退屈
「ま、無理じゃろ」
レーチェさんがそう言うと共に、マッチョマンが駆け出す。そして、真っ向から牛の頭を掴んだ。
「よし!!ここから、身体伝いに潜り込んで……」
しかし、牛が即座に頭を跳ね上げる。すると、マッチョマンの身体は、宙に浮いた。
「あっ」
「やばいやつだろ」
「やばいわね」
観客席に、マッチョマンが飛来する。それを、俺が水魔法で空中に水を作って受け止めた。
「さて、後は私達だけですか」
「そうじゃな」
ミルクが、先に進み出る。ミルクにも、牛は威嚇を続けていた。ミルクは、気にぜずに牛目掛けて進む。そのミルクの動きに合わせて、牛はミルクに対して頭を突き出した。
「わきまえろ」
指先で、ミルクが牛の頭を止める。ミルクが指に力を込めると、牛の頭がゆっくりと地面へと下がっていった。
「根性だけは認めますが、貴方はその程度なんですよ。大人しくしていなさい」
ミルクが指を離すと、牛は動かない。まるで、金縛りにでもあったかのようにじっとしている。それを、楽々とミルクは持ち上げた。一応、両手で。
「な、なんと、これは凄い!!誰一人不可能なはずの牛を、見事持ち上げました!!」
「やっぱり、そう思ってたのに出したんですねぇ……」
ミルクが、ゆっくりと牛を下ろす。そして、その牛の前にレーチェさんが移動した。
「うむ」
レーチェさんも、何事もなく持ち上げる。しかし、突然牛が暴れ始めた。
「ん?」
レーチェさんの腕から、牛が転がり落ちる。そして、体を震わせて敵意を見せた。
「お、なんじゃいきなり。思い出したかのように敵意を見せおって。大人しくしておれば良いものお」
牛は、レーチェさん目掛けて突進する。しかし、それをレーチェさんは頭を掴んで止めた。あまりにもレーチェさんと、牛の大きさは違っている。本来ならば、レーチェさんは牛を止めることすら出来ずに吹き飛ばされるだろう。だが、レーチェさんは、その突進を受けても微動だにしなかった。反対に、突進をした牛のほうが、自身の突進力でその体を伸縮させる。そして、強固な壁にでも突っ込んだかのようにその場に膝をついて座り込んだ。
「……」
メリッと、一瞬音がする。音のする方向を見ると、レーチェが牛の頭を掴んでいた。まるでみかんでも潰すかの様に、ゆっくりと力を込めて牛の頭を握りつぶし始めている。
「おい。こいつを持ち上げたほうが勝ちなんじゃろ?二人共持ち上げたぞ?どうするんじゃ?」
「え、えっと?二人共、優勝ですかね?」
お姉さんが、運営の偉い人に訪ねている。壁際に居た運営者の方々は、その質問に協議を始めた。
「決めとらんのか?なら、こいつをより楽そうに持ち上げたほうが勝ちというのはどうじゃ?」
そのまま、レーチェは牛の頭を持って持ち上げようとした。
「待ちなさい」
それを、ミルクが止める。
「それ以上やると、死体になりますよ」
「わしに、危害を加えようとしたものじゃ。覚悟は出来ておるじゃろ?」
「いえ、臭いですよ。死体に成ると」
「……それも、そうじゃな」
その言葉に、レーチェは牛の頭を離す。だが……。
「残しておく価値もあるまい」
次の瞬間、その場から牛が消えた。
「……え?」
俺達は、目を疑う。消えた。本当に消えたのだ。痕跡1つ残さず、その場から牛が消えた。
「ミズキ、見えたか?」
「いえ、見えませんでした……」
「レム」
「怪しい動きすら無く……」
うちの動体視力に自信のある2人が見えていないのだ。今のは、相当早い攻撃だったのだろう。
「あ、あの。牛は、何処へ?」
お姉さんが、レーチェに向かって問いかける。その問いかけに、レーチェは笑みを浮かべて答えた。
「殺した。死体破棄までやってやったぞ。さぁ、これからどうするんじゃ?わしと、こいつとで力勝負でもするか?」
レーチェが、ミルクを指差す。その顔に、嘲笑うかのような笑みを浮かべながら。
「何が、可笑しいんですか?」
「いや、どうにも面白みにかける。せっかくの外じゃし、平和を味わうのも良かったんじゃが。試し合いだというのに、なんともつまらないからのう。お前と遊んだほうが楽しそうじゃ」
そのレーチェの言葉に、ミルクは拳を構えた。だが、周囲を見渡して警戒するだけにしている。
「なるほど。気になるか。では、避けてやろう。最低でも、あやつさえおれば良いようじゃしな」
「貴方、何をやっているか分かってるんですか?」
「ふっ。愚問じゃな。わしはつまらん。しかし、少しは面白そうな相手が目の前に居るではないか。優先するのは、当然であろう」
「い、今結果が出ました!!お二人とも、優勝で結構です!!」
「それは、ツマラン」
「!?」
その言葉と同時に、一気に会場の空気が変わった。先程までそこに居た少女。それから、それは発せられている。圧倒的なまでの重圧。そして閉塞感。有無を言わさぬほどのその強烈な魔力量。それにより、一瞬にして会場にいる殆どの人間が、その場にその姿勢のまま気絶した。
「……やはり、お前は起きておるな。ベイよ」
「……」
「見ているといい。わしに意見すると、どうなるかおな……」
突如として、地面が震え始める。すると、まるでケーキでも切り分けるかのように会場全体が動き始めた。
「ど、どうなって!?」
「周りに魔力の結界が張られて!!」
「ア、アリーちゃ……。これ……」
「まるで、迷宮……」
ヒイラが、全身を震わせながら周りを見ている。一瞬にして気絶しかけていた他の皆は、ミズキが転移でうちに返し。その場から居なくなっていた。今、ここには俺とアリー、フィー達とヒイラ。そして、ライアさんだけが居る。
「空間を作り変えて観客も、解説者も追い払った。さて、少しは保つのであろう。楽しませろよ?」
「……この感じ。あそこで感じた、あの」
ライアさんが、杖を手にとってレーチェに近付こうとする。だが、それを俺が止めた。
「ライアさん、落ち着いて」
「でも!!」
「今は、様子を見ましょう」
「……」
俺は、ミルクを見つめる。すると、ミルクは笑みを浮かべてこちらに手を振った。俺は、それに頷き返す。
「ミルク姉さん……」
「ミルクー!!無理しないでねー!!」
フィーが、らしからぬほど声を上げて、ミルクを応援した。誰もが分かっている。これは、圧倒的に無理な戦いだ。
「じゃ、少し遊ぶとしますか」
「うむ。全力で良いぞ。あまり平和すぎても鈍るからのう。殺す気で来い。じゃなければ、つまらん」
「ええ。貴方が何か、ようやく分かった気がしますよ」
「それを知って、なお遊ぶか」
「ええ、勿論。だって、試してみたかったですから」
ミルクはそう言うと、ガントレットを作り出して装備する。
「ほぅ……」
「最強と謳われた、創世級の力ってやつをね……」
更に周辺の魔力量が上がる。それは、全てレーチェから発せられていた。あまりの量に、ヒイラですら気絶しかけ、アリーすら膝をつく。俺は、アリー、ヒイラ、ライアさんも逃がすと、その場で2人を見つめた。