神鳥の鼓動
「正真正銘の化物だ……」
ライアが、怯みながらも杖を構える。その身体はわずかに震えていたが、ライアが歯を食いしばるとその震えは止まった。
「ちっ、笑えない相手だぜ」
「動けるのは、俺達だけか」
「お前はダメージがまだ残ってるんだ。無理はするなよ」
「無理せず、済む相手なら良いが……」
「それは、ないね。残念だけど」
シアは、ウインガルに向かって構えている3人を見て驚いていた。自分でさえ今すぐここから逃げ出したいと思っている相手なのに、この3人はその相手に挑もうというのだ。そして、上空からも一つの光の塊がシアの前に着陸する。シアの目の前に降り立ったライオルは、ウインガル目掛けて剣を構えると、シアに目配せをした。シアは、その表情から部下たちを少しでも逃がすべく、その場から後退した。
「ほう、人間にもここまでの強さに至った我を見て、逃げない奴らがいるのか。やるものだな、人間も」
「……」
ウインガルが、ゆっくりと歩いて近づくにつれ、ライア達の肌にビリビリとした嫌な感覚が走っていく。それは、勝てない、勝つ方法が思い浮かばない、逃げたいと言った細胞全体が悲鳴を上げている感覚だった。その感覚によって肌が震え始める。だが、ライア達はその感覚を、己の感情でねじ伏せた。ライア達の瞳には闘志が宿っている。逆に言えば、それがなければこの場で正気を保っていられない。そんな場で、ライア達はウインガルを睨みつけていた。
「丁度いい練習相手、と言いたい所だが。最初に倒す相手は決めているのでね。この力も、まだ制御すら難しい。この場は、我がひこう。次に合う時は楽しませてくれたまえ、人間諸君」
「逃げるのかよ」
「ふっ、先程我の攻撃を受けるのがやっとだったやつが吠えるではないか。だが、今はその通りだ。この次は、その口が開く前にねじ伏せるとしよう。目当ての相手を倒した後でな」
「逃がすか!!」
ライオルが、全魔力と力を乗せた最大の一撃を叩き込む!! だが、ウインガルはその場を動かずに、ただ立っていた。そう、見えた。だが、ライオルの剣はウインガルをすり抜けた。
「なっ!!」
「無理なのだよ。人間が、今の我を認識することすらな。ふはははは!!」
ウインガルの残像が、斬撃の衝撃で消える。辺りを見回したが、ウインガルはもうその場にいないようだった。肌のビリビリとする感覚も消えている。ライア達は、ホッと息を吐いた。
「あんなのが、サイフェルムに来たら……」
「最悪の惨劇が待っている」
「どうするんだ、ええ?」
「取り敢えず、城に戻りましょう。おじ様も」
「いや、俺は周囲を警戒する。じゃあな。そっちは任せたぞ」
「……はい」
そう言うと、ライオルはすぐに上空へと飛び立ち、何処かへと飛んで行ってしまった。
「誰だ、あれは?嬢ちゃんの親族か?」
「ええ、我が家の英雄です」
「……こんな状況じゃなければ、一度手合わせしたい所だが」
「彼のことは、ご内密に」
「分かってるよ。英雄が未だに生きている国・サイフェルムなんて、他の国にどう思われるか分からねぇ。それぐらい、俺でも分かるぜ」
「その通りです。助かります」
その会話のさなか、気絶していた兵士たちが目を覚まし始めた。シアが、戦士の一人に撤退を促すと、即座に他の兵士たちも準備を始める。その光景を見ながら、ガンドロスとジーンは、未だに持ったままでいた剣をしまった。
「しかし、あんなのに勝てるのか。国一つが。いや、人間が」
「逃げたほうが、良いのかもしれんな」
「いえ、それは得策ではないでしょう。恐らく、奴はその行動を察した段階で攻撃を仕掛けてくるはず。奴の目当ての相手が、そこにいると確定している間に」
「逃げも出来ないと……」
「そういうことです」
「勝算はあるのかよ、嬢ちゃん?」
「……心あたりが、ないこともないです」
「まじかよ!!」
「そんな何かが、サイフェルムに……」
「ええ……」
シアの表情を見て、ライアが複雑な表情を浮かべている。恐らく、2人が思い浮かべている答えは同一のものだろう。ライオルでさえ見きれない相手を倒せるとしたら、ライオルを倒した人物にしか可能性はない。そう、ベイ・アルフェルトしかウインガルに勝つ見込みはないと、この時2人は思っていた。
*****
カザネが、ゆっくりと大地に降りて着地する。そして、変身を解除し、片膝をついて座り込んだ。
「くっ……」
カザネの口の端から、血が流れ出ている。ペッとカザネがつばを吐くと、そのつばは真っ赤に染まっていた。カザネは、そのつばの色を確認すると、口元を手で拭う。
「カザネ!!」
「主人……」
ベイの声が聞こえた瞬間、カザネはスッと姿勢を正して立ち上がった。そして、出来るだけ自然体を装ってベイを迎える。
「大丈夫か!!」
「はい、問題ありません」
「……う~ん?」
ミルクが、カザネの身体を凝視している。そして、ちょんとカザネの肩を押した。
「いっ!!」
「い?」
「い、いえ、なんでもありません!!」
「ちょっと待て」
今度は、ミズキがカザネの腹に手を当てた。そして、首を横に振る。
「カザネ、酷くダメージを受けているな」
「い、いえ、そんなことは……」
「これでもか」
「痛い!!」
ミズキが、強めにカザネの腹を押さえている。だが、明らかにそれは普通であれば大丈夫だろう程度だ。だが、カザネは痛いと呟いた。
「無理はするな。痛いなら痛いと言え。殿との子を宿す大事な身体だぞ。無理をしすぎて、壊れたらどうする」
「は、はい。すみません」
「殿を心配させたくないのは分かるがな。だからと言って、言わないほうが殿は苦しむぞ。お前を、大切に思っているのだからな」
「……はい」
「カザネ、私達は仲間なんだから。だから、素直に言って良いんだよ」
「はい、フィー姉さん。ありがとうございます」
シゼルが、カザネに回復魔法をかけている。俺も、威力を抑えてカザネに回復魔法をかけた。
「頑張ったな……」
「主人、ありがとうございます……」
しかし、カザネをここまで傷つける相手が出てくるとは。正直に言えば、予想していなかった。やはり、あの迷宮は何かが違うということだろうか?
「だが、これでカザネが聞いた情報が確かなら、後は迷宮にボスを残すのみのはずだ。落ち着いたら、皆で行くとしよう」
「……違う気がします」
「どういうことだ?」
「風が、変わりました。酷く嫌な風が漂っています。それは、一つの所に留まっていません。ただ、楽しんでいる。己の力を」
「ボスが、迷宮を離れて行動しているっていうのか?」
「いえ、ボスではありません。この感覚、どちらかと言えば迷宮そのもの」
「迷宮そのもの?」
「アルティ、その時が近づいている気がします」
「準備はできていますよ、カザネさん。ね、マスター」
「あ、ああ。一応は、ある程度まで魔力吸収が出来るようになっているぞ。大丈夫なはずだ」
「では、カザネさん。そろそろ考えますか」
「ああ、そうだな」
「うん、なにをだ?」
そういう俺に対して、カザネとアルティが目を輝かせて言う。
「何ってマスター」
「新しい変身と言えば」
「「変身時の決めポーズですよ!!」」
「……」
ミルク達は、何をいきなりいいだしているんだという、訳がわからないと言った顔をしていた(フィーだけは、優しい笑顔で見守ってくれている)。俺は、その2人の言葉を聞いて、あっ、すごい大事なやつじゃんと思い、深く深く2回ぐらい頷いた。




