実力差
アルティ自身も融合してしまっているため、武器がない。鎧の制御で手一杯のアルティを出現させることは無理だろう。ならば、武器はこの拳しかないか。俺は、そのまま指先下から高速で舞い上がり、全力で指に向かって拳を振るった!! 先程はびくともしなかった指先が、少しだけ揺らぐ。俺は、その反応を見て指先をこの拳でこのまま押し戻すことにした。魔法陣の向こうにこいつを押し出してしまえば、魔法陣を閉じるだけでなんとかなる。俺は、突き出した拳をそのままに、風魔法の出力をあげ、全力で指先を押し戻すことにした。
「うぉぉおおおおおお!!!!」
風魔法の衝撃で、俺達の真下の地面が削れていく。指が徐々に動き、少しだけ地面との距離が開いた。後は時間との戦いだが、何とか行けるだろう。ゆっくりと巨大な指が魔法陣の後ろに下がっていく。俺は、安堵しながらその光景を見つめ、指を押し戻していった。
「……」
「うっ……」
指の中腹ぐらいから、何かが盛り上がって出てきた。人の形をしているように思えるその黒い角の生えた塊は、笑みを浮かべると、こちらに向かって走り出してきた。そのまま拳を振るい、黒い人形は俺達に向かって殴りかかってくる。
「ちっ!!」
嫌な予感がした俺は、指先を押すのをやめてその攻撃を避けた。その瞬間、俺達が元いた場所を、黒い閃光が横切っていく。その閃光は、地面に着弾すると、周囲を黒く染めあげて蒸発させてしまった。
「あんなのをくらったら……」
間髪入れずにその黒い塊は接近してくる。俺達が引き剥がせない速度でそいつは接近すると、俺達に向かって再び拳を振るってきた。
「くっ!!」
空中で、黒い塊と殴り合いをする。時間がないというのに……。だが、こいつを無視して動くことは出来ない。倒すしか無いのか。何とか拳先から出てくる閃光をかいくぐりながら、俺達は相手を殴っていく。だが、効いている気がしない。殴ったところが一瞬はボコッと凹む。だが、その跡は瞬時に戻り回復してしまっていた。
「打つ手が、無い……」
拳に魔力を込める。拳を魔力で輝かせ、俺はその拳を相手に叩き込むことにした。この状態で出せる最大の攻撃だ。これで倒せないのなら、本当に打つ手がない。これで、倒すしか無いんだ。
「……」
相手の動きを見ながらチャンスを伺う。幸い、相手は一撃当てれば勝てると思っているのだろう。殆どが大振りだ。相手の左手のストレートを右腕で押あげ、相手の腹を露出させる。ここしか無い!!
「はぁああああああ!!!!!!!!」
魔力を纏った俺の左腕が、相手の腹を貫いた。その瞬間、纏わせていた魔力が相手の腹の中で爆発し閃光を放つ。やった、何とかなったか。俺は、腕を引き抜こうとした。だが、腕が動かない。何かに固定されたかのように、腕が拘束されている。爆風が止むと、黒い塊がニヤッと俺達を見つめ……。
「ガッ!!」
俺達の鎧ごと、この胸を右腕で撃ち抜いた。俺達はすぐにその衝撃で後ろに吹き飛ばされる。そして、遠くの大地に俺達は地面を削るように投げ出された。何度転がっただろう、意識がついていかない。一体化が解除され、俺達は全員地面に散らばった。薄れ行く意識の中で、俺は自分の体を確認する。胸に、大きな穴が空いていた。大量の血が、地面に向かって溢れ出ていく。俺……は。視界が黒く染まっていく。魔法を使おうにも、指先ひとつ動かせない。倒れたまま動かない仲間たちの中央で、ベイ・アルフェルトはその意識を手放した。
*****
アリーが使った過去に戻る魔法の理論は、とても簡単な理論だ。例えば、扉を押すとするだろう。するとその時、反作用というものが生まれる。扉自身に力がかかって跳ね返り、少しその力を押し返すのだ。もし、それらを逆向きに走らせていくと、どうなると思う? すべての物質が元あった時点に押し戻され、その位置に収まる。それが、アリーが行った過去への戻り方。時間操作だ。大量の魔力を使い、物質にこれまでの動きを反転させて、その方向に流れる力を増幅する。そうすることで、時が戻ったかのように世界の物質の位置がリセットされた。それが、アリーが行った時間移動の方法だ。
ただし、この方法には欠点がある。全ての物質の位置がリセットされるということは、自身も無事ではすまない。だからアリーは、身体を魔力化して、逆向きに流れる物質の中で己を維持できるように魔力を使い、己自身を逆流する物質の渦の中で留まらせた。然るべき地点に到着した時、アリーは自身にかけていた防御魔法をといた。それと同時に、魔力を使って自身の体をその空間に定着させる。こうして、アリーは過去へと遡った。
「ここは……」
アリーが気がついた時、そこは宇宙だった。もう、いつの時代なのかもわからないその空間で、アリーは1人魔力で作られた慣れない身体の操作を行うのに苦戦していた。誰も、彼女がそこにいることに気づかない。そんな孤独の中で、アリーは身体の操作方法を習得し、無限にあるかのように思える時間の中で、敵に勝つための方法を模索し始めた。知っての通り、彼女が最終的に導き出した結論は召喚魔法である。長い年月の果に、彼女はその魔法を遂に完成させた。
「条件付けはこれでよし、貯蔵した魔力もこれでよし。さて、うまくいくかしらね」
アリーは、遂に魔法を起動させることにした。アリーの頭のなかで幾つかの不安が頭をよぎる。魔法が成功しないこと、皆をまた死なせてしまうんじゃないかということ。そして、一番の懸念はアリーが使った過去への戻り方にあった。反作用を増幅したということは、その力に反発する反作用もこの空間には目に見えないが流れている。つまり、アリーが元いた時代のアリーが旅立った時点の物質の並び方に戻るように、その力は収束していっているのだ。その力は、生半可な行動では変えられるものではない。だから時代は、アリーが知らないことでも、前にあったことと同じ行動を繰り返し、アリーが生まれる時代へと変わりなく進んでいった。そんな時代の反作用を変えるような何か。その上で、創世級を打ち倒せる誰か。そんな誰かを、アリーは呼ばなくてはいけない。
「考えてもしかたない。やるか……」
アリーは、魔法陣を起動する。宇宙に大きな魔法陣がいくつも展開され、その全体を表した。その中を一気に魔力の渦が駆け抜けていき、収束していく。魔法陣に配置された魔法石が全部砕け、その魔法を遂に起動させた。
「成功、したのかな?」
光がやんでいく。だが、その光の中には、何もいなかった。代わりに、うっすらとした魔力の残骸が、漂うように何処かへと伸びていく。
「あっちのほうか」
目で、魔力の流れをアリーは辿っていく。そして、アリーはアルフェルト家へと目を向けた。魔力が伸びていき、ゆっくりと眠っているカエラ・アルフェルトへと伸びていく。そして数週間後、カエラは妊娠した。
この間には、実は幾つもの選択が魔法陣によってなされている。まず、アリーが作った魔法陣の条件付けの中に、アルフェルト夫妻を幸せにするというものがあった。その為に、魔法陣はアルフェルト夫妻のカエラを母体として選択。他の条件付けを達成するべく選ばれたパターンから最適な人格者を召喚し、その個体と融合させることによってこの世に召喚しようとした。ただ、ここで大きな問題が発生する。その魂は、魔法がないところからやってきたためか、魔法を扱える体に対して拒絶反応をしめしたのだ。幾つもの融合の失敗が一瞬にしてなされ、魔法陣は最適な解を導き出していく。最終的に得られたその魂と合致した身体、それは、全ての魔力と接触しても偏った動きをしないように調整された身体だった。空気に流れている魔力にでさえ、その身体は流れを合わせて適応し、まるで魔力が別に存在しても、己のものであるかのように扱える。そう言う身体に、その生物は成された。そしてその時、召喚に使われた全魔力が使い切られる。こうして月日が流れ、ある寒い日の夜、その赤ん坊は生まれた。
その赤ん坊は、今では大きく成長し強大な力を身に着けた。だが、その力では世界を救うのに届かなかった。アリーが以前の歴史よりも強くなったことにより、それにともなって時代を流れる反作用も歴史を修正するべく敵の出方を変えさせた。それを、彼は乗り切れなかったのだ。
「ま、マスター……」
「主……」
「ご主人様……」
彼の身体には、すでに心臓がない。蒸発させられてしまっている。いくら愛する嫁達が叫ぼうと、彼はもう動かない。人間、死んでしまってはどうすることも出来ないのだ。ここで時代は終焉を迎える。例え成長したアリーでも、今の創世級を相手にする事は出来ないだろう。前の時は、たまたま運良く相手を追い返せただけだ。この時代のアリーでは、もう世界は救えない。この星は、ここで歴史に幕を閉じる。
ガリッ
だが、ただそれは、彼が普通の人間だったらの話だが……。




