牛と?
時間も来たので、俺達はアリーの転移魔法でブランデュシカへと転移する。
「アリーちゃん、滅茶苦茶楽そうに転移魔法使うね」
「おばさんほどじゃないですよ」
ライアさんは、アリーの魔法の実力の急激な成長を少し怪しんだようだ。ま、でもアリーだしなで通る辺り、うちの嫁の天才ぶりは凄い。
「で、ここがブランデュシカ?」
「え、アリーちゃん来たことないの?来たことないのに転移できるの?」
「いえ、来たことはありますけど、近くまででして」
実際には、俺が魔力で転移先の誘導をしていたために出来たのだが、まぁ、それは言わなくてもいいだろう。他人の魔力に合わせられるって便利だなぁ。難しいけど。
「……予想より、大きな街ですね」
「ブランデュシカ。山岳地帯から取れる鉱石や、雄大な自然で飼育された畜産などを資源に成長した都市ですからね。意外と街はしっかりしてますよ」
「まるで、全部がサイフェルムの中心街みたいな町並みだなぁ」
「都市の内部の殆どが、レンガなどで舗装されていて見栄えもとてもいいです。色を変えたレンガを使い分けているのも、芸術的ですね」
「ああ、確かにオシャレな街だ。景観に気を使っている」
「こんな街で、畜産のイベントをやるんですか?」
「この街の中央部には、大規模な農場スペースがあります。イベントもそこでやりますから、そちらに行ってみましょう」
ロデの案内で、俺達は街を進んでいく。ロデは、来たことがあるのかなと思うほどの解説具合だが、観光ガイドらしき本を持っているのを見るに、ロデも初めてらしい。にしても、迷いなく進むな。先導してくれる人がいるのはありがたい。
「……道が大きいから、イベント中でも賑わっているって気がしないわね」
「この街の道は、家畜も使用しますからね。そのために、幅をとっているんだそうです。街中で馬を借りて、乗馬も出来るんだとか」
「街中に馬……。危ないわね」
「ちゃんと、専門家が付き添いますとなっています」
「それなら安心、なのかしら?」
「馬も、食べられるのかな?」
「馬肉の専門店もあるようですね」
「お、後で行ってみようよ。美味しいよ、馬肉」
「馬肉って、食べたことないわね」
「おばさんは、食べたことあるんだ」
「うん。色々な所に修行で行ったからねぇ。とろっと、溶ける脂が美味しいんだよ」
馬肉かぁ。いいなぁ。ただ、牛肉祭りの後で行く気がするのだろうか? 俺は無理な予感しかしない。胃袋的に。
「……腹を開けておくか」
サラサさんは、二次会で馬肉行く気満々のようだ。俺も、少し牛肉をセーブするか。
「さて、あれのようですね」
「うおお、大きな建物ですね」
「農場と言うよりは、競技場のように見えるが」
「あ、これは農場の手前の建物ですね。でも、イベント会場はこっちみたいです」
「あれが受付かな?」
「……あ、いらっしゃいませ~。只今、拳闘牛大会、参加者受付中で~す」
綺麗なお姉さんが、そう言って俺達に声をかけてくる。ミルクは、スッと前に出てサラサラと参加者名簿に自分の名前を書き込むと、お姉さんにイベント情報を聞いて、こっちに帰ってきた。
「午後からやるようです。具体的には14時くらいから」
「それなら、食べすぎても大丈夫そうだな」
「ねぇねぇ、サラサちゃんとかは参加しないの?」
「いや、ミルクさんが相手でわ」
「なるほど。圧倒的ってわけだ」
「ま、私に勝てる相手が居たら、ちょっと驚きですね。この細腕。見た目通りではないですから」
そう言いながら、ミルクは腕まくりをする。綺麗な腕だ。あれ程の戦いを繰り広げてきたのに、その腕にはその面影すらない。だというのに、この中で誰よりも豪腕なのだ。凄いよなぁ。
「……腹減ったのう」
くぅ~っ、という可愛らしい音が聞こえた。その音の方向を見ると、テーブルに一人の少女が座っている。その少女は、体の前に大きなカバンでも背負っているのか、身体の前側が大きく膨らんでいた。そのカバンは、彼女の羽織っているマントに阻まれて見ることが出来ない。しかし、あの膨らみ方。何処かで見たような気がするな。まるで、うちのミルクのような膨らみ方だ。けど、この奇跡とも言える神の所業を持つものが2人といるはずがない。あれはカバンだな。そうに違いない。
「うーん、少し手持ちも減ってきたしのう。ここらへんも舗装されとるし、種をまくわけにもいかん。ああ~、我慢するかのう」
そう言って、水色の髪をした褐色肌のその少女は、テーブルに突っ伏した。
「……いま、揺れた」
「うん、何がですか、ご主人様?」
「それだ、ミルク。あれだ」
「これ、で、あれ?」
「そうだ」
俺は、ミルクの胸を指差す。そして、再度少女を指さした。俺には分かる。違うと思っていたが、今の揺れは本物だ。何故なら俺は、ミルクの胸を来る日も来る日も見てきた。間違うはずがない。あれは、大きなカバンなどでは断じてない。そう、おっぱいだ。
「神のいたずらか。それとも、悪魔の罠か。いや、あれ程の物が罠なはずがあろうか。きっと、神の祝福に違いない。特に神を信じていない俺だが、こんな時は神がいると信じても良い気がする。この二度目の奇跡に出会えたことに、感謝せねばなるまい」
「どうしたんですか、ご主人様?」
「ちょっと、待っててくれ」
俺は、受付周りでやっていた屋台でフルーツサンドを購入すると、少女に近づいていった。
「すみません」
「むっ、なんじゃお主?」
「よろしければ、どうぞ」
俺は、丁寧にテーブルの上に、フルーツサンドを置いた。
「……おお、貢物じゃと。わしにか?」
「ええ。よろしければどうぞ」
「ほぉ~、いい心がけをしておるな。お主、名前わ?」
「ベイ・アルフェルトと言います」
「ベイか。うむ、覚えたぞ。この状態のわしに貢物を持ってくるとは、中々に鋭い観察眼を持っているようじゃな。お主、只者ではあるまい」
「いえいえ、ただの一般人です」
……何か、会話がおかしい気がする。いや、まさかな。そんなはずわ。
「あはは、とぼけるでないわ。その体、普通ではあるまい。魔物、いや、人間がこちらの領域に踏み込んだ姿か。初めてみるのう。そんな人間わ」
「……」
そう言うと、少女はフルーツサンドを食べ始めた。美味しそうに食べている。その顔は、可愛らしい少女のものだ。だが、俺は内心で思考が停止していた。少女の表情が、可愛いという思考に思考が逃げるくらいには思考が停止していた。そして、身体から嫌な汗が出始める。だが、それを俺は心持ちで制した。焦りを悟られてはならない。そんな気がした。
「ふむ、緊張するな。わしも、ただの催し物に参加しに来た一般的な少女であるのでな。あまり硬くならなくて良い。しかし、この貢物。たいそうな働きをした。褒美を取らそう。何が良いか?」
「ほ、褒美ですか?いえ、ただ自分がしたかったから、しただけですので」
「ほほぅ。益々、見どころがあるやつじゃ。わしに、好意から貢物をじゃと。そして、見返りも要求せぬか。ありじゃのう。そういう雇用主を探していたところじゃ」
「雇用主?」
「ま、じゃが焦って決めることもないか。しかし、ここで逃すのも惜しい人材な気がする。連れもおるようじゃが、どうかのう、わしと一緒にこの街を見て回るというのわ?」
「え、良いんですか?」
「勿論じゃ。連れも一緒で構わん。……ん?なんじゃあいつわ」
その視線の先には、こちらを見ているミルクの姿があった。




