サイフェルムの英雄
取り敢えず、先ずは石鹸を泡立てるか。タオルに石鹸を挟んで、ゴシゴシと擦り泡立てていく。そのまま、カザネの背中に腕を持っていこうとしたのだが、その腕をカザネに掴まれた。
「えっ?」
「主人。素手で、素手でお願いします!!」
「えっ、素手で?」
「はい!!」
「……」
まぁ、そういうんじゃあ仕方ない。俺は、泡立てたタオルから泡を手ですくい取る。そのまま、手のひらをカザネの背中の上に乗せた。なめらかな肌に、スッと腕をすべらせて洗っていく。うんうん、俺も気持ちいい。
「はぁ……」
さっきまで、カザネは少し身構えた態勢を取っていたが、手のひらを乗せて洗い始めると、気が抜けたような表情をしていた。あれか、耐ショック姿勢か。いや、ちょっと洗うだけで変なことにはならないだろう。流石に。
「あっ、来た……」
「えっ?」
「あ、何でもないです!!どうぞ、お願いします!!」
「ああ、うん……」
……何か気になるが、取り敢えず洗っていくことにした。
「……特に、傷ついてはいないな。凄いなカザネ。あんな連中と戦ったのに、肉体的な損傷が殆ど無いなんて」
「ふふっ、ありがとうございます。確かに、いずれも弱いとは言えない敵ばかりでした。しかし、彼等は私より遅かったのです。それが、私が無傷でいる理由でしょうね」
「そうだな。だいぶ、スピードに関しては敵とのひらきがあったもんなぁ。凄いよカザネ」
カザネは、出会った当初からその才能の片鱗を見せていた。一般生徒では、視認する程度がやっとなほどのそのスピード。戦士として鍛えている生徒もいるのにもかかわらず、そのスピードにより今まで捕まったことは一度もない。そして、手加減されていたとは言え、皆の魔法を受け切るほどのその耐久力と回復力。これも、速さを突き詰めていたが為に、カザネの身体が鍛えられてできた力だろう。いや、本当に仲間になってくれてよかった。ここまで速くなるのは予想外だったが、だがそれも嬉しい。水の中で、神魔級魔物をぶっちぎれるほど。毒の風のなかで、その毒を余裕で見極められる速度に達するほど。同じ風属性の、神魔級魔物を相手にしてその姿を捉えさせないほど、今のカザネは速い。……はっきり言って、聖魔級の枠を超えてるよね、うちの嫁達は。
「ほんと、強くなったな……」
そう言いながら、背中を洗い終えた俺はカザネの足をチラッと見てしまう。うーん、ムラッとするなぁ。そして、そのまま自然な動作で俺は、カザネの足に手を置いた。
「んっ……」
「……」
ゆっくりと手を滑らせていく。なめらかな脚の曲線にそって、俺の腕が進む。太ももからつま先。足の指を丁寧になぞって、また太ももへと手が帰る。うーん、芸術的だ。エロいとも思うのだが、綺麗だとも思う。カザネは声を押し殺し、俺は無言で足を洗い続けた。両手で両足を鷲掴み、もにもにと揉み込むように太ももを洗っていく。楽しくもあり、エロくもあり、やめられない感覚が手のひらに伝わってきていた。何より、声を我慢しているカザネが可愛くてやめられない。やめたくない。
「しゅ、しゅじん……」
「楽にしていいよ」
後ろにいる俺に、もたれかかるようにしてカザネが力を抜いていく。そのカザネを、片腕で抱きしめて、俺はもう片方の腕で足をもみ続けた。
「んっ、んっ」
吐息をカザネは漏らし続ける。時折、甘えるように俺に顔を擦り付けてきた。やたら可愛い。
「はい、洗い終わったよ」
流石に丹念に洗いすぎて、もう洗うところがない。俺は、一応そこで洗うのをやめてお湯をカザネの足にかけた。つやつやとした白い肌が、更に潤って見える。一言で言うと、大変美味しそうだった(意味深)
「主人……」
ゆっくりと、カザネが顔を近づけてきて、そのままキスをする。俺をもっと求めるかのように、肌を重ね合わせようと擦り付けてくるカザネから、とても暖かな体温を感じた。その後、唇を離し、カザネは少し俺を見つめる。
「私、勝ちますね。主人のために。そして、最高の一体化をしてみせます。愛する貴方の為に……」
「ありがとう、カザネ。俺も、愛してる」
「ああ、こんな幸せがあるなんて、夢にも思わなかったです……」
カザネの目から、一粒の涙がこぼれ落ちた。嬉しそうに俺に抱きついてくるカザネを見て、俺は愛おしくなり、ゆっくりとその背中を撫でてカザネが落ち着くのを待った。数分後、そろそろアリー達が帰ってくるだろうと考え、俺とカザネは風呂からあがることにした。
「うーん、最高です!!今なら、どんな敵でも倒せます!!胸に、愛が満ち溢れています!!」
「主人公っぽいな」
「はい。今なら、ヒロインを名乗れる気がします!!クライマックスに近い戦闘でも、負ける気がしません!!」
風呂から上がったカザネは、大変元気になっていた。飛んだり跳ねたり、俺の肩に乗ったり、顔を擦り付けてきたり。うーん、小動物のような可愛さがあるな。愛くるしい。
「ただいまー」
「お、アリー達が帰ってきたな。おかえりー」
俺は、カザネを肩に乗せたまま、アリー達を出迎えた。んっ、なんだかアリー達が難しい顔をしている。どうかしたのだろうか?
「……どうしたんだ、皆?」
「……これ見て、ベイ」
「うん、新聞?」
俺は、その記事に目を通した。それは、全面がカザネを称える賞賛の記事だった。ブラックアクセルと言う通名で定着したらしいカザネは、その活躍を褒め讃えられている。キージス戦から、夜中に大爆発をおこしたことしか書かれていないが、ズッグーロ戦。そして、つい最近のヒヨー戦に至るまで大々的に特集が組まれている。そのうえで、最後にとある一文が書いてあった。
「王国の守護戦士・ブラックアクセル、見ておられるのでしたら、是非名乗り出ていただきたい。名乗り出ていただけた時には、国から報酬が授与され、感謝の銅像が建てられることでしょう。連絡お待ちしております。……マルシア商会」
「ロデ……」
全員が、ロデをジロッと見ていた。
「いやいやいや、私指示してないですから!!カザネさんだって、私分かってますし!!こんなやり方しませんよ!!」
「……そう、なら良いわ」
「それでも、まだ問題がありますけどね」
「うん、どういうことだ?」
「これを見る分には、記事だけだと思うでしょ。違うのよベイ。街中、ブラックアクセルブームなのよ」
「黒い服が、全品縁起がいいと割引されていました。黒は幸運のお守りになるとも、守護してくれるとも言っていました。サイフェルムの守護神であると、涙ながらに語っていた宗教じみたやからもいました」
「店先に、カラスの銅像が出てたのは流石に目をそらしたわね。まぁ、黒いってだけなんでしょうけど、正解に近かったし。分かるわけないけどね」
「そこまでになっていたのか……」
「王国の兵士や魔法使いでさえ倒せない相手を、たった一人っで倒した戦士ですもの。そうもなるわよね」
「まさに、サイフェルムの英雄の誕生ってわけだ」
その記事を、俺の肩の上で当事者であるカザネは表情を変えずに読んでいる。そして、飽きたように目をそらした。
「そんなことよりですね、アリーさん。巨大なお風呂を!!」
「ああ~!!カザネ、ああ~!!」
俺は、慌ててカザネの口を押さえた。
「そんなことよりって、嬉しくないのカザネ?貴方、国の英雄なのよ?」
「確かに、嬉しくはあります。ですが、私の望みは、英雄になることではなくヒーローに、正義の味方になることです。そこに、名声は必要ありません。私が欲しいとすれば、愛する主人の愛のみ。主人の守りたいものを守り、平和を作る力を得る。それが、今の私の有り方です。報酬も銅像もいりません。ただ、皆さんと一緒に平和に暮らしたい。その望みが叶うなら、私は満足です」
そのカザネの言葉に、全員が優しく微笑んでいた。
「そうね。ベイがいて、私達がいる。それで十分かもね」
「はい」
「……じゃあ、さっきのお風呂について詳しく」
「それはですね!!」
「ああ~!!カザネ、ああ~!!」
俺の抵抗も虚しく、俺と全員が入れるような理想のお風呂設計会議が、その日のうちに始まった。




