物理的ファンタジー
「さて、これでまた一つ、迷宮が安全になったっすね」
「そうね」
「そうだ。ベイさん達は、一旦家に帰られたらどうっすか?サラサさん達も、心配しているでしょう」
「ん、ああ、そうだな」
「……何か、心配事でもあるんすか?」
「聖魔級と神魔級。確かに、その2つには大きな実力の差がある。だが、それでも一体も倒せないほどの実力差が、あるものなのか……」
「うーん、そうっすね。鎧で武装してたらしいっすし、単純に防御力が高かっただけじゃないっすか」
「そうなのかもな。そうかもしれない。だが、鎧なら鎧でその隙間を突いて攻撃するとか方法はあったはずだ。それすら出来なかったのか。あるいは、それでも駄目だったのか」
「ベイさん、何か思い当たる節でもあるんすか?」
「いや、直前まで幽霊と戦っていたんだ。そういうことも、あり得るかもしれないと思ってな」
「なるほどっすね。敵は鎧をつけた実態のない幽霊。あり得なくはないかもしれないっす」
「とすると、物理攻撃は効かないかもしれない。それなら、合点がいく。本体の霊体自体にダメージが入らないのなら、敵は攻撃の手を止めないし、消えることがない。それなら、一体も倒せないという事が起こってもおかしくはない」
「冴えてるっすね、ベイさん。敵に攻撃する時は、魔法を纏わせて攻撃するっす」
俺は、そのシスラの言葉に押し黙る。そして、逆の可能性を思い浮かべた。もし、霊体でもないのに、武器などの衝撃を完全に受け止めることが出来るとするならば。もしかして、それは……。
「大変だああああ!!」
その声は、迷宮の外から帰ってきた天使の一人のものだった。その天使は、小脇に、別の天使を抱えている。その姿は、激しい戦闘をしたかのようにボロボロだった。その天使を抱えている天使は、一目散に城を目指して飛んでいく。その光景を、白い竜が飛んできて、まっすぐに見つめていた。
「……なんか、おかしくないか」
「え?」
「その通りです、ご主人様。行きましょう」
そうシデンが言い、俺達はシデンに続いて、先程の天使が向かった先へと移動する。すると、回復魔法をすぐにかけるようにその天使は、辺りの城の兵士たちに促していた。
「待て」
俺がそう言って、近づこうとしていた天使を止める。すると、その天使は止まったが、一人の少女が傷ついた天使に向かって近づいていった。
「族長」
「ロロか。よくぞ、無事で……」
族長と呼ばれたボロボロの天使は、息も絶え絶えにそう言う。だが、俺は手で周りの天使たちに近づくなと、手を伸ばして止める動作をしていた。
「ウィーシャンは?」
「……死んだ。俺を残して」
「そう」
ロロは、悲しそうにジャルクを抱きしめる。そのロロに続いて、他の狩猟天使の子供たちも、族長と呼ばれた天使に近づいていった。
「お前に、聞きたいことがある」
俺は、その前に割って入った。彼を抱えている天使は、訳がわからないといった顔をしているが、これは仕方ない。
「……」
「どうやって生き延びた?」
「皆が、俺をかばって……。だから、俺一人が」
「敵の特徴を、細かく言え。どんな奴らだった?」
「鎧を着た、天使の軍団だった。武器は様々だ。槍、弓、剣、斧、杖。そのどれもが、俺達よりも強く、圧倒的だった。情けない……」
「情けないだと?」
「ああ、そうだ。全く攻撃が通らなかったんだからな。これが、情けなくなくてどうする?」
「……そうか。ダメージが通った攻撃は、一つもなかったのか」
「ああ、無かった。完敗だ。残念だが」
「そうか」
俺は、ゆっくりとサリスを抜く。そして、族長と呼ばれた天使に向かって構えた。
「なら試すとしよう、お前で」
「……何を、言っているんだ?」
「もう一つ質問がある。本物の族長の記憶を、どうやって手に入れた?」
「……」
ボロボロの天使は押し黙る。だが、咳き込む演技をすると、潤んだ瞳で俺を見た。
「冗談だろ。俺は、もう意識を保っているのも辛いんだ。悪い冗談は、やめてくれないか」
「冗談だと。お前こそ何を言っている。今の今まで、お前に感情なんて無かっただろ。辛い?痛みすら感じていないはずだ。俺には見える」
「……」
俺の言葉に、族長と呼ばれた天使は押し黙った。そして、彼を支えていた天使が、ゆっくりと離れようとする。その瞬間、族長と呼ばれた天使は離れようとしていた天使の腕を、物凄い速さで掴もうとした。それを、俺がサリスで止める。天使の腕に、サリスの刃が激突した。だが、まるで金属がぶつかりあったかの様な音がする。
「アハハハハ、俺は俺だよ。私であって俺だ。俺なんだよ。何も間違ったことを言っていない。なのに、どうして分かった」
「見えるんだよ、偽物。貴様は偽物だ」
その偽物は、後ろに飛んで着地すると、己の皮膚を掻きむしる。どんどんと皮膚が剥がれていき、その中から女性型の鎧を着た兵士が現れた。その大きさは、先程の族長の大きさよりも大きくなっている。あの中に、圧縮されて入っていたのだろう。この、鎧の化物が。
「オリジナルじゃないとか、そうだとかどうでもいいことでしょう?記憶を持っている。それでいいじゃありませんか?」
「お前は、誰だ?」
「私は、狩猟天使の族長。その記憶をもつヴァルキューレ。皆さんを殺し、導くものです」
完全に、声が変わってしまっている。今や、鎧の声は女性の声だ。
「皆さんも、私のようになりたくはありませんか?一切の苦痛からの開放。感情の欠如。与えられた命令を全うし、生きていく最も効率的な存在。生物としての頂の姿に」
「演説ご苦労だが、感情がないやつにそう言われても、演技でしかないからな。お前は、思考を放棄しているだけだ」
「放棄?違いますよ、違います。私達は、完全な縦社会なのです。命令は絶対。それ以外の無駄がない。素晴らしいでしょ?」
「そこに素晴らしさを見出している時点で、お前の思考はお前自身を考えて動いていない。個であることを否定している」
「その通りです。私達は、絶対者である迷宮ありきの完全なる統率兵。絶対者が全てであり、その為に生きて死ぬ。何と言う楽な人生。何と楽な生き方なのでしょう。皆さんも参加しませんか?この私達の完璧なる理想国家計画に」
何だこいつは、感情があるように振る舞っているが、その実、感情がまるでない。全てが演技だ。熱いも冷たいもない。まるで狂信者のようだが、実はそうではない。ただ淡々と、言えと言われたことを言っているだけなのだ。まるで、それは……。
「お前達は、生物なのか?」
「勿論ですよ。最高にして、崇高なる生物です。貴方達が持っている皮膚などという軟な外皮を持たずに、この鋼の鎧を持っています。中身も、内蔵などという簡単に壊れるものでなく魔力で作られた合成合金。なんと素晴らしいのでしょう。これにより、私達は食事という概念からも、眠りという概念からも開放されました」
「全てが、金属製ということか……」
「違いますよ。金属魔力生命体です。新たにして最高の、聖属性魔物の姿です」
「動く鎧、ってことっすか」
「いや、この場合は違うな」
そう、つまりこいつらは、与えられた命令を忠実に実行するだけの存在。つまり、ロボットなのだ。