ニンジャ・ミズキ
「どうした、これで終わりじゃないだろ?」
ミズキは、蝙蝠男を見るが彼は起きあがったまま動かない。
「ふふっ、ワ~~ハッハッハ!!いや、すまねぇ。勘違いさせちまったみたいだな。これが俺の全力で俺がクソ弱えと。ククッ、悪い悪いちょっとお前らを舐めすぎてたみたいだ。今から見せてやるよ。その考えがどれだけ笑えるかってことをよ!!!!」
その瞬間、蝙蝠男の魔力放出量がいきなり膨れ上がった。闇属性の高密度な魔力が蝙蝠男を包みその力を強化していく。その魔力は、炎のように蝙蝠男の周りを揺らめき漂い始めた。その光景は、異様で膨れ上がり何倍にも大きくなった蝙蝠男の力の強さを象徴しているようにも見えた。
「……」
(ば、化け物!?)
「へっ、言葉もでねぇってか。さぁ~てここからは、俺の一方的ないじめになっちまうがよお。悪く思うなよ。さっきまでは、手加減してやったしなぁ!!!!」
蝙蝠男が一瞬で移動し6人のミズキの胴体を真っ二つにする。そのあまりの速さに、ミズキもカヤも反応すらできずにいた。
「ミズキ!!」
「ああ、弱え弱え。さて次は、お前だな……」
蝙蝠男は、カヤの方を向いた。カヤは、棒を構え全神経を集中させる。しかし。
「これで殺したつもりか?」
まるで笑うようなその声は、どこからともなく聞こえた。蝙蝠男がその声に反応して辺りを見回す。だが声の主は、見つからない。その瞬間、蝙蝠男の腹部に鈍い痛みが走った。痛みに反応して蝙蝠男が背後を見ると、ミズキの持った刀が蝙蝠男の腹部に突き刺さっていた。その瞬間蝙蝠男は、すかさず腹筋を締めてそれ以上の刀の刺さりを防いで致命傷を回避する。だがそれでも傷口からは、蝙蝠男の血が滴り落ちていた。
「この、死にぞこないがぁ!!!!」
蝙蝠男は、ミズキを鋭い爪の突きで刺し貫き腹部に穴を開ける。その時蝙蝠男は、違和感を感じた。先程蝙蝠男は、6人のミズキを一瞬で真っ二つにした。しかし今戦っているミズキには、傷跡らしい傷が一つも残っていなかった。
「だから、その程度かと言っているんだ!!!!」
蝙蝠男に刺されたミズキは、笑みを浮かべる。すると、青い閃光を放ってその姿勢のまま爆発した。
「グアァアアアアアアアア!!!?」
「……」
超近距離で発生した威力のある爆発に蝙蝠男もたまらず悲鳴をあげる。そのあまりにも異様な光景にカヤは、言葉を失っていた。皮膚を焦がしながらだがなんとか爆発を耐えしのいだ蝙蝠男は、体勢を立て直す。そして、自身が吹き飛ばされてきた方向へと目を向けた。そしてその目に映る者を見て驚愕する。
「どうした、悪夢でも見たような顔をして?」
先ほど蝙蝠男が真っ二つにしたミズキ達が、触手で下半身を拾いそのまま上半身と合わせて傷口を再生させていた。残った5人のミズキが、まるで何事もなかったかのように立って笑っている。
「て、てめぇ……」
「……」
「ミ、ミズキ、あ、あんた。なんともないの?」
カヤは、心配と驚きの混じった声をかける。ミズキは、視線をカヤに向けゆっくり首を縦に振った。その顔は、強さを増した蝙蝠男との戦いに対してでさえ余裕があるかのように見えた。
「こ、このクソ野郎が!!なめてんじゃねえぞ!!!!」
蝙蝠男が再びミズキを攻撃しようと迫る。あまりにも速く鋭い突きがミズキ目掛けて放たれた。一度目の突きは、そのままミズキの刀に防がれた。防いだ刀は、突きの衝撃で亀裂が入り刀身が欠け破損する。防がれはしたがそれに構わずミズキを貫こうと蝙蝠男は、2回目の突きを放った。しかし、その一瞬の内に残り4人のミズキが蝙蝠男に刀を突き刺してその動きを止める。
「グオッ!!邪魔なんだよぉぉおおおお!!!!」
刀を粉砕されたミズキのみがその場から飛びのいた。残りのミズキは、蝙蝠男の横薙ぎの一閃で切り裂かれてしまう。だが傷を負ったミズキ達は、そのまま笑みを浮かべてその場で爆発した。
「グワァアアアアアアアア!!!!」
先程よりも威力を増した4人分の爆発が蝙蝠男を包みこむ。蝙蝠男の皮膚は、焼け爛れて変色し始めていた。だが、そのような状態であるのにも関わらず蝙蝠男は笑っていた。
「……何がおかしい」
「フフッ、これでてめぇは残り一人だ。そうだろう」
「なんだ、そんなことか」
その瞬間、蝙蝠男は、何者かに背後から刺された。痛みに驚き蝙蝠男が振り返るとそこには、また別のミズキがいた。蝙蝠男がまた爪でそのミズキを真っ二つにする。そして爆発を警戒して飛び退いた。だが、飛び退いた先でまた別の攻撃に襲われた。今度は、反応して攻撃を爪で受け止める。見ると、その攻撃を仕掛けてきた人物もまたミズキであった。そのミズキは、ニヤッと笑うとそのまま蝙蝠男を巻き込んで容赦なく爆発する。
「ウワァァァァァ!!!!」
蝙蝠男は吹き飛ばされた。この中で一番強力な力を持つはずの彼が、今この場で一番傷を負っていた。この中で圧倒的に強いはずの彼が、しかもこの場で一番力のない筈のミズキの手によって。蝙蝠男は混乱していた。何故自分が追い詰められているのか? 何故相手は死なないのか? 恐らく魔法であると蝙蝠男は頭の中で思考する。だが、それがどのような魔法であるか明確な答えは導き出せずにいた。魔法を使っているのならば、どのような魔法であるか分かれば対策が立てられる。そしてこのミズキの異様な強さを作っている原因が魔法でないはずがない。相手が魔法すら使わずに不死身であるなど有り得ない話だからだ。現に、彼の友人に自身は不死身だという魔物もいたがその力には理由があった。彼は、その友人とミズキを照らし合わせて考える。友人は、自身の本体を霧状に変化させて傷を無いものとして再生させていた。しかしミズキは、違う。友人のように身体を、なにかに変化させて退避しようという動きが見られない。今まで戦ってきたミズキは、使い捨てにしても良い何かだと蝙蝠男は考えた。つまり本体のミズキは、別に存在している。
「へっ、そういうことか……」
「……」
「てめぇは、こそこそ隠れて様子を見ているわけだ。そうだろう!!!!」
ミズキは答えない。鋭い目で蝙蝠男を見つめている。先ほど真っ二つにしたミズキが修復を終え、そのまま残っていたミズキの隣に立った。カヤは、その光景を見て思う。不気味だ。ただただ不気味だった。だが彼女が自分の仲間であると思うとその安心感は、とても高いものだった。そのミズキが後ろにいる自分を見て念話を飛ばしてくる。……カヤは、その言葉を聞いて頷いた。
「……黙ってても別に構わねえぜ。もう、構わねえ」
蝙蝠男がより強く魔力を練り上げ始めた。その魔力量は、蝙蝠男が自分を神魔級だと言ったのを証明するのに十分な程規格外な大きさの魔力量であった。
「この一帯ごと吹き飛ばせば、関係ねえからなああああああああああああああ!!!!」
その瞬間、強大な闇の魔力が蝙蝠男の内側から放出された。そのまま球体を維持してその魔力は、大きく広がっていき強大な闇で周囲を覆って破壊していく。風属性中級迷宮のボスエリアを覆う大きな風の魔力の壁でその力はボスエリア内には届かなかったが。その闇魔法は、一瞬で風属性中級迷宮の3分の1を破壊した。魔力によって大きくえぐれた地表に蝙蝠男は降り立つと、満足気に笑みを浮かべる。辺りには、さっきまで存在していた木々や石さえなくなっていた。
「……」
「なっ!!」
その時、蝙蝠男の首から刀が突き出してきた。何もなくなったはずの蝙蝠男の背後で、ミズキが刀を突き立てている。有り得ないと蝙蝠男は思った。
「そ、そんな馬鹿な……」
「気を抜き過ぎだな」
「へっ、だがこんな攻撃をいくらしても、俺は殺せねえぜ」
口元から血を流しながら蝙蝠男はそう言う。
「……なにも私が攻撃する必要は無い」
その瞬間、えぐれた地面下から一気に巨大な炎の魔力が噴き出してきて地面を吹き飛ばした。全身に炎の魔力を纏い、カヤが地面下から飛び出して蝙蝠男目掛けて駆けていく。
「くっ、くそ!!?」
蝙蝠男は、躱そうと身を捩るが。
「……」
足元から2体のミズキが地面から出てきて蝙蝠男の足目掛けて刀を突き刺した。それによって蝙蝠男は、痛みに一瞬動きを止める。
「これで……」
「おわりだあああああああああああああああああああああああ!!!!」
その時、カヤの全力の一撃が蝙蝠男を捉えた。強大な火の魔力を棒先に込め自身も火の魔力で攻撃力を上げたその全力の一撃が蝙蝠男目掛けて振り下ろされる。その一撃は、ガードした蝙蝠男の腕ごと蝙蝠男の身体を容赦なく真っ二つに両断し断ち切った。棒先に宿っていた火の魔力が真っ二つになった蝙蝠男の身体を包み焼却していく。
「クッ、クソガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!」
最後の悲鳴を上げると蝙蝠男は、一瞬で炭となってその場から消えた。その光景を見届けると、2人のミズキが消失。後には、ミズキ1人とカヤが残った。
「ありがとうミズキ。助かったよ」
「いや、気にするな。私達は、仲間だろ」
そう言うとミズキは、優しく微笑んだ。その顔をみてカヤも笑みを浮かべる。
「ところでなんだけど、結局本物のミズキはどこにいるの?」
「なんだ、そんなことか……」
カヤには、疑問だった。ミズキは、ベイと一緒に転移魔法陣を発動させた敵を倒しに行ったはずだ。ミズキも転移魔法が使えるので戻ってきても不思議ではないが。実際どこにいるのかは、まったく見当がつかない。聞かずにはいられなかった。
「私はまだ、殿と一緒にいるが?」
「……はい?」
「だから本体の私は、今も殿と一緒に転移先で戦っているんだ。魔法陣内に入る敵を食い止めるためにな」
「えっ。で、でも、そんな遠く離れてて魔力をこっちでコントロール出来るはずが……」
「ああ、私もそう思ったんだが。私の特殊な転移魔法を応用して長距離魔力操作が可能になった。勿論、操作に少し時間差が出来るがそこは、数を増やすことと相手の出方を見ることでなんとでもなる」
カヤは、驚愕していた。蝙蝠男に勝ち目などなかったのだ。ここにいるはずのない相手と戦っていたのだから。
「ところでどうだ私の水分身は、よく出来ているだろう。これと長距離魔力操作が出来たのも、殿の発想のお陰だ。あの爆発も水魔法の応用なんだ。ふふっ、殿はすごい御方だよ」
いやいや、すごいのあんただから。というカヤの心のツッコミは、ミズキに届くことはなかった。
「さてカヤ。疲れているだろうがミルクの手伝いを頼む。私も殿の護衛に集中するからな」
「うん、分かった。任せといて!!」
そう言うと、ミズキは消えた。カヤは、ボスエリアを目指して急ぎ足で飛んでいった。
*
その少し前。
「(うおおおおおおおっと、たく、まさかこんなキツイ展開になろうとは……)」
最初こそ軽快に敵の軍団を押し潰して回っていたミルクだったがその状況は、今は一変していた。今のミルクの目の前には、ミルクにダメージを与えることの出来る魔物が3体存在し身構えている。
(恐らく聖魔級魔物ですかね。レムとの特訓がないと、もうやられてたかもしれません。まぁ、レム並みに強くないのだけが救いですが……)
ミルクの目の前にいる3体の魔物は、ミルク程ではないが大きな鎧だった。スマートな姿は、レムと全く違う形ではあるが同じ黒色をしている。剣と盾を持ちミルクに今は、軽傷ではあるがいくつか傷を負わせていた。傷を見てミルクはため息を吐く。正直、一回撤退して様子を見たい。だがミルクは、その場で戦い続けていた。
(ご主人様に約束しましたしね)
土魔法で周りの雑魚を潰しながらも3体の魔物をミルクは相手にしていく。3体の強力な魔物の攻撃を同時に相手にするのは、さすがのミルクであってもガントレットで防いだり躱すのが精一杯だった。だが、敵の攻撃の僅かな隙をぬってミルクは、確実に魔法を撃って敵の数を減らしていく。
(さて、どうしたもんですかね。まぁ、潰れてもらうのは確定なんですけどね)
その時、辛い戦いをするミルクの中で、今まで望んでいた物が形になりつつあった。