよ。今の私の力を」
「魔法、物理攻撃の操作が可能だと?」
「ええ。その通りです」
ミルクの、鎧の装甲が開く。ガントレットについた装甲が開き、その開いた空間から大量の魔力が放出される。それは肩からも、背中からも、装甲が開き、放出されていた。
「なるほど。押さえられない力を逃がすことで、高密度での魔力武器の生成に成功したか」
「そういうことです。これが、私のご主人様への愛の証。あの人に誓う、私が絶対に負けないという証!! この力を例えるならば、最強!! 激烈!! 絶対!! いや、否!! 否!! 否!! 無敵!! 無敵!! 無敵いいいい!!!!」
魔力を全身から吹き出して、ミルクが地面に腕を叩きつけた。
「無敵神牛・ミルク・アルフェルトーー!!!! さぁ、証明しましょう。私の愛が、無敵であるということお!!!!」
ミルクに叩かれた地面は割れず、代わりに、空で大爆発が起こる。それは、ミルクが移動させた力の本流。その衝撃。それは、レーチェのギャラクシーハンドにも引け劣らない威力で、空を引き裂いた。
「良いじゃろう。来い」
「では、遠慮なく!!!!」
レーチェは、腕を構えた。その腕には、岩の装甲を纏っている。レーチェが、先程よりもミルクを認めた証だ。その腕目掛けて、装甲から吹き出した魔力の勢いに力を乗せて、ミルクは拳を叩きつける。
「うおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
その瞬間、ミルクの放った拳はレーチェの腕に接触すると、その装甲を粉砕し、レーチェの腕を後方に弾じき飛ばした。
「!?」
驚愕した顔で、レーチェは自身の手を見る。そこには、跡形もなくなった装甲と、少し赤らんだレーチェの手があった。
「よもや、わしの皮膚にダメージを与えるとわな。少し、読み違えたか」
「おやおや、まだ試し振りですよ。それとも、ここで終わらせておきますか?」
そうミルクが言うと、レーチェを岩が包み始めた。それはだんだんと巨大になっていき、一つの岩の巨人を形作る。その背丈は、ミルクの鎧と全く同じ高さであった。
「ふむ。こんなものか。では、続きと行こうかの」
「そうでないと」
更に、鎧から放出される魔力が上がる。ミルクは、再びレーチェ目掛けて拳を構えた。