過ぎゆく時間
「さて、これでいいかしらね」
俺達は、2つめの石が置いてある公園に来ていた。公園の中央においてあった太った鶏のような銅像の中が空洞になっていて通れるようになっており、そこに2つ目の石は設置されていた。邪魔者達も、あからさまに公園にたむろしていたために、あっさりとアリーに上空に投げられてしまった。アリー、強すぎるよなぁ。
「これで2つか。一応、貰っておきましょう」
「後はシア達がもう一つを破壊してから、魔法陣を切り裂くだけで召喚の邪魔は成功するかな」
「そうね。魔力の供給先が1つ減っているようだし、あと1つってとこね」
アリーは、空に向かって流れている魔力を目で見ている。そして、不意に町の中央に視線を合わせた。
「一応、行くべきか……」
「え?」
「首謀者は、詠唱の為に街の中央に出てくるはず。今の段階で、召喚はもう封じたようなものだけど、一応行って捕まえたほうがいいわよね。万が一ってこともあるし」
「一応か。そうだな、行こう」
また、アリーが杖を構える。そして、転移魔法を使おうとした。
「ん?」
「どうしたんだ、アリー?」
「何かがある」
「何か?」
「ええ、見えない何かが私の転移を妨害している」
その言葉を聞いて、俺も転移を試すべく魔力を練り上げ、転移したい街の中央付近に魔力を飛ばしてみた。すると、途中で纏めていた魔力が消えて、転移することができなくなってしまう。確かに、何かがあるようだ。
「仕方ない、走っていきましょう」
「ああ。ニーナ、ちょっとごめんよ」
「え、ベイ君?」
俺は、ニーナを抱え上げた。それを見て、サラサとアリーが頷く。
「今度こそ、私が先行しますよ」
「ええ、頼むわ」
その言葉を聞くと、サラサは気を体に纏わせ、大きく一歩を踏み込み空中に向かって飛び出した。近くの建物の上にサラサは着地し、そこから別の建物に飛び移るように中央に進んでいく。俺とアリーも、魔法で体を強化して、その後についていった。
「ん、何だこれは?」
「どうし……」
サラサに問いかけようとしたが、俺達も気づいた。辺りの大気が、中央に近づくに連れ、まるでモヤでもかかったかのように白くなっていく。更に先に進むと、一面が霧で覆われたかの様な景色になってしまった。
「これでは、速度を出して進めませんね。はぐれてしまう」
「いつの間に、こんな大量の霧が……」
「遠くから見た時は、何もないように見えたよな」
「視覚操作、でもされていたのかしら。中央の風景を隠すために、この霧で偽りの景色を見せられていた?」
「となると、早めに先に進んだほうが良さそうだな」
「そうね。魔法陣への魔力供給は断てたけど、この景色を見ていると、まだ何かありそうな気がしてくるわ。出来るだけ、急ぎましょう」
「ああ」
俺がそう言うと、静かにミズキが分身体を俺達の目の前に3体出現させた。そして、散り散りになって先に霧の中へと駆けて行く。それを見て、俺はサラサとアリーとニーナを、水の魔力でできた糸で結んでつなぎ、一定距離以上は離れられないようにした。
「おし、行くか」
「ええ」
「うむ」
先行したミズキの一体を追いかけるように、俺達は走り出す。暫くして、何かがおかしいという感覚を俺達は感じ始めた。
「この街、こんなに広かったか?」
「そうだな。まだ中央についていないのは、なにかおかしい気が私もする」
「まさか、この霧の中は……」
「殿、構えて下さい……」
目の前を走っていたミズキがそう言う。ミズキの視線の先、建物の上に何か黒いもやもやとしたものがいた。それは、俺達に気づいたのか喉を唸らせて、待ち構えている。ミズキが近づくと、それはミズキに向かって飛びかかってきた。
「しっ!!」
ミズキが、水の糸を空中に張り、即座にそいつを細切れに分解する。だが、その一瞬でそいつの正体が見えた。
「魔物?」
「ええ、黒い虎のような魔物だったわね」
「じゃあ、この霧の中は……」
「迷宮、……って訳ではなさそうね。例えるなら、人工的に作り出された迷宮みたいなものかしら。魔力を土地の空気中に散布して、迷宮のような環境にしていると考えたほうが良いわね。魔物は、どこからか運んできたのかしら?」
「ベイルって奴がやってたのと、同じ感じか」
(確かに、あの時の感覚に近いかもしれませんね。しかし、これまた広範囲に渡って疑似迷宮化を行ってますね。敵は)
「確かに、広範囲を迷宮化しているようだが……。そのせいで街の中央への距離が伸びたのか?だが、見えている町並みは、どれも普通に見えるが?」
「微妙にだけど、建物の建っている間隔が広くなっている気がするわね。地面だけ、引き伸ばされた感じになっているのかしら?」
「殿、中央付近に近づいている私は、建物がなくなって見えています。中央付近は、広い土地に改変されているようです」
「うーん、魔法で地形を捻じ曲げて作り出したとでも言うの?それとも、土魔法で都市をそのままずらして、真ん中を開けただけかしら?いずれにしても、まだ巨大な魔力が使えるようね」
「どうする?」
走りながら、アリーが俺達を見つめる。そして、ニーナに強化魔法をかけた。
「先に行ってベイ。これ以上、時間稼ぎをされたくないわ」
「分かった。ニーナ、下ろすよ」
「は、はい!!」
俺は、とある建物の上でニーナを下ろした。そして、身体に神魔級強化を身に纏う。風魔法を更に体に纏、アリーに軽く頷くと、その場から飛び出した!! 最高速で、俺は中央へと駆けていく。 霧の中を切り裂き、空中に浮いていた鳥型魔物たちを何匹も切り落としながら進んだ。
「すぐ着くか?」
(もう少しです)
ミズキがそう言う。しばらく飛び続けると、一気に霧が晴れて、巨大な魔法陣が書かれた大地が俺の前に姿を表した。
「おいおい、早いな。だが、邪魔してもらっちゃあ困る。君のせいかは分からないが、ここにあるので最後なもんでね」
その中央、巨大な魔法陣の上に一人の人物が浮いていた。その人物は体全体が隠れるローブを着ている。俺達を見ると、その人物はフードを脱いだ。その男の顔は黒く、反面がまるで獣のように歪んでいる。
「お前、魔物か?」
「おっと、違う違う。れっきとした人間だよ。まぁ、この姿じゃあ、元と言ったほうが良いかもしれないけどね」
男はそう言いながら、持っている本を閉じた。俺は、その間に警戒しながらも辺りを見回す。しかし、あの赤い石を発見することが出来ない。あの男が持っているのか?
「探してるんだろ、これを」
男が、自身の心臓を指差した。男の心臓付近が、赤く煌めく。胸ポケットに入れているのか。なら、話が早い。
「渡してもらおうか」
「嫌だね。望みが叶う目前なんだ。聞くわけ無いだろ、そんなお願い」
「お前は、騙されているんだ。世界を、滅亡させてしまうぞ」
「悪いね、これでも自分で色々調べたんだ。そんな心配はないよ。この本に書いてあるんだ。化物を飼いならす手段がね。そして、俺自身も化物に抵抗できるように肉体の強化をした。お陰で、身体も若返って今は清々しい。ただ、顔が少し崩れてしまったがね。まぁ、それは良しとしよう。後は、完全にゲートを開けるだけだ。さて、俺を止められるかな?」
「……」
俺は、即座に一体化した。そして、一気に男に迫り斬りかかる!! 何もすることが出来ず、男は俺に切られた。そのはずだった。
「やるねぇ」
切られた男は、霧のように消えて別の場所に移動し再生していく。闇魔法での再生か? だが、今までに見たことのない魔力の構成の仕方だ。相殺できるか?
「殿、わずかですが外部から魔力があの男に向けて集まっています。どうやら、外部に自身を再生させるための何かを置いているようですね」
「なんだと……」
「どうしたんだ、俺はまだ行きているぞ。来いよ!!まぁ、無駄だろうけどな」
つまり、ここにいるこいつを倒しても、外にある何かを壊さない限り、こいつを殺すことが出来ないというわけか。どういう理屈かわからないが、奴は胸に入れている石ごと再生するらしい。石だけ、むしり取るということもできなさそうだ。むしり取っても、再生するだろう。
「場所はわかるのか、ミズキ?」
「なんとか……。どうやら、アリーさん達が近くにいるようですね。そこは、お任せしましょう」
「俺達が、飛んでいったほうが早くないか?」
「いえ、私達は、ここでこいつの詠唱を邪魔する仕事があります。殺し続けましょう。アリーさん達が、なんとかするまで」
「そうか……」
俺は、水の糸で浮いている男を切り崩した。また別の場所で、男が再生し始める。だが、それが終わる前に、俺は男の体をまた切り刻んだ。
「詠唱できなければ、呼ぶことも出来ないだろ」
男を倒し続ける間、合間合間に地面に書かれている魔法陣を壊しつつ、俺達はそこに留まることにした。