扱い
「モ~」
競技場内に、のんきな牛の鳴き声が響き渡る。しかし、そののんきな声とは真逆に、参加者の表情には焦りが浮かんでいた。一人一人が、牛の部位を舐め回すように見つめている。持ち上げ方を考えているのだろうか?
「おし、次は俺が行くぜ」
一人のマッチョマンが、スッと前に出た。男は牛の下に潜り込むと、背中で牛のお腹を押すように持ち上げようとする。牛のお腹に、ピタッと背中をつけると、前足と後ろ足を掴んで深呼吸を始めた。数秒後、大きな掛け声とともに、男は力を入れる。だが、それでも牛は持ち上がらない。しかし、その状態に変化が訪れた。ゆっくりと、牛が小刻みに震え始めたのだ。そして、ゆっくりと牛が地面から数センチ浮く。それを確認すると、司会のお姉さんが。
「成功です!!」
と、合図を出した。すかさず、参加者の男性が、力を抜きながらゆっくりと牛を下ろす。
「ふっ。ざっとこんなもんよ」
そういう男性の表情は、これ以上無く真っ赤に染まっていた。限界まで、力を込めていたようだ。その姿に、会場から歓声と称賛の声が飛び交う。すげぇ~、人間業じゃねぇ。
「おいおい、その程度かよ」
それに続き、自分も成功させようと続々と参加者が牛の近くに集まっていく。その光景を、ミルクとレーチェさんは暇そうに見ていた。
「はい、合格です!!」
「うおおおおお!!!!」
次々と、成功者が出てくる。全ての競技者が、競技を終えたのを見ると、ようやくミルクとレーチェさんも牛に近づいていった。
「さて、すぐに済みますからね」
「モ~」
ミルクは、牛に語りかけるとその下に潜り込んだ。そして、両腕でお腹を押して、普通に持ち上げる。
「モ~」
「あ、少し痛いですか?ま、すぐ下ろすので、ちょっと待ってくださいよ」
牛が浮いたのをお姉さんが確認すると、スッとミルクは牛をおろした。
「あ、汗1つかいてねぇ……」
「どうなってやがんだ、最近の子わ……」
あまりにも軽く持ち上げるミルクに、成功者からの驚きの声が上がる。だが、ミルクが牛を下ろした直後、レーチェさんが牛の脇腹を乱暴に掴み上げて、片腕で持ち上げた。
「モ~~!!!!」
「うるさいのう……」
「いやいやいや!!それは痛いでしょ!!何やってるんですか!!」
ミルクが、レーチェさんの腕を降ろさせる。お姉さんも確認していたため、競技としては成功扱いだが、下ろした瞬間、牛が暴れてレーチェさんを頭でどつこうとしていた。
「モ~~!!」
「やかましい……」
レーチェさんが、一歩前に出ようとする。だが、それをミルクが止めて、片腕で、牛の頭を掴み動きを止めた。
「どうどう。怒るのは分かりますが、今ので分かるでしょう。勝てる相手ではありません。落ち着いて下さい」
「……モ~」
牛が、ミルクの声に姿勢を正す。そして、競技場の壁際へと逃げていった。
「いや、あれは怒るでしょ」
「だいぶ、優しく持ち上げたつもりなんじゃがなぁ~」
「いやいやいや、めっちゃ肉を鷲掴んでましたよ!!あれは酷い!!!!」
「そういう競技じゃし、止む終えないじゃろ。あれが、持ちやすい持ち方なのじゃし」
「牛だって生きてるんですから、少しは配慮をですねぇ」
「あまり気にするな。ほら、次に行くぞ」
「あ、ちょっと!!」
レーチェさんは、気にせず成功者が並んでいる列に並ぶ。その後を、ミルクが追いかけていった。
「……」
「ベイ」
「あの牛は、レーチェさんにはどう見えているんだろうな」
「……私達とは、違うように見えているのかも知れないわね」
「ああ。俺達が、道端の小石を拾うようなものなのかも知れない。それに意味があるのならやる。しかも、それがあまりにも簡単すぎて、それに加わる力であるとか、外傷を考慮しないのかも知れない。レーチェさんは、俺達とは普通に会話していたが、それは、人間と長く暮らしていたからだろう。で、それ以外には、ああなのかもな」
「そうね。まるで、なんでも無く物を持ち上げるように。邪魔だから殺す。そんな感じに見えたわね」
「ああ。ミルクが止めなければ、恐らくレーチェさんは、あの牛を殺していた。まるで、埃でも払うような手付きで、牛の首を払って吹っ飛ばしていた。そういうふうに、俺にも見えた」
「レーチェちゃん、凄すぎ!!世の中広いわ」
「居るものですね。ミルクさんのような女性が……」
他の皆は、ミルクという前例があるから、そういう人なのだろうとレーチェさんを見て思っているようだ。 ……このまま、何もなくこのイベントが終わると良いのだが。
「さてさて、牛一頭を持ち上げた選ばれし筋力を持つ勇者たちよ!!あれを見て下さい!!」
お姉さんが、場外を指差す。すると、何やら巨大な物体が全身に布を被せられた状態でやってきた。その物体は、先程の牛の体格の三倍ほどの大きさで、ゆっくりミルク達に向かって歩いていく。
「で、でけぇ~」
「それでは、ご紹介しましょう!!ブランデュシカが誇る、最大最重量を誇る闘牛・ブランビッガー!!!!」
その声と共に、布が外された。そこに居たのは、あまりにも巨大な茶色い牛だった。
「なんだ、あれわ……」
「確か、一部地域の魔物が発生する地点では、魔物に対抗するかのように成長した牛がいるって話だったわね。好戦的で、人の飼育は困難なんだとか」
「この地域では、闘牛という牛同士を戦わせるお祭りも行われています。そのために、そうした牛も飼育されていると書いてありましたが。まさか、人前に出すとわ……」
「それでは皆さん、最終競技です!!あの巨大な怪物牛。ブランビッガーを持ち上げて下さい!!」
お姉さんのその声に、ブランビッガーと言う怪物牛は、参加者目掛けて厳つく頭を下ろした。まるで、迫り来る挑戦者を威嚇するように。
「ただし、ブランビッガーはとても獰猛な種類の牛です。近づくことさえ困難!!その動きを、力で制して、見事持ち上げて下さい!!」
「嘘だろ!!」
「前回より、ハードル上がってるじゃねぇ~か!!」
「前回優勝者が、闘牛もってこいとか言ったからか!!そうなんだな!!」
「お前のせいかよ!!」
「……まじで、持ってくるとは思わなかった」
一人のマッチョマンが、申し訳なさそうにしている。彼は、参加者の中でもそれなりに軽々と牛を持ち上げていた者の一人だ。まぁ、ミルクたちほどでもなかったが。でも、きっちりと牛を持ち上げきっていた。
「仕方ねぇ。俺がやる」
「……いや、お前は下がってな」
「えっ?」
「俺達が、お前に見せてやるぜ」
「ああ、今年の優勝者は、お前じゃないってことをな!!」
「お前ら……」
優勝者のマッチョマンを止めて、他のマッチョマン達が牛へと忍び寄っていく。ある者は後ろから。ある者は前から。隙きあらば牛の下に潜り込もうとその機会を伺っていた。
「……貰った!!!!」
一人のマッチョマンが、背後から駆け出す。だが、牛はすばやくそのマッチョマン目掛けてしっぽを振るうと、マッチョマンを叩いて吹き飛ばした。
「なあああああ!!!!」
「……」
「怯むな!!かかれ~!!!!」
他のマッチョマンが、一斉に牛へと駆け出す。だが、その全てを牛は、体を震わせて弾いた。
「どわああああ!!!!」
「生き物の動きじゃねぇ!!!!」
「痛い!!結構痛い!!」
マッチョマン達が、地面を転がりまわる。怪我はしていないようだが、すごく痛そうだ。
「ふっ、やはり、俺が行くしか無いのか」
前回優勝者と思われるマッチョマンが構える。その光景を、ミルク達はあくびをしながら見ていた。