雨の中で
それから、何事もなく一日が過ぎていく。時折、ミズキが顔を渋くして外を見つめていたが、雨が降っている以外に何もおかしいことはなかった。そのまま夜の就寝時間を迎え、俺達は雨音を聞きながら眠った。
「……」
目を開ける。まだ雨音がしていた。窓のカーテンをめくって、外を眺める。雨は、止む気配を見せていない。それどころか、昨日よりも降水量が多い気がする。
「まぁ、たまにはこんな日もあるか。と、言いたいところだが」
最近、水属性の神魔級迷宮に関わる事件で、人を救うために素材集めに向かった身としては、そう簡単に流していい状況では無い気がする。
「これ、止まないかもな……」
俺は、未だ降り続く雨を見ながらそう思った。
「お、これ美味しい!!」
「グアッ」
ロロとジャルクは、雨でも元気にご飯を食べている。その明るさにあてられて、皆も楽しく食事をした。
「……やっぱり、この雨はちょっと怪しいかもね」
「アリーもそう思う?」
「ええ。朝よりも、雨が強くなっている気がする。サイフェルムは、雨での土砂災害以外には強い都市だけど。この分だと、国下の川は、大洪水でしょうね」
「まるで嵐のようです。そして、この雨は自然現象的な物ではないでしょう」
「そうね。普通なら、サイフェルムにここまで雨が集中することなんて無いもの。サイフェルムは、風の魔力が渦巻いていた大地にある都市。雨雲が、自然と停滞できるような場所じゃないのよ」
「神魔級迷宮がなくなってもってことか」
「そういう事。だから、サイフェルは、ある意味で落ち着くには良い都市ね。ただ、冬の風がより冷たいのだけは難点だけど」
アリーは、そう言うと食器を片付け始めた。
「殿、一刻も早く、迷宮を攻略するべきかと」
「そうだな」
「どうしよう。雨だと、修行やりづらい」
「グアッ」
「そうだ!!迷宮に帰ろう!!」
「グアッ」
「ニーナさんも、一緒に行く?」
「え、そ、そうだね。私も、朝の練習したいし」
「よし、行こう!!」
ロロが、ニーナを連れて階段を駆け上がっていった。上の階に転移魔方陣があるのか。
「ロロ側の魔法陣を、私達も使えるようにしといて正解だったわね」
アリーが、洗い物をしながらそう呟く。
「……」
暫くして、しょんぼりした顔で、ロロとニーナ、ジャルクが戻ってきた。
「向こうも、雨」
「すごい雨でした」
「え?」
ちょっと待て、サイフェルムとミエルの迷宮ではだいぶ距離があるぞ。偶然か、はたまた何か共通点が?
「むっ」
ミズキが、険しい顔をして目を瞑る。そして、数秒して目を見開いた。
「驚きました。サイフェルムだけではありません。この雨雲、無差別に広がっています。水属性神魔級迷宮とサイフェルムを結ぶように伸び、なおもその大きさを拡大している」
「何だそれは。大陸ごと、海にでも沈める気か?」
「それが狙いかもしれない……」
アリーは、そう言いながら飲み物を持って、俺の隣りに座った。
「連中は、自分たちがこっちに来れるようにしようとしているのかも」
「神魔級の魔物がですか」
「ええ。長い契約なんて、邪魔なだけでしょ。だから、潰しに来る気になったんじゃないの。得意なフィールドにしてね」
「深海から、陸地までを海中にして攻めてくるっていうのか」
「そう。あの深海の宇宙生物共がね」
俺は、何となくその光景を想像した。多分、あれを見ただけで一般人は発狂する。何人が生き残れるのだろうか。それ以前に、サイフェルムが海に沈むわけだから、人が住めるはずもない。
「今頃、何処も土砂災害の対策で忙しいでしょうね。ライアさん達の迷宮探索も、一時中断されてるんじゃないかしら」
サイフェルムの近くには山がある。そう簡単に崩れはしないと言っても、この降水量だと心配になるな。
「ともかく、早めに相手を倒すべきだっていうのはあるんだけど……」
「そうですね。では、行きましょう」
「いえ、まだ待ちましょう」
アリーは、そう言うとお茶を落ち着いた感じで一口のんだ。
「……待つ、のですか?」
「そう。あえて待つ」
「何故ですか?」
「こんな大規模な魔法を使っているんだもの。息切れするかは分からないけど、自分から魔力を消費しているってことよね」
「……ああ~」
「相手が弱るのを待つのも戦術よ。夕方ぐらいがベストな時間かもね」
「そうだな。じゃあ、そうしよう」
「はい」
俺達は、アリーの作戦通り。夕方近くまで待つことにした。
「にしても」
「どんどんと、雨が強くなっていきますね」
俺達は、外に出る気も起きないので、室内で本を読んでいる。ニーナやアリー、ヒイラは何やら怪しい薬品をいじっていた。
「ところでミズキ」
「はい」
「あの連中に勝てるか」
「はい。勿論」
ミズキは、一切の迷いなくそう告げる。
「恐らくだが、連中は普通じゃない。だいたい、宇宙の要素を持った生物だ。もしかしたら、俺達が想像もつかないような力を持っているかもな」
「そうですね。でも、負ける気がしないのです」
「理由を、聞いてもいいか?」
「ええ」
ミズキは、スッと立ち上がる。部屋着のミズキは、綺麗なお姉さんという感じだ。身体にフィットする服を着ているので、そのスタイルの良さがよく分かる。見ていると、ミズキはその場で水になり消えた。そして、俺の後ろに出て来る。
「見ましたか、殿」
「ああ」
「水です」
「そう、だな」
「水は、全ての生物にとって欠かせないものです。それを、自由に操るのが私。水を己とし、全ての水を己の物とする。そうした時、私は誰にも負けない存在となるのです」
なるほど。確かにそうかも知れない。生物にとって、水が必要でない者など居よう筈もない。だが、相手は宇宙生物だ。その、もしかしたらが……。
「不安は、拭えないようですね」
「……悪い。何故だかあいつらを見てから、変な不安が頭に残ってるんだ。今までの魔物は、それこそどこかで見たような動物に近い形をしていた。だが、あいつらはそれとは異なっている。本当に、未知の何かだと俺はあいつらを見て思ったんだ。それが、拭えない不安の理由かもな」
俺がそう言うと、ミズキは俺を後ろから抱きしめた。
「大丈夫です。見知ったように見えるものでも、殿が知らない物はまだあります。あいつらとは違う、別の驚きで、私があいつらを倒してみせましょう。そして、その不安を拭って差し上げます」
「俺が、知らない物?」
「はい。だって、私……」
ミズキは、スッと腕を構えて俺に見せるように前に出した。
「ニンジャですから」
俺は、これ以上無いくらい頼もしい言葉を聞いた気がした。




