旅立ち
翌朝、寝かせないぞと言われたが、結構寝れた気がする。皆のほうが先に寝てしまったというのが正しいが。ともかく、十分な睡眠も取れ、次の日の朝を迎えた。……そういえば、旅の準備を何もしていない。いや、牛車にまとめてある分をそのまま持っていけばいいか。あまり、時間はかからないから良いかな。
「と言っても、実際何時に来るんだ」
朝六時頃、俺はいつも通りの早起きをして、牛車の中でそう考えた。寝ている皆を横目に、カバンの中に荷物をしまう。ものの十分ほどで、旅支度は完了した。
「そろそろ起こしたほうが良いか」
アリーから順に、皆の肩を揺さぶって起こしていく。特に慌てることもなく、皆は先に朝食の準備を始めた。朝ごはんが出来て食べ始めた頃、アリーが皆にとあることを提案してきた。
「送ってもらうんじゃなくて、ベイの転移魔法でいいでしょ。移動するの」
「それは、良いのでしょうかアリーさん?」
「どうして?」
「いや、ベイが転移魔法を使えるということが、バレるのでは?」
「牛車ごと移動させれば、あれで移動したことに出来るでしょ。バレないわよ。移動時間も寮でゆっくり出来て、そっちのほうが快適よ」
「あ、それ良いですね。馬車に乗ったままって、結構時間持って行かれるし」
「速いのは良いね」
「じゃあ、それで行きましょう。出発前に、皆は先に送ることにして、私達はシアの用意した馬車で移動。その後、現象の調査ね」
「怪奇現象か。魔法使いの仕事じゃ、ない気もするね」
「まぁ、現象には何かしら原因があるわ。そして、理屈で説明できない以上、多分それも魔法なんでしょう。違うようで、あってるはずよ」
幽霊。それすらも、この世界では魔法で可能なのか。実際に見るのは初めてだな。どんな感じなんだろうか。映画とか、お化け屋敷とかで見たような、あんな感じなのかな?
「皆さん、城の付近で馬車が動き出しました」
「お、来るか」
「それじゃあ、皆支度して」
「はーい」
全ての荷物が牛車においてあるので、支度と言っても朝ごはんを済ませる程度だろう。皆、残りを急いで食べ始めた。
「それじゃあ、お邪魔しました。カエラさん」
「また来てね」
「ノービスさんは、もう出られちゃいましたか?」
「ええ。最近忙しいみたいで、出勤も早いのよ。ごめんなさいね」
「いえいえ、また必ず着ますので、その時はよろしくお願いします」
「うん、待ってるわ」
皆が、順々にカエラと挨拶をかわして牛車に乗り込んでいく。それを、ミルクが移動させて、見えなくなってから俺が転移させた。これで、皆は寮に着いただろう。その数分後、シアが馬車を引き連れてやってきた。
「おまたせ!!」
「結構、しっかりした馬車にしたのね」
「わかる?安物じゃないんだよ。配慮して、運転手も頼りになる私の部下の女性だし、完璧じゃない?」
「それはありがたいんだけど、実は牛車を持っていってもらおうと思ってね。だから、先に皆は返したわ。それでも良いでしょう?」
「ああ~、先に言ってほしかったような……。まぁ、良いや。じゃあ、それで行こう。あ、ミシェル達はお客さんが先に行ったみたいだからさ。予定通り、移動を開始してくれる。そう、そのままでいいから」
「で、私達が乗るのがあれと」
「頑丈そうな馬車だな」
「そうね。まるで戦争にでも行くみたい」
「魔法で加工してあるみたいだね。結界も、張れる仕様なのかな?」
「アウダレイシアに、帰れる……」
ニーナが、腕に力を込めて馬車を見つめていた。その顔は、何か決意を固めたかのような凛々しさがあった。
(……心配です)
(安心しろ、シデン。そのための俺達だろ)
(そうですね、ご主人様)
念話で、シデンとそう会話したが、俺も少し不安だった。幽霊と合うなんて、初めてだもんな。この現象の裏に、なにがいるにせよ、ろくなものではない気がする。俺は、そう思っていた。
「よし、じゃあ行こうか。出発!!」
「ベイ、行ってらっしゃい!!」
「行ってくるよ、母さん!!」
「アリーちゃん達も!!」
「行って来ます、お義母さん!!」
別れの挨拶も済ませて、俺達は馬車に乗り込み、アウダレイシアへと向かった。
「じゃあ、あとよろしく」
「シアは、来ないのね」
「ごめんね。残ってすることがあるからさ。話は通してあるから、大丈夫だよ。それじゃあ、またね」
「あまり会いたくないけどね」
「ひ、ひどいなぁ……」
そう言うと、シアも城に帰って行った。馬車に揺られながら、他愛もない会話をして俺達は暇をつぶす。過ぎ去っていく景色を眺めながら、俺達はアウダレイシアに着くのを待った。
「ねぇ、あの馬車を動かしている女性。結構、美人じゃない?」
「そうだね。顔も凛々しいし、頼れそう」
「ああいう子がこっち側だと、色々情報が聞けそうよね。色々と」
「アリー、何を言っているんだ?」
「最近、シアに良いように使われすぎている気がしてね。やっぱそういうとこに、情報を伝えてくれる内通者がほしいなぁ的な」
「国に内通者って、いけないのでは?」
「自国の情報知るぐらい、良いでしょ。敵じゃないんだから」
「そういう問題なんだろうか」
「内通者って、いい方をするから駄目なのよ。ようは、知人よ知人。それならいいでしょ。知り合い。仲のいいね」
「そんな簡単に、仲良く慣れるかな?」
「出来るでしょ、ね」
「……そうだね」
「え?」
ヒイラが、またアリーちゃんはよからないこと考えて、みたいな顔をしている。その顔を見て、俺はアリーに目を向けたが、アリーは俺のお腹あたりを優しく指でつついていた。
「……」
「ベイがいるもんね」
「え?」
今のえ? は、俺ではない。ニーナだ。かなり思い詰めていた顔していたが、そのアリーの発言に思わずニーナは素の顔に戻った。
(まぁ、ご主人様なら余裕でしょう)
「ほら、ミルクもそう言ってるし」
「いやいやいや、なんでそうなるんだよ。俺だから大丈夫って理由が理解出来な」
「マッサージ、したの覚えてる?」
「……いや、しないからね!!しないでしょ、普通!!」
「どうかなぁ~」
チラッと、アリーは馬車を操作している女性を見た。すると、女性が少しビクッと震えた気がする。こわ。うちの妻、怖い。そう思いながらも、馬車はアウダレイシアに向けて進んでいった。