この世界の敵
「フィー姉さん、私達の主が死ぬなどあり得るはずが。ましてや、人間が全て滅びるなどあり得るはずがありません。ただの敵の戯言ではないですか?」
レムは、フィーを見て無意識にそう言っていた。それは、フィーがあまりにも真剣な顔付きをしていたからだ。フィーは、自分達の主が死ぬ未来が確実にこの先にあると考えている。そうレムは、その表情から察した。それも近いうちに、何かの手によって。レムは、そんな事実があり得るはずがないと否定したくてそう口に出していた。
「創世級」
「……え」
「ほう、知っているのか。いや、今分かったというところか」
レムは、フィーが何故ランクの話をしたのか理解出来なかった。だが何故か敵の魔物は、その理由を知っているようだった。
「人間が全て死ぬなんて確かにあり得ない。でもこの世界には、それほどの強さの魔物がいる。私達がもし勝てないとしたら、人間が全く太刀打ち出来ないとしたら……。それが可能なのは、創世級の魔物しかあり得ない。創世級の魔物に人間は、近づいただけで死んでしまう。つまり、こいつはこう言っているんだ。近い将来私達は、創世級の魔物と戦うことになるって」
巨大な魔物は、手を叩いてフィーの言葉を称賛した。
「そう、創世級だ!!この世にある死の迷宮とも言われる史上最悪の空間にいるあの化け物達。いや、神々の前では人間は命を保つことすら出来ぬ!!何故ならば人間は、あまりに精神的に脆く進化も遅いからだ!!もし神に勝てるとすれば、我々魔物しかいない。そう、その通りだ!!お前が考えている通りだ!!近いうちに創世級迷宮は、崩壊する!!!その内に閉じ込めている、最悪の神々を残してな!!!!」
「……」
「そ、そのようなことが、あるはずが!!!!」
「事実だ。だいたいおかしいと思わないのか?誰も近寄れない迷宮が何故存在するのか。そんな魔物が、何故存在するのか。地表に存在する生き物ですら近づくことも出来ない。あそこは、まさに檻だ。化け物を閉じ込めておくためのな。だが、囚人たちもいつまでも捕まっている気はないようだ。そろそろ檻に限界が来ている。神達の降臨。それが、我々が考えている人類の死滅、いや、この星の消滅という最悪のシナリオだな」
いきなりこの星が滅ぶと言われてもレムには、それが想像出来ない。確かに創世級迷宮の存在は、レムも聞いたことがある。だからと言ってそれは、そういうものだと思っていた。自分たちがいた迷宮と同じように、魔力が大きな土地に偶然出来たものだと思っていた。それが、魔物を捕まえておくための檻といきなり言われても、とても信じられることではなかった。
「なら、何故お前たちは人間を滅ぼそうとしている?いずれ滅びるなら、相手をせずに神と戦うための力をつけるべきだろう」
「……それは、百年前の経験のせいだ。我らの魔王様は、創世級迷宮の崩壊が日増しに近づいていることにお気づきになられた。そこで魔物による軍団を組織し、魔物達を鍛えることで神に対抗しようとなされたのだ。だが魔物が軍団を作っていることをよしとしない人間は、我々に戦争を仕掛けてきた。それは、血で血を洗う戦いになり多くの仲間を失った。人間は、少しでも強い魔物がいると群れをなし、その魔物を殺しに来る。それは、神と戦う我々に取って戦力の大きな損失につながり、仲間を失うという決して許容できない行為だ。故に我々は、人間を先に殺すことに決めたのだ。我々が生き残るための障害に確実になるからな」
確かに、話として筋が通っているとレムは思った。だが……。
「なら、この事実を伝えれば良かっただけだろう!!そうすれば、人間も!!」
「信じなかったのさ……。奴らは、創世級迷宮に近づいただけで死ぬからな。その事実を調べることも、感じることも出来ない。だから、我々の言葉になど耳を貸さなかった。有り得るはずがない、と言ってな……。それに、人間にとって我々魔物が力をつけることは脅威でしか無いはずだ。どれだけ言葉を並べても、殺し合いにしか至らなかっただろう。我々が、神と戦うための強さを求める限りな」
魔王達は、星の崩壊の危機に気づいた。生きとし生ける物達のためにもそれを止めなければならない。だがその前に、多種族との生存競争をすることになった。力を求めたが故に。説得も試みた。だが人間は、いずれ訪れる危機を信じず恐れから魔物たちとの戦いを続ける。魔物軍が力をつけ力で破れても人類は絶滅する。たとえ魔物軍が人間との戦いに負け続けたとしても人類は、創世級迷宮崩壊によって出てきた神々に滅ぼされる。どちらの未来に転んでも人間にとってはすでに、生き抜く道がないに等しい状態であった。巨大な魔物の言う通りこの星の人類は、このままであれば死を待つだけの存在といえるだろう。
「我々は魔物だ。人間などと違ってすぐに寿命で死ぬなどということは殆ど無い。この先己が長く生きる星を守るためにも生き残るためにも我々が戦うべきだ。全ての人間を殺し、全ての迷宮の魔物を集め、神を討つ!!!!それが、我々魔王軍だ!!!!」
レムは考えていた。このままでは、自分達の主に待っているのは確実な死だ。それも自分達ですらどうしようも出来ない程の。この魔物が言っていることが本当ならばこいつが言っていることは、この星に生きる者たちが生き残る上で絶対に必要なことに違いない。生存競争の果てにある人類の絶滅。だがレムは、それが許せるわけでは無かった。なぜならそれは、自分の一番大切な人の命を奪う、とこいつが言っているに等しいからだ。それだけは、絶対に許さない。神だろうが自分と同じ魔物だろうが、決して許せることではない。何度考えてもレムの中での答えは、同じ答えになった。
「そんなこと、私がさせない」
フィーが静かに言った。その言葉は、レムの頭の中の答えと全く同じであった。
「マスターを殺そうとするのなら、神だろうと、魔物だろうと、私が許さない」
「……その小さな力で何が出来る。1人で創世級に勝てるとでも思っているのか?」
「1人じゃない。レム、ミルク、ミズキ、カヤ……。それに、まだ見ぬ仲間もいる。そして皆とマスターで、創世級だろうと打ち倒す!!それが私達。マスターと共にある魔物の、いや、女としての覚悟!!!!」
フィーの言葉に答えるように、フィーの周囲を魔石が回り出す。その瞬間、今まで感じたことのないほどの強大な魔力がフィーの中から湧き上がってきた。
「な、なんだこの魔力は!!!!」
「貴方もマスターの敵には違いがない。私達が創世級を倒す前に、消えてもらう!!!!」
「……愚かな、どこまでも愚か。フフッ、だがその覚悟はよし!!ならば見せてみろ!!お前の力が、我が積み上げた信念にどれだけ届くのかをな!!!!」
魔物は、両拳を胸の前で打ち付けて周囲に轟音を響かせる。魔物がフィーに向かってその巨大な拳を振り下ろし、戦いの始まりが告げられた。