崩壊
「仕方ないんじゃない。どう転んでも、彼らは消えなくてはならない。そうでしょ?」
「アリーさん、そうですけど。そうですけど……」
「アリーちゃん、そうだよ。でも、もうちょっと何とかならないのかなって」
「もうちょっとって、どうするの。無理よ。敵は倒す、彼らは消える。それで皆が守れる。それでいいじゃない。それ以上望むなんて、高望みよ」
「確かに、そうかもな。でも、なんとかしたいもんだが」
「ベイ……」
町の皆が、楽しそうに霊と話している。この光景にも、いつか終わりが来るだろうと、皆、内心で分かっているだろう。それを少しでも、悲しい終わりにはしたくはない。最悪、惨劇が回避できれば良いわけだが。
「では、一芝居うちますか」
「え?」
シデンが、俺にそう言うと地面に降りた。そして、わざと大きな声で話し始める。
「ご主人様、霊というのは、未練がなくなるとこの世から成仏。あるべき場所に帰られるんですよね?」
「あ、ああ、そうだな。俺が聞いた話では、そうだ」
「では、この町の皆さんは、まだ何かやり残したことがあって、この場に残っておられるんですよね」
「そうかもな」
「でも霊は、本来ここにいてはいけない者です。このままでは皆さん、魔物になってしまいますよ。人として霊がいられる時間は、そんなに長くはありませんから」
「そうなのか?」
「ええ。霊といえど、魔力体です。記憶を何時迄も保持したままでいるには、普通の人間の魔力操作力では限界があるでしょう。つまり、その内記憶のみがなくなり、魔力だけの肉体の存在。つまり、魔物になってしまうのです。それも、理性のないその人と全くの別人の、その人と瓜二つの魔物に」
その言葉に、周りにいた霊の方たちが全員黙ってしまう。やっぱり、皆気づいているんだ。自分が、何になるのか。
「でも、未練が晴れれば、皆さんそれまでに成仏できますよね?」
「あ、ああ。そうだな」
「きっと、成仏できますよね。この町の皆さん」
「ああ、必ずな」
辺りが、少しざわつく。子供がなにか言っているとか、そうなのか? とか、話のネタに周りがこの話題を話し始めた。
「ああ、そうだな。俺も、いつかは……」
一人の霊が、そう言い始めた。その言葉に、周りの霊達もうつむく。その行動で、町の人達にもどうやら先程の話が本当に近いらしいということが分かったようだ。
「お嬢ちゃん、俺達は、成仏できるかな……」
「親父、何を言って」
「ええ、必ず」
「そうか。そうあるべきだよな……」
「親父」
八百屋さんの親父さんの霊が、そう言うと店の奥へと引っ込んでしまう。辺りにいた霊も、少し黙っていたが、また町の人々との会話を続け始めた。だが、皆何処か雰囲気が変わっていた。
「早く成仏したいもんだ」
「おう、待ち遠しいぜ!!」
霊達が、成仏したいと言い始めたのだ。これで、俺達が敵のボスを倒しても、彼らは消えたのではなく、成仏したことになるのだろう。
「シデン」
「はい」
「これで、少しはマシになったかな」
「だと思います。消えるんじゃない。成仏ですから」
「そうだな」
あるべき場所に帰るだけ。それなら、消えるということではない。だから、少しは悲しまずに済むのだろうか。でも、仕方ないことだとは思えるかな。死は、何にでも平等に来るものだから。
「さて、帰りましょう。お腹が空きました」
「そうだな。行こう、皆」
「そうね」
俺達は、食材を持って拠点へと帰っていく。そして、お昼ごはんを作って食べた後、食後の運動に訓練を始めた。
「……なんだか、急に冷え込んできたか?」
「確かに、なんだか寒くなってきたような」
「いや、気のせいじゃない。息が、白くなってきている」
「まさか……」
「シデン、どうした?」
「……町に、急ぎましょう」
シデンが、魔法をつかって駆け出す。その後を、俺達はついて行った。カザネが先行し、町の異常を調べる。すると、とある場所でカザネが止まった。
「ここから、悲鳴が聞こえます」
カザネが言った場所は、この町の酒場の中であった。酒場の周りには、多くの野次馬が少し離れた位置で状況を見ている。その中に降り立ち、俺達は中に入っていった。
「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「ノニ、どうしたの。ノニ!!」
「これは……」
「引き込まれ始めている。あいつに」
「身体が、骨に変わって行く……。嫌だ、俺は俺なんだ!!お前じゃない!!俺のはずなんだ!!うわあああああああああぁぁぁぁ!!!!」
ノニと呼ばれた幽霊。彼は、目から血のような涙を流している。彼の身体から、肉を象ったものがズルリと落ちた。そして、その体の骨が顕になり、その顔に、彼にそっくりな顔をかたどった部分の肉を最低限に残して、彼の体はその全てが骨になる。そして、彼の目は虚ろになり、赤く輝き始めた。すると、ゆっくりと彼は、彼に呼びかけていた彼女に近づいていく。
「死んでくれよ、俺のために。私のために……」
「ノニ、何をいって……」
ノニ、彼の腕に死神の鎌のようなものが出現する。それをノニだったものは、彼女目掛けて、一切の躊躇なく振り抜いた。
「お前、許せない!!」
ノニの腕が、紫の鎖で拘束され止まる。それを行ったのは、シデンだ。
「お願い、ノニを助けてあげて!!」
「死ね、死ね、死ね。私の一部になれ」
そう言う女性に向かって、ゆっくりとシデンは近づく。そして、近づく度にノニを締め付けている鎖の力を強めていった。
「もう、彼は彼ではなくなっています。悪霊になってしまっている。この場に、彼をもう取り戻すことは出来ません」
「そんな」
「でも、思い出して下さい。彼は、貴方にあんなことを言う人物でしたか。貴方を、大切に思っていませんでしたか?」
「彼は、あんなことを言いません。私に、生きて欲しいって。自分の分も……」
「そう。それが彼だった部分。だから、彼のために彼の残った部分を消します。それが、今出来る全てですから」
「……」
シデンが、腕をギュッと握る。すると、紫の鎖が雷を放ち、ノニを閃光で焼き切っていった。
「死ね、しね、し……」
紫の雷が、ノニだった物を焼き切っていく。その骨を砕き、肉を焼き切り、その体を塵も残さず消滅させた。
「あ、ああ……」
女性が、その場に崩れ落ちる。そこにシデンは歩み寄り、背中に手を重ねた。
「別れは、辛いかもしれません。でも、彼は貴方に大切なものをくれたはずです。大切な時間、思い出を。だから、本当の彼を忘れないでいてあげて下さい。彼のために、貴方の為に。それが、彼が本当に成仏するために必要なことだと思いますから」
「……消えられないって、彼が言っていました。この町から、出ることも出来ないって。自由が効かなくなってるって。だから、お酒で酔えば、少しは時間が伸びるかもって……」
女性は、その場に泣き崩れてしまう。その背中を、シデンはただ見ていた。小さな手を、ギュッと握りしめて。