2日間
魔力が濃くなっている方向に向かって進んでいく。ローゼットさんが心配そうな様子で俺達を見てくるが、俺達は気にせず目的地へと足を進めた。
「さて、ここか」
「白い靄で、覆われているわね」
「霧、って感じに見えるけど」
「違います。これは、生物の方向感覚を狂わす、微量の雷の信号の塊です。その反応で、空気が冷えて霧が出ているように見えるだけです」
「シデンがいてくれると、相手の能力の解析が早くていいな」
「というか、毎回何処から出ていらっしゃるんですか?」
「気にしない、気にしない」
「考えても、意味ないからね」
俺達は、霊園を覆うように纏わりついている霧を見つめる。目に意識を集中して、その魔力構造を解析しようとしてが、細かすぎてよく分からない。シデンは、よくこんなのが分かるな。
「シデンちゃんは、なんでこの霧の正体が分かるの?」
「ニーナさん、私が目指している魔法。それに近いとだけ言っておきましょう。私の専門分野、と言っていいのでしょうか。ご主人様に与えられた、私が目指すべき力。それに近いのです」
「シデンちゃんの魔法……」
「それは、どういう……」
「全ては、プラズマで説明がつくのです。雷は万能。全てを狂わし、全てを可能にする。神秘、幻想、不死、念動。それこそが雷。それこそが、私が目指す魔法。雷にして、雷にあらず」
「えっと、言っている意味がよく分からないんだけど……」
「そういうことです。理解不能の魔法。誰も雷だと気づかない。それが、私の魔法です」
ニーナは、その説明に首を傾げている。
「まぁ、見せたほうが速いでしょうか」
シデンが、一歩前に踏み出す。すると、指を胸の前で複数の形に交差させ、印を結んだ。その瞬間、シデンの足元から魔力の線が伸びていき、霊園をぐるりと囲む。その魔力の線は、薄っすらと輝いたかと思うと、すぐに何もなかったかのように消えた。
「今のが、私の魔法です。今ので、何をしたのか分かりますか?」
「えっと、周りの魔力を調べたとか?」
「いえ、違います。陣を設置したのです。これで、敵が出てきた時に、いつでも分かるようになります。そして、これを軸に、結界を発動させることも出来ます。それを、雷属性の魔力でやっているのです」
「ど、どうやって?」
「それが、私の魔法です。やり方は、秘密です。こん」
「そんな魔法、国でも聞いたことがないのですが」
「魔法というか、陰陽というか」
「日本式です。こん」
「日本式?」
この世界に、日本ってないのかなぁ。まぁ、あっても魔法がある世界だし、普通じゃないだろうけど。それこそ、本当に陰陽師が居たりしてな。
「で、シデン。何とかなりそうか?」
「破壊ですか。カザネの時のように、一箇所に固まってくれれば、壊しやすいんですけど」
「創世級化か」
「それのほうが、範囲を絞りやすいという意味では楽ですね。しかし、今の私で……」
「シデン」
「はい、ご主人様」
「大丈夫だ」
俺は、シデンを抱き上げて抱きしめた。すると、シデンは俺の胸に顔を埋める。
「……ご主人様の為に、早く進化したいです」
「焦るな。大丈夫、お前ならきっと出来る」
「はい」
俺は、シデンを抱いたまま、一旦家に戻ることにした。アリー達も、後ろを気にしながらついてくる。霧の中からは、俺達に向かって何かが出てくることはなかった。
「あ、あの~。そろそろ、お昼ごはんの買い出しに行きませんか?」
「そうか。もう、そんな時間か」
「良いわね。このまま行きましょう」
「そうだね」
「はい」
ローゼットさんの提案で、俺達は、途中で商業区へと移動する。相変わらず、町には幽霊が溢れていた。この人達皆、こんな楽しそうにしているけれど、いつ消えるか分からない不安を抱えているんだよなぁ。可哀想に。
「もうちょっと、鮮度の良い野菜を選んで仕入れをだな」
「やっぱ、親父の知識はすげぇよ。生前に教えといてくれよな」
「いや、自分で分からないと意味が無いからな。と言っても、この年になっても知らないようではな。教えないわけにもいかねぇ」
「わりいな。適当に、店続けちまってて」
「いや、良い。良いさ。かなりな」
「おっと、いらっしゃい。良いの揃ってますよ。鮮度抜群の、目利きが選んだ一流の野菜ばっかりだ」
「そ、そうですか。こ、これ下さい」
「……」
あの話を聞いた後だと、町の会話一つ一つが不穏な物に感じる。なんて酷い状況なんだ。一刻も早く、なんとかしなければ。霊の皆さんが、記憶を持ったただの霊であるうちに。
「……」
「シデン、どうした?」
「あの霊」
シデンの視線の先には、男の霊と、女性が一緒に座っている。まるで恋人のように、その2人は楽しそうに談笑していた。手を重ね合って。触れ合えているのかは、分からないが。
「そこの霊の人」
「うん、俺かい、お嬢さん?」
「戻れなくなりますよ。それ以上は」
「……」
「この子、何を言っているの?」
「分かるでしょう。自分で、後は選びなさい。言っている意味が、分かりますね?」
「そうか。やっぱりか……」
「ノニ、何を言って」
「いや、何でもない。ありがとう。忠告してくれて」
「傷つけようとは、思っていないのでしょう?」
「ああ、勿論だ」
「なら、慎重に選択なさい」
霊の男は、シデンにそう言われると、何処かに向かって移動し始める。その後を、女性が追って行った。
「悲しい2人ですね。きっと、生前は仲の良い2人だったのでしょう」
「そうだな」
「ですが、あれは幻です。彼ではありません。私達が見た、おぞましい骨の怪物の一部。非道な魔物も、いたものですね。本当に」
「再会ではなく、あれは罠か」
「ええ、彼に、近しいものを殺させる。そういうものでしょう。ここにいる霊達は、いずれそうなる。私には、それが見える」
「近親者のコピーが、町を殺す」
「最悪」
「そう、だね」
「お爺ちゃんも、いずれ……。ベイ君。何とか、何とかならないんですか!!」
「ニーナ、必ず止めてみせる。だから、時間をくれ。確実に、敵の息の根を止めるための時間を」
「シデン、時間の猶予は、どれほどあるのかしら?」
「町の皆さん、まちまちですがだいぶ進行度が高いように見えます。早くて2日、と言ったところでしょうか」
「2日。それが、町が地獄に変わるまでの猶予期間」
「何とか出来るの、シデン?」
「私達には、奥の手があります。壊すだけなら、なんとか。ですが、それで町を救った事になるのでしょうか?」
シデンが、町の幽霊たちと楽しそうに談笑している人達を見ている。あの笑顔を、奪わなければならないのか。今回は、力押しだけでは、本当の意味で町は救えないのかもしれないな。