怪しげなサイン
「そう言えば、一日で着くのかな?カザネモードだと、距離感とかほんと分けわからないから馬車でどれくらいだっけとか、計算できない」
「あれだと、どんな風に距離を感じるの?」
「そうだな。例えば、俺が今腕を上げたとするだろ。その労力よりも早い時間で、この世界のどこにでも行ける。そういう感覚なんだ」
「……凄すぎて、ちょっと、思い浮かべれないわね」
「距離感とか、無に等しい。進もうと思ったら進んでいるんだ。まるで、その場所が目の前に現れるかのように」
「アリーちゃん、私達の想像を超えている速度だよ。諦めよう」
「幽霊とか、ベイに勝てるのって感じになるわね」
「俺じゃなくて、カザネだけどね」
「でも、ベイがいないと一体化出来ないんでしょ。なら、同じことよ」
「そうかな」
「そうよ」
(その通りです、主人。私と主人と皆さんの融合。それ故のあの力です。私であり、主人であり、皆さんの力なのです。疾風で、切り札で、全てなんです。だから、主人の力なのです)
「そ、そうか」
カザネがいうなら、そうでいいかなと思った。しかし、この馬車は遅いな。いや、速い方なんだと思うんだけど、今となってはとてつもなく遅く感じてしまう。魔法で、飛んだほうが速い。でもま、アリー達と旅するのは好きだし、そういう気分を楽しむか。窓の外の、のほほんとした景色を眺めながら、俺はそう思った。今日は、雲も出てるけど、結構な快晴だなぁ。一際、景色も輝いて見えるぞ。
「あ、フォールスって、結構有名な戦士の名家じゃなかった。へー、騎士学校時代からシアと一緒にねぇ」
「はい。彼女は、いつも私達の一歩先を行っていました。剣術、魔法。どれをとっても敵いませんでしたよ」
「あいつがねぇ。意外だわ」
ちょっとアリーさん、俺がひょいと景色を見ている間に、馬車の運転手と会話するのをやめていただけます? さっきの話からすると、不穏な展開にしか見えないから。
「ところで、この馬車はいつ着くのか分かるかしら?」
「そうですね。休憩をはさみながらですが、夜の8時には到着するかと」
「ああ~、結構走るのね」
夜の8時だと。朝から走って夜の8時とか、ほぼ一日中、走りっぱなしじゃないか。身体とか、痛めそうだな。休憩時には、軽く運動でもしよう。
「ベイ。この人、ローゼット・フォールスさんですって!!」
「はい!!よろしくお願いします」
「あ、よろしくお願いします」
何故、俺に向かって名前を叫ぶ。我が妻アリーよ。君で俺は満足だから。いや、君じゃないと駄目だけど、満足だからそれ以上やめなさい。それ以上、俺に不安になる要素を向けないで欲しい。
「ところで何だけど、こういう仕事してると、肩とかこるでしょう?」
「え、ま、まぁ。これも仕事ですから、大丈夫ですよ」
「アリーさん、ちょっとこっちに来なさい。大人しくしなさい」
「あ、ベイったら。今日は積極的」
「アリーのこと大好きだけど、今は意味が違うよ。大人しくしようね。頼むからね」
「……ん~」
「アリーさん、はぐらかさないで。我が妻アリーよ、大人しくすると誓いなさい」
「ち、誓い……。だめ、そういうのは、結婚する大事な時に言わせて!!」
「いやいやいや、今は意味合いが違うからね。個人的なお願いだからね。頼むよ!!頼みますよ!!」
「はーい」
……気合の入っていない返事だ。なんだろう、分かってるってみたいなウインクをされているが、多分分かっていない気がする。いや、意図的に間違えて行動しそうな気がする。この嫁、制御できない。そこが可愛いんですけど。
「ま、長い旅だし、何とかなるでしょ。30分あれば余裕だし」
「アリーちゃん、ほんとめげないね」
「ヒイラ、幸せってね。外堀を埋めておかないと、結構邪魔する人が多く出てくるもんなのよ。シアとか、シアとか、国とか」
「まぁ、言わんとする事は分かるけども」
「だからね、私達の幸せに必要になる人材のスカウトは、早めじゃないとね。私の肩に、嫁仲間たちの幸せが、かかっているのだから!!」
この嫁、全然大人しくする気がない。隠す気もない。でも好き。惚れたもんの負けってことよね。頭が上がりません。
(気配がします)
「ん?」
突然、シデンがそんなことを言ってきた。その言葉に習い、俺は周囲を魔力で索敵する。だが、それらしい敵影を感じることができなかった。
「勘違いか?」
(いえ、勘違いではありません。誰か、見ています。私には、分かるんです)
シデンがそういうので、俺は窓の外を注意深く眺めた。そして、遠くの空に、稲妻がちらっと光ったのを確認した。
「あれか」
「ベイ、どうかした?」
「良いやつか、悪いやつか?」
(害は、無いかと。この前、来てたやつのようですね)
「ニーナの身内か」
「え、何処?何処に、おじいちゃんが?」
俺は、再び外に目を向ける。だが、再度稲妻がきらめくことは無かった。
「おっとっと」
その直後、突然馬車が止まる。見ると、道に大きな木が倒れて道を塞いでいた。その木の倒れた根本は、まるで雷でも落ちたかのように焼け焦げている。
「来るな、と言っているのか」
「……そうかもね」
「おじいちゃん……」
俺は、すっと馬車を降りる。そのまま、強化魔法をかけて木を掴み、道の端に放り投げた。忠告か。はたまた嫌がらせか。だが、どっちにしろ進まなければならないだろう。異常な事態であることには、変わりがない。もし、ウインガルのように、特別な神魔級魔物が関わっているのだとしたら。この現象の行き着く先は……。それを、確かめなければならないだろう。
「行きましょうか」
「は、はい」
再度俺が乗り込むと、馬車は進み始めた。きっと、この先には止めなければならない何かが待っている気がする。まだ見ぬ街を前に、俺は不安を抱き始めていた。
「ところで、さっきローゼットさん、ベイを見て顔を赤らめてなかった?」
「男らしかったからね。巨木を、ポーイって。中々出来ることじゃないよ。しかも、投げた後も涼し気な表情だったし」
「勝ち確?」
「戦えばね」
……街にも不安があるけれど、嫁達にも不安があるのが悲しい現状だなと思った。