戦う勇気
「優しくっすよ、ロロちゃん。優しく」
「優しく」
丁寧、と言って良いのだろうか。ロロの手のひらが、ゆっくりと俺の肌を滑っていく。……めっちゃ腹筋触ってくるなぁ。
「そうそう、上手っすよ」
手本を見せているはずのシスラの方だが、こちらは手のひらを使っていない。まるで、指を滑らせるかのように、俺の肌を触っている。洗っているというか、撫でるようだ。いやらしい。率直に言うと、エッチ。
「固い」
ロロさん、腹筋に力を入れて形を変形させようとするのやめて下さい。痛いです。つままないで下さい。
「ベイさん、鍛えてるっすからね」
そう言いながら、シスラは洗うのをやめて、俺の耳元に顔を近づけてきた。声も何処か甘い。そのまま、抱きしめるかのように俺の前に手を回して、胸筋辺りに手を乗せてくる。 ……何なんですかね。完全にイケナイお姉さんじゃないですか、シスラさん。いや、俺が敏感に反応しすぎているだけなんだろうか? いや、でもなぁ。見ているミエル達も、顔を若干赤くして見ているしなぁ。どう考えても、シスラが悪乗りしすぎている。そろそろ、止めるべきだろうか?
「あ、ロロちゃん、顔が赤いっすね」
「?」
「うん、そうだな。のぼせてきたか?」
シスラの声に、ロロの顔を見ると、確かに顔が赤くなっていた。お風呂場から、出たほうが良いかもしれないな。
「そろそろ上がるっすか、ロロちゃん」
「平気」
「いや、こういうのは、知らない間に体力を奪われていくものだ。今のうちに、あがったほうが良い」
「そう?」
「そう」
「なら、あがる。流してから」
「いや、そこはお姉さん達がやっておくっすよ。ほら、ロロちゃんは、先上がりましょうね」
「……分かった」
シスラに手を引かれて、ロロは脱衣所へと移動する。その動きを見届けると、ミエルとシゼルさんが、俺にお湯をかけてくれた。泡が流されていく。ふぅ~、シスラが暴走しなくてよかった。そう思いながら、俺は立ち上がる。泡が体全体から消えたのを触りながら確認すると、俺も脱衣所に移動しようとした。
「ベイさん」
「ん?」
だがその時、手をミエルに引っ張られた。ミエルは、何か言いたそうに俺を見ている。次の瞬間、意を決したかのように、ミエルは俺に抱きついてきた。
「ベイさん……」
「どうした、ミエル?」
「ミエル様は、勇気が欲しいんですよ」
「勇気?」
「ええ、決戦前ですから。しかも、今回は私達が先頭に立って戦わなければなりません。ですが、私達はどちらかと言えば、皆さんのサポートでした。前衛は、ミルクさんや、レムさん達のほうが担当が多かったですし」
「ですから、少し緊張しているんです。こんな負けられない大きな戦場で、しかも前線。緊張しないほうが、無理というお話ですが。それでも、ミエル様や、私達は立派に戦わなければなりません。共に戦ってくれる、仲間達のためにも」
「ですので、緊張を少しでも払うべく、ベイさんから勇気を貰っているというわけです」
「……こんなことで、いいのか?」
「ええ、勿論。だって、ベイさんとともに戦えることが、私達にとっての、何よりの安心ですから」
「シゼルさんの、言う通りです。私、いえ、私達は、貴方がいたから、今、こうしていられるんです。特に私わ。だから、ベイさん。もう少しだけ、このままで……」
俺は、そういうミエルを優しく抱きしめた。すると、ミエルの表情が和らぐ。俺がミエルに勇気を与えられるのなら、これぐらいお安い御用だ。そう思い、俺はミエルを抱きしめていた。だが、そんな俺を更に抱きしめるように、シゼルさんと、サエラも俺に寄り添ってきた。
「私達も後衛ですけど、重要な役どころですし」
「これぐらい、良いですよね」
そう言いながら、2人は俺の肌に、自分の肌を重ね合わせてくる。お湯を浴びていないのに、とても暖かいな。俺は、優しい暖かさに包まれたまま、暫くこうしていようと思った。思ったのだが……。
「よっし、ロロちゃん上がらせたっすよ!!」
そんな中で、シスラさんが戻ってきた。絶対、ろくなことにならない気がする。
「本来なら、戦場に出る前に、貴方の赤ちゃんが欲しい。とでも言う場面っすが」
「シスラ、過度な運動は、お腹の子に悪いでしょう」
「そうっす。ですから、その手前ぐらいまでなら、OKっすよね」
「何故、そうなる!!」
「何故って、そりゃあベイさん。負けられない戦いが、目の前にあるからっすよ!!」
そう言いながら、豪快にシスラは、巻いていたタオルを脱ぎ捨てた。
「さぁさぁベイさん、ここに偶然、脱衣所に持ってきていたマット的なものがっすね」
「明らかに、確信犯だろ!!」
「とは言ってもっすよ、あっちにはロロちゃんもいる手前、あっちではちょっと暴れられないと言うか……」
「いや、今日はしないって選択肢は無いの?無いの?」
「そりゃあ、ないっすよ。何故ってそれは……」
そう言いながら、シスラがマットを敷いて、俺を座らせる。
「私達が、貴方と共に。愛する夫とともに、迷宮を守れるように。この絆を、確かめあっておかないといけないっすからね」
「シスラ……」
「こう見えて、私もちょっと心配してるんすよ。ほら、何するか分からない敵でしょ。ちょっと、引っかかるんすよね。だから……」
そう言うとシスラは、俺の唇にキスをした。
「私達に、勇気をくださいっす」
「べ、ベイさん、私も!!」
「では、私にも」
「私は、最後で構いませんので」
そう言われながら、俺は、四人の天使に押し倒された。そこで、数分間だけ俺達は、同じ時間を過ごした。それは短いけど、とても大切な時間だったと思う。俺達は、お互いの絆を確かめあえたように思えた。
「まだ、入ってる?」
「ほら、大人は洗う箇所が多いから、まだ時間がかかるんですよ!!ああ~、もうすぐ出てくるだろうなぁ~!!出てくるだろうなぁ~!!」
「……」
最後の方、ロロが戻ってこようとしているのを、必死にミルクが止めようとしていたのが、やけに印象に残っていた。