過ぎていく時
ミエルが考え込んでいるのを見ていたら、部屋のドアがノックされた。すると、おずおずと一人の天使が入ってくる。確か、フェーゼという天使だったかな。
「あの、こちらにロロちゃんはいらっしゃいますか?」
「いる」
「あっ、居たー!!」
そう言うと、フェーゼはロロ抱き寄せた。ついでに、ロロの腕に抱かれていたジャルクが、2人の間で苦しそうに暴れている。
「もう、心配したわよ」
「すまぬ」
「皆も心配してたんだから、行きましょう」
「えっ?」
そう言うと、ロロはちらっと俺を見る。
「行ってきなよ。仲間は大切にしないとな」
「夫の許可が出た。外出」
「はいはい。おませさんね」
そうフェーゼさんに言われ、ロロは抱きかかえられて部屋を出ていった。よかった、本気だと受け取られなくて。
「ミエルっ様、準備できたっすよ」
「殆どの防衛陣の設置、終わりました」
「ご苦労様、二人共」
入れ替わるように、シスラとサエラが部屋に入ってきた。もうおわったのか。速いな。
「これで、本当に敵の動きを待つだけになりましたか」
「そうっすね。ああ~、早くケリを着けたいもんっすよ」
「そうですね。長引くだけ、皆の不安が募りますから」
「にしても、本当に敵の動きがありませんね。何だか、不気味です。慎重派の敵、ということなのでしょうか」
「ミエル様、考えすぎっすよ。私たちにも戦う準備が必要だったように、敵にも戦う準備が必要なだけだと思うっす。それに、守るよりも、攻めるほうが難しいっすからね。普通は」
「そうですね。戦力を整えていると、考えましょう」
「そうっす。ま、私らの相手なんて、この迷宮を埋め尽くすだけの戦力でも足りるか分からないっすけどね」
「流石にそれは、きつそうですね」
「ま、シゼルさんが魔法で焼いてくれれば楽勝でしょう。さて、今は英気を養っておくために休むとするっすか。というわけで、休憩してきますっす」
「はい。サエラも、どうぞ」
「はい、行って来ます」
「いや~、久しぶりにこっちの自分ちのベッドで寝れるっすよ」
そう言うと、シスラとサエラは部屋を出ていった。そう言えば、こっちに二人の家はあるんだよな。そこで寝るのか。ゆっくりできそうだな。
「シゼルさんが戻ってきていないのですが、恐らく何か別の仕掛けをしているのでしょう。さて、これで一応の仕事は片付きました。私も、少し休むことにします」
「お疲れ様、ミエル」
「はい。ありがとうございます、ベイさん」
そう言うと、ミエルも部屋を出ていった。俺達も、することがなくなったのでミエルに続いて部屋を出る。そして、なんとなく城の周囲から、街全体を見渡すことにした。
「手持ち無沙汰だなぁ」
「本来ならば、戦争中というのは人手が足りなくなるもののはず。ですが、ここには優秀な人員が揃っているようです。我々の出番はなさそうですね。主」
「そうだな、レム。訓練でもしておくか」
「あたしも、そうしたほうが良いと思う。戦闘前に、身体動かすのは大事だし」
そう言うと、カヤは武器を出現させてストレッチを始めた。やる気だな。
「その前に、ミズキ。おかしな気配はないか?」
「はい。依然として、敵の気配はありません」
「そうか。じゃあ、体を動かすとするか」
そして数時間、俺達はいつも通りに体を動かした。地形が、変形しない程度に。そして、日が暮れていった。
「そろそろやめるか」
「そうですね」
「いい汗かいた」
カヤが、腕で汗を拭っている。健康的な身体に流れる汗、エロい。
「お、皆訓練っすか」
「お、シスラ。おはよう」
「おはようっす、ベイさん。って、もう暗くなってきてるっすけど」
「ゆっくり休めたか」
「ええ。久しぶりの一人寝は快適だったっす。ただ、やっぱ少し寂しさがあるっすね」
そう言うと、シスラも武器を出現させて軽く振り回し始めた。まるで、残った眠気を払うかのように。
「しょっと。ああ、やっぱり身体動かさないとダメっすね。事務仕事してばっかだと退屈で仕方ないっすわ」
「そうね」
「お、サエラも起きてきたんっすか」
「ええ、私も、少し動いておこうかしら」
そう言うと、サエラも弓を取り出して天空に向かって光の矢をいる。矢が加速して、空中にある雲をつらき、夜空に輝いて消えた。
「やっぱり、この辺りに来てはいないみたいね」
「今の、空中に敵がいるのか確かめるために撃ったんっすか?」
「雲の中とかに、ひっそりといるかもしれないでしょ」
「おちおち、空すら眺めていられないんっすか」
そういうシスラの横で、サエラは次々と空に浮かんでいる雲を射抜いては晴らしていく。あっという間に、迷宮内の頭上にある雲がなくなっていった。
「こんなところかしらね」
「ほんと、強くなったっすよね。サエラ」
「シスラもね」
2人は、お互いに微笑んでいる。仲がいいな、この2人わ。そう思いながら、俺は雲がなくなった空をしみじみと眺めていた。その時、横の方から何かの足音が聞こえてくる。
「帰ってきた」
「おかえり、ロロちゃん」
ロロが、俺の足にぶつかり気味に抱きついてきた。その後を追いかけるように、フェーゼが走ってきている。
「ロロちゃん!!」
「外泊許可の申請はしてきた」
「そういう問題じゃありません!!」
「何故。皆に納得させた。フェーゼさんにも言った。落ち度なし」
「いい、ロロちゃん。ベイさん達は、お忙しいの。だから、邪魔しちゃダメよ」
「邪魔しない。そばにいるだけ。家族、大事だから」
「……そ、そうね。でも、お仕事の邪魔になるんじゃないかしら。そばにいることが」
「大丈夫ですよ、フェーゼさん。この子は、俺達がお預かりします」
「え、そ、そうですか」
「はい。他の子達には、そう伝えておいて下さい」
「……分かりました。ベイさん達なら大丈夫かもしれませんが。戦闘が始まった時、この子のことをよろしくお願いします」
「はい」
「それでは」
そういうと、フェーゼは戻っていった。フェーゼはフェーゼなりに、子供たちの安全を考えているんだろうな。責任感のある女性だ。
「優しい人。でも、ちょっと口うるさい」
「戦争中だからな。仕方ないよ」
「そういうもの?」
「ああ、そうさ」
俺がそう言うと、ロロは俺から離れて手に光の魔力を集中させる。すると、ロロの手に武器が出現した。それは、薙刀と呼ばれる種類の武器だった。
「私に、もっと力があれば……」
そう言うと、ロロはジャルクを置いて武器を振るう。子供とは思えない動きで薙刀をロロは振るうが、やはり力がないのかスピードがあまりない。魔物でも、やはり子供の時は十分な力を発揮できないんだなぁ。
「お、上手っすねロロちゃん」
「打ち合いも出来る。する?」
「なら、お姉さんが稽古つけてあげるっすよ!!」
「よろしくお願いします」
俺達が見ている前で、シスラとロロが模擬戦を始めた。ロロの攻撃を、軽々とシスラはいなしていく。その光景を、微笑ましげに俺達は見ていた。