下準備
その後、回復したカザネを連れて、俺達は家へと帰ってきた。早速と言わんばかりに、カザネとアルティは椅子に座って話し合いを始める。
「そもそも、何処まで演出出来そうなんだ?」
「最終的な鎧の形態は、変えることが出来ません。それは、カザネさんの魔力によるものですから、私ではどうにも。しかし、変身時の周りの演出をするぐらいには、魔力を別方向に流すことは可能でしょう」
「十分だ。では、始めに……」
何だか、長くなりそうだな。俺は、あそこに参加するべきか、否か。
「ベイ、あっちは頼んだわ。私達は、センスが無いみたいだから」
「えっ」
「ご飯の準備、してくるわね」
そういって、皆は台所へと歩いていく。後には、俺達3人が残された。
「ところで主人、私のカザネと言う名前は、どう書くのでしょうか?」
「えっと、こうだな」
俺は、空中に魔力で文字を書いた。このサイフェルムで、使われている文字だ。アルファベットに似ているが、何処か鋭く尖った部分があり、味がある文字だ。
「なるほど。……何か、物足りないですね。目新しさがない」
「マスター、故郷の文字でお書きになられては?本来は、そちらで名前をお浮かべになったのでしょう?」
「えっ、ああ~」
俺は、アルティにそう言われて、日本の漢字で空中に風音と書いた。それを見て、カザネが目を輝かせる。
「うーん、格好いい書体ですね。ミルクさんの背中にある、文字に似ています」
「あれも同じ文字だよ。意味は……、牛だ」
「……なるほど、ある意味そのままだったわけですね。ですが、あの人にはよく似合っている」
「同感だな」
「はい」
カザネが、空中に自分の名前を書いてみている。だが、何処か字が丸っぽくなり、達筆とは程遠いファンシーな漢字になってしまった。
「なるほど、シュッと早く軽快に書かないと綺麗にならない字なのですね」
「こうですね」
アルティが、それを聞いて空中に漢字を書く。凄い達筆だ。アルティ、何処で書道を習った?
「マスターの頭の中の、字の記憶を読んだんですよ」
「なるほどな」
それは、若干怖いぞ。俺の全てが、アルティには筒抜けなのだろう。それでも、共にいてくれるという意味で、何よりも尊い存在ではあるが。
「この世の果てを過ぎようとも、お供しますよマスター」
「ありがとう」
「通じ合っている。何だか格好いいですね」
カザネが、興味深そうに目を輝かせていた。いや、通じ合っているというか、思考を読まれているだけだけどな。
「では、この漢字を変身時に、風の魔力でカザネさんの両脇に出てくるように調整いたしましょう」
「おお、いいな。それで行こう」
「では、順番はこうなって、こうなって」
「うんうん。後は、決め台詞が欲しいところだが。いや、これは本番で直接捻り出すか。そのほうが、自然なかっこよさが出る気がする」
「では、それで」
すべての流れが決まり、カザネが変身ポーズの練習を始めた。いざという時に、スムーズに変身ポーズを出来なければ意味がない。カザネは、食事ができるまでの間、アルティの指示の下、新たな変身ポーズを練習し続けた。ヒーローって、大変なんだなぁ。
*****
「で、どうするよ?」
「ガーノの爺さん、手はあるわけ?」
「うむ……。無いわけではない」
サイフェルム城の一室。そこに、帰ってきたシア達と、ガーノとアドミルが座って会議をしていた。ガーノは、一枚の紙を取り出して机の上に置く。
「魔砲だ」
「魔砲?」
「サイフェルム城に設置している魔法陣が、流された魔力を一点に集めて放出する。それが魔砲だ。この城の最大火力だな。これが当たれば、創世級とはいえ、無傷ではすまないだろう。まして、なりたての創世級なら消滅は免れまい」
「だが、相手は俺達が見きれないほど速いぞ」
「そこが問題だ。どうやって捉えるか……」
その言葉に、誰もが沈黙する。創世級。しかも、速さに秀でた風属性の魔物だ。止める手などあるのだろうか。誰の頭にも、無理だろうという考えしか浮かんでいなかった。
「ジーン、行けるか?」
「無理だな。全力を、振り絞りに振り絞っても無理だろう」
「お前でも無理となると、お前より速いやつでないとダメか。そんな奴、心当たりがねぇ」
「俺より、速いやつ……」
そう聞いて、ジーンはある人物を思い浮かべた。
「ところで、町には黒い鎧を着た戦士が出て、魔物を倒していたそうだな」
「ええ、そうですね」
「……彼なら、言わなくても来るか」
「えっ?」
「いや、なんでもない」
ジーンは、それが恐らくベイ・アルフェルトであろうと考えていた。
「となると、片っ端から強そうなやつ集めてなんとかするしかねぇか。おい、嬢ちゃん。ベイって奴知ってるか?やたら強い、見どころのある奴なんだが?」
「ええ、知ってますよ」
「ベイ、だと……」
「お義父さん、抑えて抑えて」
「分かっている。もう、どうしようとも思っていない。アリーの好きにさせてやろう」
「はい」
「あいつを呼んどいてくれねぇか。いざという時に、役に立つ気がするんだよ」
「いえ、ベイ君はリングルスターの戦いで負傷。暫くはまともに戦えないと、アリーさんが言っていました。今回は無理でしょう」
「なんだと?いや、でも声はかけといてくれ。国が消える直前だ。そうも言ってられんだろう」
「……そうですね。声はかけておきます」
ジーンは、頭に疑問を浮かべていた。ベイ・アルフェルトが動けないのにも関わらず、黒い鎧を着た手練が町中に出現している。ベイ・アルフェルトでないとすると、一体誰が? そう考えてみても、答えはいつまでも出なかった。
「怪我人を、頼らねばならない状況か」
「……ちょっと、この国の周りの魔法陣を見せて」
「……無理に決まっているだろう。国の最高機密だぞ」
「破られている時点で、もう意味ないでしょう。いいから、早く」
「……着いてこい」
ガーノの後に続いて、ライアが部屋から出ていった。他のものも、後を追うように追いかける。国が慌ただしく動いている中、ウインガルに唯一対抗できるであろう速さを持つものは、ひたすら変身ポーズの練習をしていた。