狐娘と牛師匠
生きている。この世界に、自分はまだ生きている。その自分を、支えているものは何だ。形成しているものは何だ。
それは、思い出だ。
記憶だ。
何時までも色褪せること無く、頭の中に残っている体験だ。それは、人を繋ぎ止め、人を人として成り立たせている。それがなくなれば、この世に秩序や感情など成り立たない。だから、思い出は尊い物なのだ。彼女にとって、思い出とはそういうものだ。だから、それを汚したものを、許せるはずがなかった。彼女が大切にしている物が、あの人に出会えた思い出であるように。
「……」
シデンは、目を開ける。彼女は夢を見ていた。それは、遠い日の思い出だ。決して忘れることがない、彼女が救われた日の記憶だ。この人と、共に歩もう。そう、決心した時の記憶だった。
「起きたか、シデン」
「ご主人様」
ベイ・アルフェルトは、シデンが起きるのを待っていた。ずっと、その手を握りながら。その顔を見て、シデンは己の身体を見回す。そして、恥ずかしそうに身体を、元の小さな姿へと変化させた。
「おはようございます」
「ああ、もう夜だけどな」
確かに、窓の外の景色は暗い。あれから、何時間寝ていたのだろう。周りには、ミルク達が待ちくたびれたかのように寝ているのが見えた。全員、ベイの外に出て寝ている。シデンの周りで。
「心配、かけてしまいましたか」
「皆、お前のことが大切だからな」
「シデン、修行が足りてな……」
ミルクが、寝言を呟いている。その言葉に、シデンがクスリと笑った。
「ミルク姉さんには、頭が上がりません」
「シデンのことを、よく考えてくれているんだな、ミルクは」
「ご主人様は、どうですか?」
「勿論、大切だ。まだまだ皆の全てを知っているわけではないけれど、それでも、皆もシデンも大切にしたいと思っている。……お前の怒りを、止めてやれなくてゴメンな」
「いえ、我慢できなかったのは私です。思い出は、大切なものですから」
「そうだな。俺もそう思う。皆といたから、積み重ねてきた時間があるから、俺は今、ここに居るんだ」
「……ありがとうございます、ご主人様。私を助けてくれて、ここまで連れてきてくれて」
「何を言ってるんだよ。俺の方こそ、ありがとう。俺に付き合ってくれて、隣りにいてくれて。そして、まだまだ付いてきてもらうつもりだ。俺が、皆を幸せにするまで」
「はい。どこまででも、貴方と共に……」
2人は、手を握り合う。そして、ゆっくりとキスをした。
「それにしてもシデン、汗が凄いな。身体を拭くか?」
「え?」
確かに、言われた通りシデンは汗をかいている。それは、進化を中断した身体を、平常状態に保つために、身体が熱を持って回復した結果なのだが。それを、2人は知る由もない。
「……どうせなら、お風呂に入りませんか、ご主人様」
「えっと、体調は大丈夫なのか?」
「はい。お陰で、全快です」
そう言うシデンを、ベイは抱き上げる。そして、拠点の風呂場へと連れて行った。
「浴槽が、ないのが残念ですね」
「そうだな。湯を浴びて洗って、すぐ出るタイプのやつだからな」
「私が、ご主人様の背中をお流ししますよ」
服を脱いで、シデンはベイを座らせる。風呂用の椅子がないので、ベイは床にそのままあぐらをかいて座った。
「それでは、洗いますね」
シデンが、タオルで石鹸を泡立てて、ベイの背中を洗っていく。そのうちに、ベイはあることに気づいた。シデンの手が、自然な形でベイの肩付近にまで伸びていることに。
「シデン、お前」
その瞬間、ベイの背中に柔らかい感触が押し付けられる。それは、シデンの胸だった。しかも、少し成長した膨らみのあるシデンの胸だった。その感触が、徐々に縮んで行く。小さな姿にシデンは戻ると、シデンはベイを抱きしめた。
「やっぱり、小さいままのほうが、ご主人様をいっぱい感じられますね。幸せです」
「そうか」
「はい」
数秒、シデンは抱きついていると、手を離して再び洗い始めた。丁寧に、洗い残しがないように拭いていく。そして、ベイを洗い終えると、ベイのあぐらの上に座り、上目遣いでベイを見た。
「今度は、俺が洗う番だな」
シデンを乗せたまま、ベイはシデンを洗っていく。小さな体の上をすべらせるように、泡立てたタオルを走らせた。背中を拭き終えたところで、シデンが身体を成長させる。悪戯でもするかのようにシデンは笑うと、背中をベイの胸に押し付け、そのままキスをした。
「その成長する能力を、完璧に使いこなせているみたいだな」
「はい。でも、ちょっとまだ違和感があります。目線が変わるんですから、当然かもしれませんけど。ご主人様、この身体をならすのに、お付き合いいただけませんか?」
「どうするんだ?」
「いつもするみたいに、私の身体を確かめて下さい。優しく撫でて」
シデンが、ベイを押し倒す。そして、また顔を近づけてキスをした。
「おい。師匠を差し置いてエロ展開とは、やるじゃないですかシデン」
2人が横を見ると、風呂場の入り口にミルク達がいた。カヤとフィーは、まだ眠そうに目をこすっている。
「旅先での旅行お風呂イベントとか、外せる訳がないでしょう!!容赦なく乱入しますよ!!私は!!」
「ミルク姉さん、流石!!」
「シデン、そこは尊敬の眼差しを向けるところなのか?」
「流石、私の弟子ですね。良く分かっている、この凄さ!!スペシャルさ!!」
「いや、そうなのか。俺には、理解できない」
「何言ってるですか、ご主人様!!アリーさんでさえ間に合わないこの場に、何があっても間に合うこの私の凄さ。分からないとは、言わせませんよ!!」
「むっ、そう言われると、なにかすごい気がしてきた。気がしてきたぞ」
「そうです。凄いんです!!私は、スペシャル!!」
「そして、当然のように、服を脱ぎながらこっちに来るのね」
「当たり前です。間に合ったら、乱入!!せざる終えない!!終われない!!」
「ミルク姉さん、やはり、貴方は私の師匠……」
シデンが、ミルクを拝んでいる。いや、そこまでなのか。
「それに、シデンには、私達が居るということを覚えといて貰わないといけませんからね。ご主人様だけ、重要視しているから簡単に流されたのです。私達は、仲間ではありますが、お互いに高め合う妻ライバルでもあるのです。安易な獣化による、レース脱落はいいとは思えませんよ、シデン!!」
「は、はい!!申し訳ございません!!」
「よろしい。では、実地訓練と行きましょうか。私達が、どれほど驚異的な存在か、改めて認識しなさい。そして、強く刻みなさい。怒りに身を任せても、己を見失わないように。自分を、仲間を、ご主人様を!!」
「はい!!」
力強く、シデンが返事をする。そして、翌朝までベイは寝られなかった。シデンが起きるまで待っていたので、ベイは完全徹夜する事になった。それでも、ベイは全員に完全勝利した。その後、流石に寝た。全員を、ベッドに寝かせてから。