青い散火
それは、青い炎の弾丸。回転しながら迫る炎の渦を、カヤは躱すこと無く受け止めた。いや、避けられなかったのかもしれない。先程追ったダメージが、カヤの動きを鈍らせ、結果としてガードのみを選ばざる負えなかったのかもしれない。青い炎がその回転を増しながら、カヤの周りを焦がしている。俺たちには、カヤがどうなっているのかすら見えない。
「ご主人様、まずいんじゃ!!」
「くっ。だが、カヤが諦めたようには見えない!!」
カヤは、本当に駄目な時は、すぐにマジ無理~!! とか言ってくるはずだ。先程までのカヤは、そんな表情をしていなかった。だから、何か手があるはずだ。
「声すらだすことが出来ずに、燃え尽きたか」
「殺した?」
「倒したかも?」
「ざまぁないぜ!!」
「いや、火が消えていない。まだ居るぞ」
「時間の問題でしょう。ふぁ~あ。私、もう寝ていい?」
青い炎の回転が、徐々に緩やかになっていく。それと共に火がおさまっていき、敵である彼女たちはカヤが燃え尽きたと確信したようだった。だが、俺には分かる。何故なら、俺と彼女には繋がりがあるからだ。
「すぅ~。ああ~、しんどい!!」
その声は、炎の渦の中から聞こえてきた。残っていた青い炎が、その声と共に逆回転を始める。その回転に合わせて、青い炎は霧散して消えていった。その中心地点で、カヤは棒を上に構えて猛烈なスピードで回転させている。その回転が、青い炎の回転を上回り、霧散させたようだ。
「よっと!!ああ~、辛かった。息できなかったのしんどいわ」
「ほぅ。あれをくらって生きていたのは、お前が初めてだ」
「それはどうも。で、考えたんだけど。どうもあたし、あんたを甘く見てたわ」
「……」
「ほんと、時間が経過するだけ厄介になるとは思ったけど、ここまで早く合わせてこれるとは思わなかった。まるでレムみたい。レムのほうが早いけど、それでも十分早い学習速度よ。あ、これ褒めてるから。だから、結論ね……」
カヤは、再び棒を構え直す。
「一撃で、ケリを着けなきゃ駄目ってこと」
カヤから、一切の無駄な動きが止まる。まるで石像のように、その構えは美しくブレがない。そして、素人が見ても分かるほど、異様な集中力をカヤが発揮しているのが分かった。相手を、まるで視線で射抜きでもするかのように、カヤは睨みつけている。
「確かに、カヤの言うことも最もだ」
「そうだな、レム。最初はカヤの攻撃に、相手は反応すら遅れていた。だが、戦っているさなか、途端に相手はカヤの動きを見切って攻撃してきていた。あの対応力は異常だ」
「それでいて、カヤの動きを真似てカヤの内部に衝撃を相手は送り込んできました。あれは、素人が試しに放ったような一撃ではなかった。まるで、やり方を理解しきってから放ったような一撃だった。この短時間で、敵はカヤの技を分析し、それを己のものとした。それも見稽古で、戦闘中に。有り得ない対応力です」
センスがいい。と、言ってしまえばそれまでだが。何もせずに、見ただけでそれを実行できてしまう者は少ない。まして、対応できていなかったものに対応することなど、それは進化に等しいのじゃないか? もしかして、それが彼女たちの能力なのだろうか?
「ふんっ。で、どうする?一撃でケリをつけるだと?その傷を負った身体でか?それこそ、私達を甘く見ている」
「そう、何か引っかかってた。あんたとは、戦うのが二度目な気がする。だけど、何か違和感があった。それが今、分かったわ」
「ほう?」
「あんたら仲間だし、動きが似ててもおかしくないかなと思ってた。だけど、癖っていうの。そういうのが、本来生物にはあるわけ。完璧に同じ動きをできるなんて、早々無理。だけど、あんたの動きには重心の傾きや、足の配置。力を込める挙動。それらが、あそこのあんたのお仲間に似ている。いや、完璧に同じに見える瞬間があった」
「……」
「それで本来一人を相手にしているはずなのに、まるで複数の別人をその場で相手にしている気分になった。戦いのリズムが変わるんだもの。ちょっとやりづらかったわね」
「だから、何だと言うんだ……」
カヤは、その問いにニヤリと笑う。
「別人じゃないとしたら、全部あんたの挙動であるとしたら、あたしは納得できる。どの動きも自分のもの。それなら納得できる。その学習速度も、対応速度も、仲間のぶんあんたが力を発揮しているのだとすれば、だいたいそれぐらいじゃないかな?」
「おかしなことを言うものだ」
「あんたは隠せても、あんたのお仲間の一人は汗かいてるみたいだけど」
「あっ……」
俺たちも見ると、確かに敵の中の一人が汗をかいている。
「正体現しなよ、8本腕。あんたは一人。ここに居る全員であんた。あっちに居るのが腕担当。あんたが主体担当ってところでしょう。9の人格と力を併せ持つ魔物。それがあんたの正体だ」
「……火はな、飛び散っても火だ。そこに境目もなく、隔てもない。集まれば大きくなり、散り散りになれば小さくなる。それだけのことだ」
「要は、出来るってことでしょう。あんたらも、一体化を」
「一体化?確かに、言葉の意味としては通るかもしれない。だが、私達はもとより一つだ。己のうちから、弱い自分を消していった。そして力を受け継ぎ、お互いに長所を育て、今ここに居る。私達は、お前の言う通り、1人であり9人だ」
「自分で、殺し合って強くなってきたって訳」
「言ったろ。弱い私達だったんだ。消えるのを決めるのも、私達自身だ。殺し合いではない。高め合いの中、付いてこれなくなった私達自身が消えるのを決断するのだ」
敵は、カヤを見据えて構える。一体化する気配はない。
「私達の名はプローヴァ。この山であり、魔力で出来た火そのものだ。だが、個々がこれほどまでに自我を持った今となってはそれも総称にすぎない。そうだな、シリルと名乗ろう。シリル・プローヴァ。それが私達の名前と、総称だ」
「名前と、総称って同じじゃない?プローヴァでいいんじゃない?」
「いや、そちらには今までの仲間も含まれる。私達9人が、シリルだ」
「ああ、そういう事。チーム名みたいなものってことね」
「そういう事だ。さて、私達の集合体が見たいと言ったな」
「そうね。それを倒すのが、今回の目的だし」
「なら、私に本気を出させてみろ」
「……あんた、消えるよ。マジで」
赤い火の魔力と、青い火の魔力が高まっていく。カヤと、シリルと名乗った魔物の魔力が余波となって空間に溢れ出し、大地を焦がしていく。2つの魔力が空中でぶつかり合い、2人は、お互いを睨みつけていた。




