疾風の黒鳥
街には悲鳴がこだましている。一般市民達が悲鳴を上げて逃げていく中、その間を縫うように兵士たちが騒ぎの中心に向かって移動していた。
「避けろ!!」
誰が発した声なのかも分からない中、身構える兵士たちを吹きすさぶ風が襲う。まるで、風に舞う木の葉のように兵士と逃げ遅れた一般市民達が舞い上げられ、無造作に地面や建物の屋根などに落とされていった。
「……ふむ、弱いやつしか居ないのか、ここには」
そう言って、先程兵士たちが居た場所に歩いてきたのは鳥人間であった。目の周りが赤く、体毛が緑で覆われている。日本に存在するキジという鳥にその特徴は似ているが、他の生物に対しての武器として発達したと思われるその手足の爪は、どう見てもキジのそれではなかった。
「小物を始末し続けたところで大きな成果にはならぬが、これでは致し方ないか。地道にやっていくほかなかろう……」
「止めろ!!なんとしても、止めるんだ!!」
後ろから追いついてきた兵士たちが、鳥人間に向かって斬りかかる。だが、その刃は虚しく空を切った。
「学習せぬ奴らだ。我に触れることすら不可能だというのが、まだ分からんようだな。まぁ良い、こちらから出向いて殺す手間が省けるのだ。それで良しとしよう」
切りかかった兵士が蹴り飛ばされる。その兵士は、建物の壁を三件ほど突き破ってやっとその動きを止めた。
「ぐぅぅ……」
「まだ生きているのか。少々の手加減では死なないということだな。それでも、あと少し小突いただけ死にそうだが」
「やらせるかよ!!」
そう言って別の兵士が切り込む。その兵士の攻撃をあっさり躱した鳥人間に、後方からの魔法攻撃が飛んできた。だが、それすらも鼻先に来た距離で易易と鳥人間は躱してしまう。
「あれを避けるだと!!」
「やれやれ……」
鳥人間が軽く腕を振る。それだけで強い突風が巻き起こり、周りの兵士と魔法使いを全て薙ぎ払ってしまった。
「弱すぎるな……」
兵士たちが戦っているさなか、その後ろで一般人の避難が行われていた。
「早く、こっちに!!」
「急いで!!」
その時、後方に大きな竜巻が発生する。その竜巻に身構えているさなか、子供を抱いて走っていた女性が蹴り飛ばされた。
「ああっ!!」
「赤子か……」
反射的に抱いている赤ん坊を手放してしまった女性であったが、その赤ん坊を鳥人間が抱きとめていた。
赤ん坊は鳥人間を見て、大きな声で泣き続け、母親に助けを求めている。だが、母親は外壁に叩きつけられ、上手く動くことも出来なくなっていた。
「お前も死ぬが良い。我らの力の糧となるのだ」
赤ん坊に向かって、鳥人間が風魔法を放とうとする。その間に、割って入る人影があった。
「その子を離しなさい!!」
「ふっ」
その女性は、火魔法を連続で鳥人間に向かって撃つと、そのまま鳥人間に向かって突っ込んでいった。反射的に避けてしまったことで、鳥人間は赤子をそのまま地面に離してしまう。それを、突っ込んできた女性が抱きとめた。
「しっかり!!」
その女性は、倒れている赤子の母親に回復魔法を一瞬だけ使うと、肩を貸して歩かせようとしている。その光景を、鳥人間は黙ってみていた。
「少しはマシな相手か。だが、取るに足らんと言えばそうだな」
「くっ!!」
鳥人間は、その女性を見据えて動かない。その女性も、鳥人間の行動がわからず、上手く動けないでいた。
「頭を下げろ、カエラ!!」
「貴方!!」
「むっ?」
人間ほどもある大きさの火魔法が、鳥人間目掛けて放たれた。だが、それをあっさりと鳥人間は避ける。そして、カエラに近づいて攻撃しようとしていた鳥人間の攻撃をよむように、別の魔法が更に鳥人間目掛けて放たれていた。
「ほぅ……」
鳥人間に、大きな火球に隠れるように放たれていた小さな火球達が、次々とぶつかっていく。だが、鳥人間は少し動きを封じられた程度で、何一つ傷を負っていなかった。
「今のうちに早く!!」
「ええ!!」
カエラを援護するように、ノービスが魔法石を鳥人間に向かって投げた。それらは鳥人間を囲むように散らばり、その周りに結界を形成する。その光景を、鳥人間は黙ってみていた。
「よし!!これで動きは封じた!!」
「笑止!!」
結界が、鳥人間の爪の一振るいで破られてしまう。その光景を、ノービスは舌打ちしなが見つめた。
「俺がこいつを食い止める。カエラは、その人達を連れて逃げろ!!」
「逃げるって、どうやって!!」
「分からん、俺がやれるだけやる!!」
「愚かな……」
鳥人間が、ノービスたちに向かって風魔法を放つ。ノービスが火魔法でバリアを張ったが、完全には威力を打ち消せていない。そのまま、ノービス達は後ろへと吹き飛ばされた。
「トドメだ、死ね」
「ベイ、すまん……」
「ベイ……」
鳥人間が、追撃の風魔法を放つ。ベイ・アルフェルトはここには来れない。彼は今、大きな試練を超えたばかりで何かが出来る状態では無かった。彼の両親の生命は、ここで絶たれてしまうだろう。そう思われた。その時だった。放たれた風魔法の前に、何かがそれを遮るように落ちてきたのだ。
「……えっ?」
それは、黒い鎧を纏っていた。逆巻く砂埃の中で飛んできた風魔法を物ともせず、無傷でその鎧はそこに居た。
「ほぅ……」
「聞こえる、風に乗って助けを求める人々の声が。聞こえる、悪鳥を倒せと叫ぶ声が……」
その鎧は、ゆっくりと動き出す。全身に緑の蛍光色の線を走らせて、目を緑に光らせると、砂煙の中から鳥人間に向かって歩き出した。
「平和に暮らす人々の平穏を乱す悪鳥、貴様を許すなと風が言っている……」
ベイ・アルフェルトが動けない中、このピンチを救うために現れたのは誰なのか。今は風魔法で声を変えているが、それは彼女でしか無い。
「貴様に聞こえるか、この風の音が!!」
彼女はカザネ・アルフェルト。正義の戦士である。