表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
召喚魔法で異世界踏破  作者: 北都 流
第三章・二部 全妖神狐 シデン編
367/632

記憶は森の中

 それは記憶だ。誰かが見ている記憶の断片にすぎない。その誰かが目を開けると、そこは森の中だった。


「……」


 それは、生まれた初めの頃の記憶だった。どのようにして誕生したかは、自分でさえ覚えていない。ただ、木の根元に穴が空いており。そこから自分が這い出て、初めて外の世界を見た。その時の記憶は、今でも鮮明に覚えている。光が森に差し込んでいた。木と葉と地面を光らせて、まるで微笑むかのように自分を出迎えてくれている。その誰かは、その時の景色をそう思った。


「……っ」


 生まれて初めて外の世界を見た時の感覚は、少しの恐怖と大きな楽しさだった。夢中で森の中を駆け回ったのを、今でも覚えている。見たこともない生物、自分と同じような形の生き物。それらを観察し、接触し、生きるすべと、この場所のルールを学んだ。同じ形の生物を観察することで、食べ物の取り方も、戦闘の仕方も理解することが出来た。毎日がまるで、川の流れの様に過ぎていったことを、彼女は今でも覚えている。


「……で、そうだろ?」


 それは雨が、降り続いていたある日のことだった。見慣れない生物を、彼女は発見した。だが、彼女はすぐに、その生物に接触しようとはしない。何故なら、今まで生きてきた中で、観察することが大切だと本能で理解していたからだ。だから彼女は、その聞きなれない音を発する生物を、遠目に観察することにした。


「手応えがない」

「先生が言ってただろ。初級なんだよ、ここは」

「中級ぐらいでよかったんじゃないか。これじゃあ、危機感なんて芽生えないぜ」


 茂みの影から、彼らを彼女は見た。その彼らの周りには、自分と同じ姿をした生物。そしてこの森にいる別の生物。それらの死体が、多く転がっているのが見受けられた。やばい。一目で彼女はそう感じた。だから、すぐにその場を離れて、自分が暮らしている巣穴へと戻っていった。できるだけ物音を立てないように、素早く慎重にだ。


「……はぁ、はぁ」


 息を切らしながら彼女は、安住の地へとたどり着いた。だが、それだけでは安心できず。近場にあった木の葉や枯れ木で、穴の入口を覆い隠した。これでもう安心だろう。そう思い、彼女はその日は眠りについた。


 あれから月日が過ぎていく。そうする中で、彼女は例の生物が、度々森の外からやってきているらしいという事実を突き止めた。しかし、観察すれども例の生物は、この森の住民をただ殺しては出ていくだけだった。なにが目的かなど、彼女には理解することができなかったが、近づいてはいけない存在であるという認識だけは強まっていった。


「……こん」


 例の生物を観察するうち、慣れというのだろうか。例の生物がいようといまいと腹は減る。その慣れのおかげか、せいとでもいうのだろうか。彼女は、次第に人間がいようとも、外出を躊躇することがなくなっていった。勿論、外出時には耳をいつもより研ぎすませて、慎重に行動している。人間の目をすり抜けて、木の実を咥えて巣穴に持ち帰って食べる。その生活にも、次第に彼女は慣れ始めていった。外敵を、あっさりと欺ける存在だと、いつしか心の何処かで思うようになり始めていた。


「……♪」


 それはある日のことだった。いつも通り、彼女は餌を求めて森の中を移動していた。その時、まさに目の前で木の実が枝からゆり落ち、目の前に降ってきたのだ。彼女は辺りを見回す。進行方向に敵はいない。彼女は、茂みから飛び出すと、木の実を咥えて嬉しそうに微笑んだ。しかし、それと同時に、彼女は嫌な音を感じた。だから、とっさに彼女はその場から飛び退いた。


「ちっ、気づかれた!!」


 それは風の刃だった。人間の放った魔法が、彼女に向かって飛んできていたのだ。だが、彼女はこれを寸前で躱した。


「下手だな」

「いや、惜しかっただろ。次は当てる」


 敵は複数人いた。彼女が確認できるだけで、2人。音からすると3人いるようだ。彼女は、脇目も振らずに茂みに飛び込み、その場から逃げ出した。


「おい、逃げられたぞ」

「回り込めるか?」

「走ればな」


 茂みを突っ切って、少し開けた道へと出る。そして、彼女がいつも通路として使っている、小さな岩の穴に向かって進もうとした。その時だった、目の前に、先程の人間の一人が出てきたのだ。その人間は、なにか分厚い鉱物のような物を構えている。彼女は警戒し、別の道に向かって走ろうとした。


「逃がすか!!」


 その時、先程の人間が彼女目掛けて風魔法を、連続で撃ち放っているのが見えた。だが、立ち止まっている暇わない。彼女は、脇目も振らずに駆けだした。だが、その途中で、風魔法が彼女の片足を削ぎ落とした。


「……!!」


 急に足に力が入らなくなり、彼女はバランスを崩す。激痛、恐怖、混乱。そのどれもが彼女に大波となって押し寄せたが、彼女はそれらを噛み殺し、這いずるように茂みの中を進んでいった。


「血の跡だ」

「仕留めたな」

「死体はないが」

「ほっとけよ。手負いなんて、訓練相手にもなりゃしないさ」

「そうだな」


 その人間たちは、彼女を追うのをやめていたが。そのことを知らない彼女は、必死に自分が生まれた巣穴を目指していた。足から、大量の血が彼女から流れ落ちていく。段々と呼吸がしづらくなり、目の前が暗くなっていく。だが、彼女は僅かな感覚を頼りに、巣穴を目指して進んでいった。彼女の頭に、今までの記憶が過ぎ去っていく。もう、巣穴は目の前だ。だけど、もう彼女の身体には、力が入らない。


「……」


 助けてと、その時彼女は願った。生まれてから、この森で過ごした日々を思い出しながら、冷たくなり遠ざかっていく自分の意識に恐怖しながら。彼女は、その多くの感情が渦巻く中で、まだ死にたくないと、誰か助けてと、声にならない声を上げていた。


「む……」

「え、あれって……」


 その時、彼女は薄れる意識の中で、その青年の声を聞いた。


「……こん」

「……こん?……鳴き声がこれか?」


 身体に、はっきりとした感覚が戻ってきている。最初に感じたのは、暖かな光だった。気がつくと、彼女はその青年の目の前にいた。ああ、助かった。この人が助けてくれた。その時、彼女はそう思った。間違えるはずがない。何故なら、さっきまでの暖かな魔力が、自分を癒やしていてくれていた魔力が、この人だと教えてくれているから。嬉しくなり、彼女は彼へと擦り寄っていった。


「……」


 無言で、彼は彼女を優しく抱き上げる。その時、彼女は今まで味わったことの無い感情を感じていた。胸の中が熱く、幸せになっていく。その感情が理解できなくて、堪らなくなり彼女は鳴いた。すると、彼は彼女を優しく下ろしてくれた。


「……」


 気持ちを整理するために、彼女は彼から一旦離れた。だが、二度と彼に会えなくなるのは嫌だという気持ちがあり、一度距離を取りながら彼に着いていくことにした。そこから先は、驚きの連続だった。彼について行った先で見たもの。多くの、強大な力を持つ先輩たち。自分が住んでいた森の先にある世界。そのどれもが美しく、また刺激的で楽しい思い出となった。それも、彼が居てくれたからだろう。


「んっ……」


 そう。シデン・アルフェルトは、その記憶の夢から目を覚ました。そして、まだ暗い室内を眺めて目をこすり、ベイの顔へと近づいていく。そして、優しくキスをした。


「いつまでも、ご主人様と共にいます。この暖かな気持ちとともに……」


 ベイに寄り添って、再びシデンは眠りへと落ちていく。その胸の中に、暖かな感情を感じながら。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ