ミルク覚醒
「(よっと!!)」
敵の振り下ろしてきた剣を手の甲でそらして飛び退く。すぐに飛び退いた所に、別角度からの魔法攻撃が飛んできた。その威力に地面が破裂して凹む。ミルクの前にいる3体の聖魔級魔物の攻撃は連携されていた。その攻撃の合間を縫ってミルクが攻撃を行うのは、とても簡単なことではない。無理をすれば自分が連携攻撃の餌食になってしまう。ミルクは、この状況をじれったいと感じていた。
「(全く、ふざけた連中ですね。正々堂々って言葉を知らないんでしょうか)」
ミルクは、3体の攻撃がお互いを邪魔し合うように立ち回る。だが、それを分かっているのか相手も簡単には誘いに乗ってこない。力技で押し切りたい所だが強引に攻めようとしても相手の持つ盾に拳を防がれて自分の足が止まりいい的になってしまう。ミルクは、この魔物達相手に攻めあぐねていた。それでも、敵が攻撃を休めた僅かな隙をついて魔法を放ち魔物の軍団の数をミルクは減らしていく。
(いずれカヤが来てくれるとは言え、これは少々辛いですね。まぁ、私ならやってやれないことはないんですが)
3体同時の魔法攻撃を、その巨体からは想像も出来ない機敏な動きでミルクは避けていく。突っ込んで来た1体の魔物にミルクは拳を叩き込んだ。また盾でガードしようと相手は動くが、構わずそのままミルクは殴りつけた。一撃に全力を込めてミルクは、その威力ある拳で相手を盾ごと吹き飛ばす。回り込もうとしていた残り2体を横目に前進し、吹き飛ばした相手に向かって追撃しようとミルクは迫った。
(まぁ、こう私が行動すると……)
後ろから2体の魔物が、魔法で攻撃を仕掛けてくる。
(ですよね~)
だが、ミルクは避けない。先ほど吹き飛ばした魔物に駆け寄り、即座にその身を掴んで盾にした。
(ちょっと強引ですけど、これぐらいしないと動けませんからねぇ。悪いんですけど)
1体の魔物に、2体の魔法攻撃が突き刺さる。致命傷ではないが、それでも大きなダメージが入った。仕上げとばかりに、ミルクの振り下ろしのパンチが相手に突き刺さる。魔物は、強力な打撃で地面に叩きつけられたがまだ辛うじて生きていた。
(げぇ~、意外とタフですね。結構、力を込めたんですけど)
ミルクは、残り2体の魔法攻撃が自分を狙ってくるのでその場から下がらなければならなかった。1体であったのならこの時点で既に追い打ちを打て止めを刺せていただろう。
(さて、もう一度同じ攻撃をしようにも……)
3体の魔物の行動は、その時よりより慎重なものになった。お互いを盾で守れる距離を維持しながら、ミルクに近づいてくる。
(厄介この上ないですねぇ。まぁ、結構3体でも相手出来ていますし。このままカヤさんが来るまで待ちますか。……あ)
残りの魔物を確認しようとミルクは、辺りを見回した。すると転移ゲートの方からまた同じ聖魔級魔物が2体ほど出てきているのを目撃した。
(……う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!!勘弁して下さいよ!!)
唯でさえ厄介な魔物が増えたことによりミルクの心境は、最悪の一言だった。普通ならば、この時点で撤退を考える。圧倒的不利な状況に追い込まれる可能性が高いからだ。だが、ミルクの思考は違った。人数は増えたが立ち回り次第では、相手の攻撃をいくらか防げる。不利ではあるが持ちこたえられなくはないだろう。自分は、一番大事な人にここを任せろと言ったのだ。ならば、必ずやり遂げてみせる!! そう思った時、ミルクの心に大きな火が燃え上がった。その心に燃えた火は、ミルクの身体に積み上がった力への最後の後押しとなった。
(えっ!!ええ~~~~!!!!ちょ、ちょっと!!今ですか!!ちょっと待った!!ご主人様が近くにいないのに、こんな時に進化なんて!!ああ、でも駄目だ~~!!私はなるんだ!!心を強く持て!!!!よし!!やってやるぞ~~~~!!!!)
強烈な気合の声を上げて、ミルクの身体は光りに包まれた。敵の魔物は、その光を警戒して攻撃出来ずに立ち尽くしている。次の瞬間、ミルクのいる場所に存在していたのは。
「モ~~」
……牛だった。特別大きいということはない。唯の牛だ。だが、全身がまるで土で出来たかのような姿をしている。しかし動きは、完全に生きている牛そのもので、それ以外の何物でもなかった。
「……」
ふっと、その牛が何気なく地面を蹴る。すると、一瞬で敵聖魔級魔物の目の前に移動した。そのまま身体ごと移動の衝撃を殺さずに牛は相手にトンッと触れる。……次の瞬間、その攻撃を受けた聖魔級魔物が潰れた。その場で立ったまま、身体が巨大な力で押されたかのようにぺしゃんこになりそのまま黒い霧となって魔物はその生命を終わらせる。
「モ~~」
その牛がいる場所ではない別の場所から、また牛の鳴き声が聞こえて来た。その数は、次第に増え最終的に10頭の土色の牛がその場に現れた。その牛達が一斉に動き出す。その場にいた数百にもなる魔物の軍団は、一瞬にして牛達に潰されていった。ただの1人も残さず牛達の突進に巻き込まれて黒い霧となっていく。まだ転移魔法でこちらにくる魔物もいるが、来たらすぐ潰されていた。敵は、土色の牛に対して何も行動を取ることが出来ない。牛達は、圧倒的だった。
「はぁ~~、やれやれ。まさかご主人様がいないところでこうなるとは……」
その声は、ミルクが居た土の下から聞こえてきた。
「まぁ、でもこの姿を一番最初に見せるのは、ご主人様と決めていますからねぇ。敵には悪いですが、魔法の牛で我慢してもらいましょう」
ミルクは、自分の手を握ったり開いたり顔を触ったりしている。勿論、大事な胸も確認済みだ。ミルクは、ただニヤけるだけだった。遂に、遂に成し遂げた!! ミルクの心は、歓喜で満たされていた。
「フヘヘ、これでご主人様と……。ハッ!!おっといけません。妄想する前に、ここの防衛を終えねば。一応、気を抜かないに越したことはないですからねぇ」
そうミルクは言うが、もはやこの場にミルクの相手を出来るものはいない。それ程までに、ミルクは強くなっていた。すでにミルクは、進化前でさえ聖魔級を相手に出来る力をつけていたため、当たり前といえば当たり前なのだが。それ程に、今のミルクの力は絶大だった。ベイが従える魔物の中で、今の彼女は間違いなく最強と言ってもいいだろう。もっともそれは、ここ数分間の間だけのことであったが。
「お~~い!!ミルク~、どこ~~?」
「お?カヤ~~、こっちですよ~~!!」
カヤが声を頼りにやってきたが、そこにいたのは茶色い牛だった。
「え、ミルク?」
「ええ、まぁ。ちょっと今は、訳あって本体をお見せするわけにはいきません。あ、別に怪我をしたとかではないのでご心配なく。今は、楽勝ムードでお片づけ中ですね」
カヤが転移ゲートの方を見ると、茶色い牛が次々と魔物を潰していっていた。異様な光景にカヤは、呆れたような表情を浮かべる。
「後は、ご主人様達待ちですかね。おっと、そうだ!!念話で連絡しましょう」
ミルクは、念話でベイに連絡を取ることにした。
「(あ~~、あ~~、こちらミルク。ご主人様、聞こえてますか~~、どうぞ~~)」
「(お、ミルクか!!お前、まさか……)」
「(ふふっ、お察しの通り。ああ、お陰でこっちが楽勝ムードなので、カヤをそっちに召喚してもいいですよ。こっちは、私1人で十分ですので)」
「(わ、分かった。う、うん?……ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ、熱い!!熱い!!ミズキ!!援護を!!!!)」
「(ご、ご主人様!!大丈夫ですか!!!!)」
「(あ、ああ、大丈夫だ。ちょっと魔石がな。これは……)」
その理由は、数分前に遡る。