兵士の不満
「なぁミズキ、この迷宮の地図を書いてくれよ。ミエル、ミズキに紙をくれないか」
「あ、は、はい」
「承知」
さらさらと、ミズキは魔力で筆を作って書いていく。水の魔力の筆って、どんな書き味なんだ。気になるな。だが、それよりも迷いなく書いていくミズキがやばい。それに速い。あっという間に、芸術的な地図が出来上がった。
「出来ました」
「素晴らしい」
思わず、そう言ってしまう出来栄えだ。お土産屋とかで、普通に売ってそうな完成度だ。俺は、その地図を眺めながら戦略を考える。この地点は、巨大な中央の山の頂上だ。辺りには平原。そして森。さて、どう戦うか。
「ミルク、お前ならどう迎え撃つ?」
「そうですね。この山は高い。一方的に、下を狙い撃ちできる。バリケードを、何重にも敷いて狙撃。これが、一番でしょう」
「相手も天使だからな。飛ぶだろうな」
「うーん、ということは、空中に何かを仕掛けるべきでしょうか?」
「出来るのか、そんなこと」
「私達なら、出来なくはないと思いますが」
「まぁ、そうだな」
そうミルクと話していると、アリーが手を上げる。
「クリムゾンランスを、ここから投げまくればいいわ。火柱が出来るから、空中にいても回避不可能。炎の壁で進軍も止まり、後は焼かれるだけ。簡単でしょう?」
その発言に、ヒイラが手を挙げる。
「逆に、平原に囮を置くのはどうかな。それも、血の魔神を。降りてきた所を魔神で捕まえて一網打尽。血の魔神をでかくすれば、空中にいても逃げられないよ」
「お、おう。そうだな」
うちの妻達の作戦が、ある意味脳筋過ぎる。ようは、地雷原と、スプラッタホラーだ。相手が可哀想という気になってしまう辺り、うちの妻達は恐ろしい。神魔級って、普通の人間だと相手に出来ないくらい強いはずなんだけど、うちの妻達の前では何も出来なさそうなのが凄いな。
「……真上がな。心配だな」
「真上ですか?」
「あいつら、天から光の魔力を放ってきただろう?つまり、あいつらの魔法は上から降ってくるんだ。ということは、上に陣取られるとまずい」
「ああ、そうですね。真上を守る、何かが欲しいですが……」
「いいのあるじゃない。確か、ここに」
「え?」
俺達は、そのアリーの提案により、あれをこの山の頂上の城の上に置いた。俺一人で運んだのだが、やはりこれは面白いものだな。もっとも、今の俺達に利用価値は殆ど無いが。
「うん?」
それを設置していると、外から何やらわめいている声が聞こえてきた。俺達は、その声を見に城の外に出る。すると、城の兵士たちがシスラとサエラに不満を漏らしていた。
「我々に戦うなとは、どういうことだ!!」
「ですから、皆さんじゃ勝てないんすよ。無駄な犠牲になるんっす」
「そんなこと、やってみないと分からないでしょう!!」
「皆さん、私達は、先程全滅させられた狩猟天使の方々のお話を聞いてきました。そのお話を聞くに、皆さんでは太刀打ちできません!!」
「じゃあ、どうするんだ!!戦わずに、降伏しろと言うのか!!」
「違います。戦いますが、主力は私達のみです。皆さんには、妨害工作をメインに戦って頂きます」
「それこそあり得ないだろ。正気か!!」
「敵の軍隊相手に、少数精鋭だと……。そんなの、無理に決まってる」
「ミエル様達がお強くなられていたとしても、限度があるよな」
その場所に、俺達は近づいていった。ざっと見た感じ、この迷宮のすべての兵士がここには集まっているようだ。シスラ達が説明しているが、不満の声は止まらない。そこに、俺達は出ていって兵士たちの前に立った。
「実力を、見せるしか無いんじゃないか?」
「え、ベイさん?」
「これはこれは、ベイさん。お久しぶりです」
「お、シバンさん。お久しぶりです」
シスラの隣に移動した俺に、一人の兵士が話しかけてきた。それは、以前俺がぶっ飛ばしたシバン君だった。
「ベイさんからも、言ってやってくださいよ。少数では無理だと」
「……」
「ましてや、相手は話を聞く限り迷宮一つ分の戦力だ。とても少数では、太刀打ちできな」
「え~、皆さん。俺達は、ここにいるメンバーのみですでに、2つの神魔級迷宮を破壊しています」
「……は?」
「ですので、心配はいりません」
俺がそう言い切ると、兵士たちがざわつき始めた。嘘だろ。とか、本当かよとか聞こえてくる。まぁ、力を見せないことには、完全な証明は出来ないだろうけどな。
「またまた、ベイさん、ご冗談を」
「ここにいる、君達全員を俺一人で相手にしても良い。それほど、俺達は残念ながら強さが違う。冗談じゃないんですよ、シバンさん」
「……」
正直、体調は悪いがそれでも楽勝だろう。それほどの、激闘を今まで積み重ねてきた。ここにいる彼らには悪いが、負ける要素が微塵もない。最初にここに来た俺達とは、もはや強さの質が違うんだよなぁ。
「そのお言葉、信じたいです。ですが、一度敗れたからと言って易易と信じては、私はいけないと思います。私達でも、少しはお役に立てるはず。そう思うのです。何故なら、私達はその為に日夜訓練と迷宮の警備をしてきたのですから」
「……そうか」
シバンは、俺に何かを言おうとしている。だが、その口から声が出ていなかった。俺を見て、シバンはいきなり汗をかき始める。気づいたんだ、実力を確かめたいという考えを持ってしまったから。自分が、何と対峙しているのかを。
「……う、嘘でしょう。何ですか、この身体の震えは」
「俺と、戦うことを想像して見て下さい。それでも、まだ信じられませんか」
「……私の身体が、貴方との戦闘を拒否している。これが、本当の力」
「その震えは、俺だからじゃない。シスラや、サエラであっても同じはずだ。ここにいる全員、彼女たちと戦う想像をしてみて欲しい。自分がどうなるのかを」
兵士たちが、全員動きを止める。その誰もが、汗をかいていた。今まで気づかなかったのだ。だが、戦うとどうなると聞かれて、いきなり、彼らは俺達の強さを認識し始めた。
「手が、震えて……」
「俺もだ……」
「嘘だろ。勝てると思えない……」
俺は、その光景を見て、シスラに目で合図した。
「皆さん、申し訳ないっすが、今回は前線に出るのは諦めて下さい。その代わり、皆さんには住民の護衛、迷宮の改造などをやって頂きますっす。……役割は違います。ですが、皆、迷宮を守りたい。住民を守りたいという気持ちは一緒のはずっす。だから、協力してほしいっす」
そう言って、シスラは頭を下げた。その光景に、見ていた兵士たち全員が、ゆっくりと首を縦に振った。仕方ないなという、笑みを浮かべて。