フィーの力
「フィー姉さん!!」
フィーに向かって、強大な拳が振り下ろされた。それは、フィーの身体よりも大きく重く、フィーを押しつぶしても余り有る程の威力があるように見えた。 だが、レムは見た。拳が激突する直前に、フィーの身体がとてつもなく大きな魔力に包み込まれているのを。魔物の拳は、間違いなくフィーに激突した。だが、その強大な力で地面が凹むことも、ましてやフィーが潰れることもなかった。有り得ない光景がそこには広がっている。フィーは、ただ片腕でその拳を受け止めていた。
「……」
フィーの姿が変わっている。髪は根本は白く、毛先は黒色に変化していた。巫女装束のような服を纏い、黒い袴を穿いている。黒と白色の独特の模様の羽織を肩にかけ、足には白い足袋と黒い草履を履き、そして頭には牛の耳と小さい角が生えていた。
「い、いったい何が……」
フィーの周囲に高密度の土の魔力が漂い燃えている。フィーは、そのまま腕を動かすと表情すら変えず受け止めた拳をその握力で握り潰した。
「グアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
あまりのことに魔物は、一瞬何が起こったのか分からなかった。格下だと思っていた魔物に、自自身の自慢の拳が握り潰された。それも片手で。
「!?」
有り得ない。心で自身に起きた痛みを振り払う。そして、反撃するために魔物は潰れていない片腕に力を込めようとした。しかし。
「よっ!!」
一瞬の内に懐に入ってきたフィーの蹴りによってその巨体が宙を舞う。地面を転がり二転三転して、周囲の魔物達にその肉体を叩きつけてやっと魔物は止まった。
「……今のミルク相手では、貴方は3秒も保たない。って、ところかな……」
フィーの腕に土の魔力が集って装備を作り出す。それは、フィーの体格よりあまりにも大きなガントレットだった。
「破砕の、ガントレット」
フィーは、地面を蹴り砕くと一瞬で魔物との距離を詰める。そして、その巨大なガントレットを振り抜いた。魔物もそれに合わせて潰された腕に渾身の魔力と力を込めて迎え撃つ。振り抜いた二人の拳が空中でぶつかりあった。そのあまりの衝撃に空気が爆ぜる。そして次の瞬間には、魔物の腕が爆ぜて消えていた。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
巨大な魔物は、何が起こっているのか理解したくなかった。鍛えに鍛えた自身の力が、圧倒的なパワーの前に負けているというその事実。それも、こんな小さな魔物相手に。一瞬訪れる諦め。だが、それすら振り払う。生きる目的のために。しかしそんな相手の考えなど知らずフィーは、またその姿を変えた。髪を水色に変え、ニンジャの様な服装を魔力で作ってその身に纏う。
「……シッ!!!!」
背中からフィーが刀を抜いて魔物目掛けて振り抜いた。魔物は、残った腕で刀の攻撃を防ぐべく構えたが。
「グア~~ッ!!!!」
その瞬間、吹っ飛んだ腕の傷口を刺し攻撃する者がいた。それは、フィーだった。同じ姿のフィーが、刀で傷口を刺している。慌てて魔物は、近くに居たフィーを攻撃した。だがそのフィーは、攻撃を受けるとその場で火花を上げて爆発した。
「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
魔物は悲鳴を上げた。前面には強烈な爆風と背中にはもう一人のフィーの刀が突き刺さっている。あまりの激痛に、魔物は声を上げることを抑えられなかった。そして、またフィーの姿が変化する。水着のような服と短いスカートを身に纏った。髪は燃えているかのように赤く染まる。足は裸足に、お尻にはしっぽが生え、赤い棒を魔力で生み出し腕に持った。
「はぁぁぁぁああああああああああああああ!!!!」
フィーが、大きな火属性の魔力を使って自身と棒の力を強化した。一度魔物の背中から飛び退いて地面を蹴り勢いをつけるとフィーは、全身の力を乗せて魔物目掛けて棒を叩きつける。体勢を立て直した魔物が、痛みを振り払って全力で拳を振るいフィーの攻撃を弾き飛ばそうとした。棒と拳が激突した瞬間、辺りに強烈な熱気が拡散していく。だがその強烈な熱量の中で魔物は、フィーの攻撃を拳で受け止めていた。
「グッ!?」
魔物は、その状態から更に拳に魔力を込めようとする。しかし、受け止めていられたのは、ほん一瞬であった。フィーの攻撃は、魔物の拳の奥底まで響きその衝撃を拡散させる。そして、破裂音にも似た音を響かせると魔物の腕を弾き飛ばした。
「アアアアアアアアアアア!!!!」
火の魔力によって弾かれた腕が燃えている。闇の魔力を腕に注ぎ魔物は、その火を強引に吹き飛ばした。本能に任せて飛び退き、巨大な魔物はフィーから距離を取る。強く奥歯を噛み締めて痛みを堪えると、魔物はフィーを睨みつけた。
「……なんという力だ。複数の属性の魔法を操ることが出来るだと。それも一人の魔物が……」
片腕が無くなり、残った腕もボロボロだ。全身の痛みもひどく、いつ意識がなくなってもおかしくはない。だが魔物は、冷静であった。あまりに度を越した痛み故か、はたまた死期を悟ったからか。いずれにせよ魔物は、その状態からは有り得ない程自然に今にも壊れそうな拳を構えた。その目の前で、更にフィーが姿を変えていく。その姿は、鎧。闇の魔力で作られた漆黒の鎧を、フィーはその身に纏っていた。その姿は、近くで見守る誰かと重なる。
「わ、私の鎧……」
フィーの出した鎧は、レムの全身鎧と全く同じ物であった。鎧から感じる魔力量すらも、レムの鎧と同等。これがフィーの進化で獲得した力、全合一である。全ての仲間の力を自分のものとして扱える。それが、フィーの得た力であった。しかし、それがこの能力の真の力ではない。
「レム、私に力を貸して」
「えっ、は、はい!!」
その瞬間、レムが黒色の光となってフィーの胸中央に現れた黒色の魔石に宿る。レム本来の力を吸収しフィーの鎧が変化を始めた。全身の装甲が厚さを増して一回りその姿を巨大にする。鋭利な装飾が全身に出現し、鎧その物がより禍々しくその姿を変化させていった。フィーは、仲間自身の特殊な力さえも自身の物として扱うことが出来る。故に、レムの一体化と似たようなことが行えるようになっていた。その力は、上級であるのにも関わらず、今のレムやミルクを凌ぐ。
「なるほど、これ程とは……。侮っていたのは、我の方だったか。いいだろう。お前のその覚悟、しかと見届けた!!さぁ、我を踏み台にしろ!!そして、倒せるものなら倒してみせろ!!!! 創世級の神々を!!!!」
フィーの腕に火、風、水、土、闇の魔力が宿る剣が出現する。フィーは、ゆっくりとその剣を握って構えた。
「マスターの前に立つ者は、全て倒す!!たとえ、神だろうと!!!!」
フィーは、地面を蹴って飛ぶ。一瞬で間合いを詰め切ると、腕の力に任せて剣を一閃した。魔物も拳で迎え撃つ。だが、その刃を止める力は、魔物の拳にはなかった。
「これが、私の覚悟!!!!」
フィーの剣は、魔物の全身を拳ごと一太刀で真っ二つにする。だがそれでだけでは、斬撃を放った力が止まらない。フィーは、斬撃の勢いのままにその全身を地面の上を滑らせて直進していく。足に力を込めて地面をえぐりその力を殺し切るとフィーは、地面に剣を突き立てた。
「み、見事……」
魔物は、そう最後の言葉を残すと黒い霧となって風に消えていく。周りの魔物が、その状況を見てざわつき始めた。フィーが、剣を地面から抜いて天空に向かい構える。すると、剣から激しい闇の魔力が光線となって周囲に降り注ぎ始めた。その光は、周囲の魔物を一体も逃さず破壊し、辺りを静寂に変えていく。数秒の後、フィー達の周囲から魔物が消えた。
(フィー姉さん、まさかこれほどの力を得られるとは……)
「私も驚いてる。でもマスターの為、まだ強くならなくちゃいけない。……頑張ろうレム。私達、皆でマスターを守ろう」
(はい!!)
フィーは、その場で全合一を解除すると急いでベイの元へと戻った。一番大切な人の元へと……。