生態観察
その日は、アリーを家まで送っていくことにした。シルフを胸元に隠し、これからのことについて歩きながら話す。
「召喚魔法の専門書、うちにあったかな?」
「専門的な本は、うちでも見たことがないわね。ちょっと探してみるわ。あれば、明日持ってくるわね」
アリーには、帰りがてら俺の家も紹介しといた。これからは、特に用事がない時は1日おきに練習場を使って魔法の練習とそれぞれの魔法研究の発表をしようということになった。アリーの家は、俺の家から歩きで30分離れたところにあるらしい。王国の端の方の俺の家より高い位置にあるアリーの家からは、練習場の掃除の時に空中に舞い上げた雑草が見え。それを目印に練習場にやってきたという。行動力あるなぁ。
「ちょっと、退屈してたのよね。毎日魔法練習ばっかで充実してはいたんだけど、変化が欲しかったというか。そしたら、ちょうど面白そうなことやってそうな気配の景色をみてね。暇つぶしに、外出してみたわけ。あ、ここよ。ついたわ」
アリーの家は、うちより大きく豪華だった。アリーのお祖父さんは、この国の王国魔術師筆頭的な存在らしいからかなりお金を持ってるんだろうなぁ。羨ましい。
「それじゃあ、明日は魔法の練習をしましょう。私から出向くから、迎えに来なくてもいいわ。今日覚えた移動方法なら、ベイの家まですぐだしね」
ひらひらと腕を振って別れの挨拶をする。
「本、見つけたら持って行くわね。また明日、ベイ」
「また明日、アリー」
胸からちょっと這い出したシルフも手を振る。2人で、うちに入っていくアリーを見送った。ぎりぎりまで腕を振って可愛い笑顔を、アリーは俺に向けてくれる。いい子だなぁ。そして、アリーの姿が見えなくなるまで俺達は手を振っていた。さて、俺もうちに帰ろう。
*
うちに帰ってきたが、問題はここからだ。まずシルフは、一般的には魔物で人を襲うとされている。初級難易度の風属性迷宮では、冒険者を襲う第一関門として有名だ。小さいため攻撃が当てづらく、さらに速い。シルフたちに撃たれた魔法攻撃が、初めてその身に受ける魔法攻撃の冒険者も多いだろう。
「一般的には、危ない魔物なんだよなぁ。カエラやノービスが、なんて言うか……」
迷宮にいる魔物は、野生に生息している魔物よりも縄張り意識が強いのか戦闘をすぐに仕掛けてくる。野生育ちのシルフとはいえ、本で得た情報を見る限り危ないイメージの方が強いだろう。
「うちに帰っても、大人しくしといてくれよ」
胸の中のシルフに向かって言うと、可愛く頷いていた。やはり、言葉が通じているようだ。これは助かる。
「ただいま~」
「あら、お帰りベイ」
カエラに軽く帰宅の挨拶をしてから、いそいそと移動する。そして目的の物を探すべく書斎を歩きまわった。召喚魔法の本を探すためだ。結論から言うと、召喚魔法の専門書はなかった。
「母さん、母さん」
「うん?どうしたの、ベイ?」
「召喚魔法の専門書ってある?」
「召喚魔法?う~ん、確かうちにはなかったと思うけど。母さんも習ったことないから、詳しいことは分からないわねぇ」
う~ん、やっぱりないのか。ノービスが持っている可能性もあるが、王国魔術師の家の本棚に普通に無いとなると余程使われてないのかもしれないなぁ。
「ベイが読みたいって言うなら、今度買ってきましょうか?」
「え、いいの?」
「うん。息子が積極的に学ぼうとしているんだもの。問題ないわ」
「じゃあ、お願いします」
意外とスムーズに買っていただける流れになった。とはいっても、明日まで契約は無理そうだな。俺は、それまで部屋でシルフの生態でも調べることにした。
「ふふ、一緒にいた女の子に格好つけるためかしらね。あの子も、隅に置けないわ」
アリーを送る所をひそかに見ていたカエラは、アリーの魔術服を思い出して考えた。きっとあの子が、ベイに召喚魔法を使いたい!! とでも言ったのだと。息子の恋は、応援しなきゃ!! 無駄に気合を入れるカエラであった。
「シルフって、なにを食べるんだ?」
魔物といえども生き物だ。飲まず食わず、ということはないだろう。と、図鑑とにらめっこしているが、肝心なことが書いていない。
「シルフ、君は食事をしないのか?」
先程から、ゆったりと空中を漂っているシルフに聞く。人差し指を顎下に当てて、きょとんとしていた。……まさか、本当に食べないのか? 暫くして、図鑑にある精霊の項目を眺めていると、精霊は大気中の魔力を吸収することで生活していると考えられる。という項目を発見した。なるほど、これが正しいなら本当に飲まず食わずで大丈夫なわけだ。
「すごいな」
図鑑を置いて、近くに来たシルフを手のひらで受け止める。指先で撫でてあげると、可愛い顔を気持ちよさそうにしながら、指にひっついて来た。食費もかからず、言葉も通じる。そして、この抜群の癒し力。迷宮の悪評がなければ、大人気だろうなぁ。
「よしよし……」
その日の残りは、暇さえあればシルフと遊んで過ごした。まだ契約していないとはいえ、彼女が召喚魔法での第一の相棒になる。お互いのことを、よく知っておくべきだろう。名前とか、考えたほうがいいのかな? 疲れて眠ってしまったシルフの顔を、眺めて俺はそう思うのだった。