死の巣食う町
それから数時間、特に問題なく旅は進行していった。お昼も途中の町で食べ、晩御飯も特に時間のずれもなくとることが出来た。しかし、やはり座っているだけというのは退屈だな。いや、皆と喋っているから退屈というわけではないか。単に、動きたいだけだな。身体が運動を欲しがっている。あとで、アルティでも振るか。
「そろそろ着くんじゃない」
「そうだな。最初に言われた時間だと、そろそろだろうか」
「あ、見えてきましたね」
ローゼットさんにそう言われ、俺は窓から外を覗く。すると、道の先に明かりが見えてきた。あの町か。
「私の故郷……」
(……少し、止めていただけますか)
「……ローゼットさん、少しストップで」
「え、あ、はい」
シデンにそう言われ、俺は馬車を止めてもらう。そして、俺が馬車を降りると同時に、シデンが出てきた。
「あれ、乗られてましたっけ?」
「しっ、お静かに」
ローゼットさんの疑問を遮り、シデンが目を閉じる。そして、胸の前で腕の指を交差させて開くと、2本の雷の鎖を両腕に出現させた。
「シデン、どうした?」
「見てて下さい、ご主人様」
シデンが雷の鎖を振るう。すると、微弱な雷の魔力が衝撃とともに空間に広がっていき、辺りを紫色に光らせた。だが、俺はその中でおかしなものを見た。何かが、その光にぶつかって消えていったように見えたのだ。まるで、風船のようなものが空中に浮いていて、今なくなったかのように。その光景は、透明な空間に複数見て取れた。
「シデン、今のは?」
「偵察用幽霊、とでも言えばいいのでしょうか。微弱な魔力の塊です。恐らく、人なら気にしないレベルの魔力の塊でしょう。ですが、ここにあったということは、何かを見ていたのだと思います。この町に来るものを」
「俺達の敵は、そいつらの主か」
「恐らく」
シデンが、2本の鎖を交差させる。そして、その2本がお互いに絡みつくように巻き付き合うと、シデンは鎖を離した。2本の鎖が空中に浮き上がり、勢い良くお互いから離れ回転する。その衝撃で、町の周囲に微弱な雷の魔力が広がっていった。その魔力は、生きている人間などには害はない。だが、目に見えない謎の幽霊を、その光は次々に破壊していった。
「空中に、あんなに……」
「普通じゃない……。この町には、一体何が?」
「……」
肉眼で確認できただけで、三桁にも登る数の幽霊が消えたと思う。やはり、ここはおかしい。何者かに監視されているのだ。この町は。
「このぐらいなら、町の中にいる幽霊には影響しないでしょう。シデンでも、出来ることで良かったです」
「ありがとな、シデン」
「いえ、周りの魔力に敏感なだけです。ですが、お役に立てたのなら良かった」
そう言って、シデンは笑みをこぼす。だが、次の瞬間シデンは、目を見開いて後ろを振り返った。
「……来る」
「何?」
俺も、後ろを向く。馬車の後ろに立ち、近づいてきているという何かに備えた。すると、薄っすらと道の先が、霧のようなものに包まれていくのが見えた。その霧は段々と濃くなり、夜だというのに道の先を白く染め上げる。そして、その霧の中から、馬の足音のような音が聞こえてきていた。
「……なんだ、この悪寒は」
「周りの熱を消費して、霧を作り上げているのです。それも、雷の魔力で」
「雷属性の魔力で?そんなことが出来るのか」
「そう見えます。そして、あれは」
「雷属性の、神魔級魔物」
いつの間にか、出てきたアルティがそう言う。それは、霧の中から骨だけで出来ている馬に乗って、こちらに近づいて来ていた。黒い布をかぶった人間のようにそれは見える。だが、その布の中で、怪しげに赤い光がまるで目のように光っていた。
「まるで、死神だな」
「いえ、恐らく例えや、比喩で言われていると思うのですが。恐らくあれは、それに限りなく近い……」
シデンの言葉を遮って、死神はその骨でできた腕に、巨大な鎌を出現させて掴んだ。それと同時に、周りの空間に同じような布をかぶった集団が現れる。それは、全員が同じ鎌を持ち、こちらに向かってきていた。
「これは、ちょっと多すぎるな」
「カザネ、お願いできますか。この数を無傷でさばくには、それしか無いと思います」
「了解した」
出てきたカザネと、俺達が一体化してカザネは構える。それと同時に、黒い布の集団がふわりと空に浮かんで、こちらに向かって飛んできた。
「神風・変身!!」
それは一瞬。まさに、止まった時間のようにも思える僅かな時間。その一瞬で、全てのその幽霊たちは消し飛んだ。骨でできている馬にまたがっていた死神も同様だ。だが、時が動き始め、死神が消えていくのを一体化した俺体は見たが、その顔は、骸骨だが笑っているように見えた。
「……倒せていない」
そう呟いたシデンの声が、消えていく霧の中に響き渡っていった。俺達は、一体化を解除して全員を戻し、馬車に近づいていく。だが、そんな俺をローゼットさんは、慌てた顔で見ていた。
「み、見ました!!今の、ブラック・アクセ!!」
「はい、ストップ!!それ以上喋らない!!命の恩人に失礼でしょう。ねぇ、ベイ?」
「あ、ああ」
やべ。緊急事態だったから普通に使ったけど、見られてはいけない人に見られていた。
「というわけで、この口を封じないといけないと私は思うなぁ。思うなぁ」
「アリーちゃん……」
「アリーさん……」
「む、むー」
アリーに口元を抑えられ、ローゼットさんが声にならない声を漏らしている。そんな中で、アリーだけが俺にウインクしていた。うちの妻、怖い。
「取り敢えず、町まで行きましょう。話はそれから。良いわね、ローゼットさん?」
「は、はい!!」
ローゼットさんもアリーの言葉で分かってくれたようなので、俺も馬車に乗り込んだ。そして、馬車は町を目指して進んでいく。ここはアウダレイシア。死神が巣食う町。募る不安を抱えたまま、俺達はその町へと到着した。




