野菜と家畜
楽園を2つ抱えて歩く。凄く重い。だが、これが幸せの重さなんだな。幸せです。両の手で言い争う2人を眺め、俺はにやけながら農場目指して歩いていった。
「アリーちゃん、誰、あの子?」
「いや、ベイが連れてきた子なんですけど……」
「私、なんか知ってる気がするなぁ……。前にあった様な、そんな気配がするよ?」
「気配、ですか。ライアさん、あの子、見てどう思います?」
「うん?ミルクちゃんに似てるっていうか、元気そうな子だよね」
「ああ~、なるほど。繋がらないんですね。違いがでかすぎて」
「え?」
「いや、こっちの話です。なるほど」
ライアさんも、気づいてはいるのか。だけど、確かにこの容姿からでは繋がらないみたいだな。この子が、創世級という事実に。
「……ま、知らないほうが良いこともあろう」
「何、一人で納得してるんですか」
「ふっ、お主も知らぬほうが良い」
「なにかムカつく言い方ですね」
……そうか。俺とアリー意外、本当に気づいていないんだな。それぐらい、レーチェさんの隠蔽が完璧なのだろう。いや、ミズキがさっきから滅茶苦茶こちらを見ているな。あれは、気づいている感じか。
「レム」
「ミズキ、今動いても何も出来ない。ここは、主に任せるとしよう」
「そうか」
レムも、気づいているっぽいな。ミズキに、何か言われても動揺していない。いつも通りにしているように見えて、実は周りを見て行動しているんだなぁ。
「……ベイ。面白い者達が周りにいるようじゃな」
「あ、ま、まぁ。そうですね」
「もう2千年生きれば、わしとも並び立てるかもしれん。いや、この星の魔物がそこまで生きながらえるのは不可能か」
レーチェさんが、俺に耳打ちする。この星の魔物? ということは、レーチェさんは宇宙生物とかなのだろうか?
「見えてきました。あれが、農場ですね」
「おお、街中だというのに、広い農場じゃのう」
「この農場は、生産物の全てが畜産の餌として生産されているようです。餌からこだわって育てているようですね」
「なんと、これ全てが」
「ええ。たまに市場にも出回るようですが、その数は少ないのだとか。そして、あちらが牧場ですね」
「あちらもでかいのう」
「この街で、一番巨大な建物のようです。先程の競技場よりも全体的な高さはありませんが、広さでは圧倒的に勝っていますね」
「あそこの、中央に立っている風車のようなものが、一番高い位置にあるのか。ギリギリ高さ的にも上のようじゃな」
レーチェさんが、俺の手から降りる。すると、牧場の木の柵ギリギリまで行って近づき、中を覗き込もうとしていた。
「うん?君達、イベントの参加者かな?」
その時、牧場で働いていた一人のおじさんが声をかけてきた。
「そうじゃが」
「ああ、だったら今は見学を遠慮してもらえるかな。これから、会場まで牛を運ぶんだ。イベントが始まるまでは、牛の仕上がりを見せてはいけないことになっているんだよね。と言っても、誰にも見せないなんて、正直無理なんだけど」
「なるほどな。ならば、ゆっくり見るのは後にしよう」
「ごめんね。普段なら、色々な子たちを放し飼いにしているから、見てて癒やされると思うよ」
「……それはどうかのう」
レーチェさんは、そう言うと俺のもとに戻ってきて、ジャンプするとそれを俺が片腕で受け止めた。
「うむ。では次に行こう」
「なに、当たり前みたいにご主人様に持ってもらってるんですか?」
「お主もじゃろう?」
「私は良いんですよ!!お嫁さんですから!!」
「そうじゃなぁ~。確かにわしは、そこまで深い中ではない。じゃがな、そんな深い関係すら飛び越えるほどの価値が、わしにはあるのじゃよ。素晴らしい物は崇め、敬い、奉仕したく成るじゃろう。それと一緒じゃ。ベイは、わしに尊敬の念を持っておる。いや、もしかすると恐怖かもしれん。だが、それほどの価値があるということじゃ。現に、何も言わずともベイはわしを受け止めたしな。これが、格が違うということじゃ」
「偉そうに言ってますけど、ただ歩きたくないだけじゃないですか。怠け者なだけでしょ」
「……まぁ、楽なことって素敵じゃしな」
レーチェさんは、ミルクから目をそらしてそういう。俺は、特に気にせずそのままレーチェさんと、ミルクを抱えたまま観光地を歩いて回った。評判がいいという町並みの風景。乗馬体験が出来るという、街の道沿いに設置された馬小屋。そして、レーチェさんが寄ってみたいと言ってよったサラダ専門店など、それなりに時間をかけて俺達は歩き回った。
「うむ、結構楽しめる街じゃのう」
「そうですねぇ」
「おっと、そう言えばベイよ。お主達は、この街の出身か?」
「いえ、サイフェルムと言う所から来ました」
「サイフェルム?昔は、風の都市・ウインガルの一区角がそんな名前だった気がするのじゃが」
「うーん、恐らく、似た所にある都市じゃないかと」
「ということは、風の魔力影響が強いのか。いや、だいぶ前じゃし違うかもしれんが。少し、減点ポイントじゃのう」
「そ、そうですか」
「ここはその昔、わしが治めておった国の一句角でのう。それは見事な農場地であった。まぁ、今にしてみればデカすぎであったが。全国民の食糧事情を非常時に解決できたのじゃし、さすがわしって感じじゃったな」
「何言ってるんですかこの人。夢でも見てるんですか?」
「いやいや、レーチェさんがこの辺りをですか?」
「そうじゃ。ま、最早遠い昔じゃがのう」
レーチェさんは、遠くを見つめている。そして、何故か忌々しそうに奥歯を噛み締めた。
「他人の幸せを壊すことの愚かしさ。彼奴等に思い知らさねばならない。生きているかも怪しい、あのクソ共に」
「何をいきなりキレてるんですか」
「わしには、遠い昔に残した遺恨があってのう。今、大人しくしておるのはそのせいじゃ。少し、魔力も回復させたいしのう。あの中に居たときよりは、待つ時間は短そうじゃしな」
「うーん、よく分からないですけど。余程のことがあったんですね」
「そうじゃ。連中のせいで農地も、家畜も一気にぶっ壊されたからのう。わしが命じて品種改良を、長い時間かけて行っていた大切な野菜と家畜をじゃ。そしてそれに伴って、食料供給の低下によって国民に飢えを訴えるものが出始めた。あれは最悪じゃったのう。食べることを我慢する人々は、見るに耐えんかった」
「それは、最悪ですね」
「ま、それで我慢できなくなって連中の進言を聞いて、彼奴等を殴りに行って今に至るわけじゃ。思ったより苦戦したのう。じゃが、次は殺す」
そう言いながら、レーチェさんは懐から何かを取り出した。
「種、ですか?」
「そうじゃ。連中からの最後の献上物じゃ。ま、これを見る度に彼奴等はいい仕事したのうと思う。もう、二度と合うこともないじゃろうがな。良い連中だったと、今は思う」
レーチェさんは、種を握りしめると、そっと懐に戻した。
「さて、ベイよ。お主はどうかのう。わしにとっての幸運か、それとも災厄か?」
「あはは、どうでしょうかね」
俺は、レーチェさんの問いかけを、そう言ってはぐらかした。